さて、狂化を使うことになったが…。私が耐えられる時間はせいぜい五分程度。これを超えてしまうと私は負荷によって徐々に命を削ることになる。そうならないことを祈るが、紅姫の攻撃を受け、何となく察してるがまぁ私自身も無事では済まないだろうな。が、狂化を使わないとこの場を切り抜けることはできないのも事実…。やるしかない
「いいか?コイツとのやり合いは私一人でやる。」
「な!?いくらルナベルさんでもそれは……」
「おねーちゃんそんなに頑張って…」
「いいんだ。コイツの強さは身をもって体感してる私が適任だ。それに、マリンちゃんが傷付くのはやっぱり見たくないし」
そういいマリン達の方を向きニコッと笑ったあと盾を構えて紅姫にと向かっていく。
やるべきことは一つ紅姫を私が倒すこと。理想は五分以内の討伐だが、それは相当厳しく正直現実的では無い。五分は超過してしまうだろう。一番現実的なのは私の肉体がボロボロになる代わりに紅姫も同等かそれ以上の傷を負うこと。そうすれば、あとは後ろのヤツらでも簡単に倒せるはずだ。マリンちゃんもいるからほぼ確定で倒せるだろう。
なら、私は後続に楽させるためにとにかくダメージを与えるのが使命だな。
まず狙うは体だね。的がでかいから防ぎにくいためダメージを与えるにはちょうどいい。マイナスな点をあげるならダメージ量としてはほかの箇所と比べると微々たるものということだ。ま、微量だろうと恐らく重点的に狙われる箇所だ。デメリットらしいデメリットでは無いかもな。
で、私としての本命はあの腕部の甲殻だ。あれが紅姫の最大火力の武器だ。アレをこわせれば脅威度はグンと下がるだろう。もちろん簡単に壊せるとも思ってないし、リスキーな事をしようとしてるのも理解してる。しかしこれが達成出来れば全てが楽になるのは確かだ。なら、リスク承知で壊すのが私の役目。相手の肥大化も恐らく機能しなくなるか、効力が弱まるはずだからね。
甲殻をぶち壊すには斬撃よりも打撃の方が適してるのは誰でも理解してる。なら、使うのは剣ではなくこの盾だ!
盾の構造は実は剣を納刀出来るような仕掛けがあり、さらにこの仕掛けを上手く利用すると剣と盾が一体化し一時的だが、両刃斧に変わりより火力が上がる。さらに、盾によるが斬撃から打撃に物理属性を変更できるという利点があり、今回この利点を最大限利用してルナベルは紅姫の甲殻を砕くつもりだ。
その腕を壊せば私の勝率はグンと上がる!さぁ、砕けてその悲鳴を私に聞かせろ!
大斧と化した剣を振りかざし紅姫を追い詰める。紅姫自身もルナベルの武器が変わったことに気づき、それを食らうことが自身にどんな影響を与えるのか、それを理解してる為か先程とは立ち回りも変わり、腕部の甲殻を守りに使うことを取りやめ、【肥大化】するも封じる。2メートル弱あるクマにしてはかなり細かく動き、とにかくルナベルの武器を腕で受けるのだけは避けているようだ。
(ちっ…ほんっと賢いわねこの娘。私のこの武器打撃力は高くなった代わりに、どうしても重たくて片手剣の時のような軽快さは失われてしまう。それを逆手に取られてこうして苦しむことになるとは。まぁ、大抵の魔物も馬鹿では無いから避けたり警戒したりはあったけど、紅姫ほど自身の身の危険を察知するのが得意な魔物は狩ったことはないわ…。)
いくらルナベルが狂化を使っているとはいえ扱う武器は、自身の体重と同等かそれ以上の重さを持つ大斧。体力の消耗は片手剣を扱う時よりも早いのは誰でも察しがつく。もちろん魔物である紅姫も、だ。
彼女の狙いは恐らくその体力が切れる瞬間だろう。重い武器を扱う人間と相対したことがきっと彼女はある。その根拠は立ち回りと、彼女の腕部だ。立ち回りは何度も話している通り回避に専念し、その上一定の距離を保つようにしていること。
もうひとつの根拠である腕部とは、その傷にある。斬撃系統が主流となってきている世の中で彼女の腕部に付けられた傷は確かに斬撃跡は残ってるが、それ以上に明らかな打撃痕が残ってるのが特徴だ。凹んだ甲殻とそこを中心に亀裂も走っている。その一撃が彼女にとっては初めての体験で、恐怖を感じたのだろう。だから打撃系統の武器を見ると警戒するのだ。
警戒するという行為はそのままイコールでそれ自体が弱点であることを指し示す。だからなんとしてでも、打撃痕にもう一度衝撃を加えれば腕部は使えなくなる。私が力尽きてもそれだけは壊せないと、私の存在意義は無い。だから、必ず遂行する。
「そのままの斧が嫌ならまずはこれで距離を詰める!」
大斧状態を解除し片手剣状態で距離を詰めて牽制の意味を込めて数発攻撃する。避けるのを止めて、腕部の厚い甲殻でその攻撃を防ぎカウンターを一撃お見舞いする。が、ルナベルはそれを誘い出しており、その一撃を避けて盾で突き上げた後剣を盾と合体させて大斧状態に戻し逆にこちらがカウンターを仕掛ける。
「ようやくどデカい一撃プレゼントしてあげるわよ!」
回避もままならず、紅姫はその一撃を硬い硬い甲殻で受け止める。が、ルナベルが睨んだとおり大きな傷がついてる箇所を攻撃した為か、左腕部の甲殻は砕けて守られていた本体が見える。
「これで、火力は下がったかな?」
左腕部の甲殻を壊したのもつかの間、紅姫はすぐさま右腕部で横に振り、盾を構えてないルナベルを襲う。
「………っ!?」
大斧状態だったため、盾をすぐに構えることが出来ずそのまま吹き飛ばされる。
鎧を着ていたとはいえあの巨体と遠心力、そして腕部の甲殻これらが組み合わさった攻撃は生易しいもんではなく、ルナベルの左半身はほとんど壊れていると言っても同義。それをスキルの狂化で誤魔化し何とか立ってる状態にとなっていた。
(はぁ……はぁ………。流石に私も焼きが回ったのかしら。左腕部を破壊した程度で気を緩めるなんてね…。狂化も恐らく効力が切れる頃。私の身体が悲鳴をあげ出す時間もすぐそこ、か。せめてあと一撃本体にぶつけないと勝てない…。重体だろうと酷使してでもアイツに一撃を………)
朦朧とする意識の中確かな覚悟を秘めて立ち上がり大斧から片手剣に戻して構える。紅姫も左腕部の甲殻を壊されダメージがない訳では無い。しかし、現状のルナベルと比べるとやはり紅姫の方が軽傷で有利なのは事実。しかしそれでもなおルナベルは立ち向かう姿勢を崩さない。それが自身の使命であるのだと枷を課しているからだ。
「わ、私はお前に勝てなくてもいい…。だが、最低限の仕事はこなさいといけない…。もう少しだけ付き合ってもらうぞ。紅姫……」
狂化によって痛覚が壊れているのか、左半身が本来は機能しないと言っても差し支えないほどボロボロだが、そんな身体にムチを打って紅姫と対峙する。
狂化のタイムミットはおおよそ1分半そのわずかな時間で、紅姫を何とか追い詰める。再度剣を持つ手に力を込め相手を睨む。狂化のおかげで痛みがない分ある程度普段通りの動きが可能なため、距離を詰め手数で傷をつけていくことが出来る。もちろん紅姫もただやられる訳でなく、その攻撃に順応していき残る右腕部で剣を弾き、左腕部の爪で狩りとる。この互いに譲らぬ攻防戦が続く……。
その攻防は僅か30秒程度の出来事だが、ルナベルにとって1秒ですら無駄にしたくない。この攻防戦だって、無駄にすら感じてる。時間を稼がれてるんだと自覚しながらもそれを打開する術はなく、油断すればこちらが押し切られる可能性だって秘めているのだ。だから貴重な一時さえも、この攻防戦にあてがわないといけない。
そんな事が脳裏を横切った刹那…。紅姫が動く。攻撃パターンを変えたのだ。右腕部で防ぎ左腕部で攻撃というパターンが、突然右腕部で防ぎそのまま右腕部で攻撃というパターンに変わった。その『虚』を突かれたルナベルはそのまま防戦一方となり、遂には唯一の打開策とも言える盾も弾き飛ばされ残る物は利き手に握る剣一本のみ。この時既に狂化のタイムリミットはオーバーしており、彼女の身体は『狂化の毒』に犯されていた。
「っ!?……ゴフッ………。
まさか、もう狂化のタイムリミットきたの?これじゃあ最低限の仕事さえも出来てないじゃない……。」
血反吐を吐きながらそう呟く。既に身体は限界を超えて、その証拠として片膝をつき剣を支えに使わないと倒れてしまいそうになるほどの重体。この後の未来は誰でも容易に想像が着く結末だろう。
ルナベルでさえ、その未来を見据えている。
「もうちょい…削れればなぁ……。」
そうポツリとつぶやき視界を閉じる。視界を閉じる瞬間見えたのは、紅姫が大きく振りかぶりルナベルにとどめを刺すその光景……。
死を覚悟したルナベルだったが、痛みが襲ってこず恐る恐る目を開くとそこに居たのは散々バカにしてきたミナルだった。
「まだ、死なさねぇよ?お前さんにはまだまだ活躍してもらわないと。」
そんな強気な言葉を放つが本人は既にルナベル以上にボロボロだった。それもそのはず彼はお世辞にも強い訳では無い。そのうえ基礎的なステータスも常人よりも劣っているのだ。にもかかわらず彼はルナベルがやられる少し前に木の上からすぐさま飛び降りて、フックショットで吹き飛ばされた盾を引き寄せそしてルナベルの前に盾を構えて立ったのだ。紅姫の強烈な一撃を食らってもなお意地だけで踏ん張りルナベルを守っていたのだ。
「お前さんがどんな考え方を持ってるか知らねぇけど…。少なくともお前みたいな才能があるやつが自己犠牲はやめろ。お前みたいな才能あるやつは、生きて俺みたいな才能無しに色々教えてやれ。
自己犠牲やめろとか言っといてなんだが、どうせ消えるなら今の才能なしの俺が消えた方がマシだ。後世に天才ではなく秀才と言われる人種を増やすためなら、俺はその礎になってやるさ。だが、お前はそれにはなるな。先導者になりな。」
「ミナル……。たまには、リーダー的なことやれるし言えるのね。 」
「たまには、な。
んな事より、俺そろそろ倒れるからあと任したわ」
「……前言撤回。やっぱりミナルはミナルね」