前回の続きです。
彰冬
なんでも許せる方向け、
大丈夫な方、お進み下さい。
チャイムが鳴り、最初の授業が始まった。教師が前に立ち、教科書の内容を淡々と説明していく。周囲の生徒たちはノートを取り始め、教室は静かな集中力に包まれ…るはずだった。少なくとも、俺の周辺以外は。
黒板に書かれる文字を目で追い、教師の声に耳を傾ける。必死に授業に集中しようとするのだが、どうにも意識の半分が隣へと持っていかれてしまう。原因は言うまでもない。隣の席の男――東雲彰人だ。
ちらりと視線を動かすまでもなくわかる。突き刺さるような、熱のこもった視線。授業が始まってからというもの、彰人は教科書もノートも開かず、ただひたすらに、こちらをじっと見つめているのだ。普通、初対面の相手(しかも男だと思われていない!)にこんな無遠慮な視線を送るか?
(頼むから授業に集中してくれ…)
内心で何度目かの懇願をした、その時だった。
「……可愛すぎんだろ…」
ボソリと、しかし確実に俺の耳に届く声で、彰人が呟いた。
ピシッ。
俺の中で何かが固まる音がした。今、なんと言った?可愛い?誰が?…俺が?
一瞬、ペンを走らせる手が止まりそうになるのを、必死でこらえる。違う、俺は何も聞いていない。空耳だ。そうだ、きっとそうに違いない。
しかし、現実は非情である。再び、彰人の小さな、だが熱っぽい吐息まじりの声が聞こえる。
「…まじで、反則だろ…」
(聞こえてるんだよ、それ全部!!)
心の中で、俺は全力で叫んでいた。なんだ、「可愛い」って!「反則」って!お前は、本当にあの東雲彰人なのか!?俺の知っていた、悪態ばかりついていた不愛想な相棒はどこへ行った!?目の前にいるのは、まるで少女漫画に出てくるような、恋する男子そのものではないか!
前世の彰人が、こんな歯の浮くようなセリフを口にするなんて、天地がひっくり返ってもありえなかった。この状況の変化は、俺の理解を遥かに超えている。
混乱する頭を必死で抑えつけ、俺はただひたすらに、黒板の文字をノートに書き写す作業に没頭しようと努めた。聞こえないふり。気づかないふり。今はそれしか、この奇妙で居心地の悪い状況を乗り切る術はない。
だが、背中に感じる熱い視線と、時折聞こえてくる小さな囁きは、容赦なく俺の集中力を削いでいく。早く、早くこの授業が終わってくれ…!俺はただ、心の中でそう願い続けるしかなかった。最初の授業は、俺にとってひどく長く感じられた。
もう限界だった。
背中に突き刺さるような視線。時折聞こえる、訳の分からない呟き。どれだけ無視を決め込もうとしても、意識は散漫になるばかりだ。このままでは、本当に授業内容が頭に入らない。それに、彰人のためにもならないだろう。いくら一目惚れ(?)しているからといって、初日から授業を全く聞かないのは問題だ。
(仕方ない…)
腹を括り、俺は隣の席の男に声をかけることにした。あまり波風は立てたくない。できれば穏便に、しかし、効果的に。俺は努めて柔らかい表情――そう、微笑みを浮かべて、彰人の方を向いた。
「なあ、東雲」
小声で呼びかけると、彰人はビクッと肩を揺らし、驚いたようにこちらを見た。その瞳が、期待にきらめいているように見えるのは気のせいか。
「ちゃんと授業、受けないとダメだぞ」
自分としては、精一杯「注意」のつもりで言った。これ以上見つめられるのは困る、という牽制と、彼の学業を心配する(前世の相棒としての、ほんの少しの老婆心のようなものも混じっていたかもしれない)気持ちを込めて。あまり厳しくは言いたくなかったが、これで少しは大人しくなってくれるだろう、と。
しかし、彰人の反応は俺の予想とは全く違っていた。
「あ、…ご、ごめんね」
注意されたというのに、彰人の頬はみるみるうちに赤く染まっていく。その返事は、反省しているというより、むしろ照れているように聞こえた。まるで、俺が注意している姿すら、彼の目には「可愛らしく」映っているとでもいうように。
(え…?)
そのぎこちなさすぎる謝罪に、俺は逆に面食らってしまった。怒られるどころか、照れられている? もしかして、言い方がまずかったか?あるいは、微笑んでいたのが逆効果だったのか?
(いや、少し厳しすぎたか…?)
つい、そんな考えが頭をよぎる。前世の感覚で接してしまったかもしれない。今の彼は、俺を「青柳冬弥」という名の、初対面の「女の子」として見ているのだ。
ともあれ、彰人は気まずそうに視線を逸らし、慌てて教科書を開いた。目的は達した、と言えるのだろうか。釈然としない気持ちを抱えながらも、俺は再び黒板に向き直り、授業に意識を戻そうと努めた。
一時的にしろ、あの執拗な視線からは解放された。だが、根本的な問題――この、どうしようもなく噛み合わない彰人との関係性は、まだ始まったばかりなのだという予感が、重く胸にのしかかっていた。
side彰人
チャイムが鳴って、教師が何か話し始めたけど、正直、全く頭に入ってこねぇ。だって、隣にいるんだぜ?青柳冬弥が。さっき校門で一目惚れした、あの奇跡みたいなやつが。
東雲彰人は、教科書を開く気にもなれず、ただ隣の席に座る彼女の横顔を盗み見ていた。いや、盗み見っていうか、もうガン見だな、これは。だって、目が離せねぇんだから仕方ねぇだろ。
真剣な顔で、黒板の方を見ている。長いまつ毛が伏せられて、白い頬のラインが綺麗だ。陽の光が窓から差し込んで、サラサラのツートンカラーの髪がきらきら光ってる。時々、ノートに何か書き込むんだけど、その指先までなんか…綺麗なんだよな。
(やべぇ…)
心臓が、さっきからずっとうるさい。こんな感覚、初めてだ。今までだって「可愛い」と思う女子はいなかったわけじゃねぇけど、こんな風に、息するのも忘れるくらい見惚れちまうなんてことはなかった。
なんでこんなに惹かれるのか、自分でもよく分かんねぇ。ただ、見てるだけで、胸のあたりがギュッてなって、なんかふわふわする。
真面目に授業聞いてる横顔も、たまに小さくこくんと頷く仕草も、全部が全部、いちいち…
「……可愛すぎんだろ…」
あ、やべ。声に出てた。まあ、いいか。聞こえねぇだろ、こんな小さい声。それに、思ったことを口にしただけだし。
ふと、彼女がノートを取る手を止めて、髪を耳にかけた。その何気ない仕草に、また心臓が跳ねる。白い首筋が見えて、なんか妙にドキドキした。
「…まじで、反則だろ…」
また声に出ちまった。だって、本当にそう思うんだから仕方ねぇ。こんなのが隣にいたら、誰だって授業どころじゃなくなる。
彼女は俺の視線にも、多分、今の呟きにも気づいてないみたいだ。相変わらず、真剣な顔で前を向いている。それでいい。今はただ、こうして見ていられるだけで十分幸せだ。
ああ、もう、授業終わるまでずっとこのままでいてぇな。教師の声も、周りの奴らの気配も、全部どうでもいい。俺の世界には今、隣にいる青柳冬弥しか映っていなかった。
やっべぇ、マジで可愛い…。
授業そっちのけで、俺はずっと隣の席の青柳冬弥に見惚れていた。横顔見てるだけで、なんでこんなに飽きないんだろうな。心臓はうるさいし、顔は多分ニヤけてる。完全にヤバいやつだ、俺。
そうやって彼女の世界に浸っていた、その時だった。
「なあ、東雲」
え?
不意に、すぐ隣から俺の名前を呼ぶ声がした。しかも、あの、透き通るような声で。ビクッと体が跳ねて、反射的に声の方を向く。そこには、少し困ったように、でも、やっぱり綺麗に微笑んでいる冬弥がいた。
「ちゃんと授業、受けないとダメだぞ」
え、あ、はい。
いや、違う。注意されてるんだ、俺。授業中にガン見してたのがバレたらしい。普通なら「うっせぇな」くらい思う場面かもしれない。なのに。
(か、可愛すぎんだろ…!!)
なんだよ、その顔!微笑みながら、ちょっと眉を寄せて「ダメだぞ」って!怒ってるっていうより、なんか…こう、心配してくれてる、みたいな?いや、それにしたって、反則級に可愛い!注意されてるはずなのに、心臓はさっきよりうるさく鳴ってるし、顔が一気に熱くなるのがわかった。
「あ、…ご、ごめんね」
しどろもどろに、なんとかそれだけ言うのが精一杯だった。やべぇ、声、裏返ったかも。
冬弥は俺の返事を聞くと、少しだけ意外そうな顔をした(ように見えた)けど、すぐに黒板の方に向き直っちまった。
俺は慌てて、目の前にあった教科書をバッと開いた。ページ?そんなの適当だ。内容なんて、一文字も頭に入ってこねぇ。だって、まだドキドキが止まんねぇんだもん。
(俺のこと、見ててくれたんだ…)
そう思うと、注意されたことすら、なんだか嬉しくなってくる。ただ無視されるんじゃなくて、ちゃんと声かけてくれた。しかも、あんな可愛い顔で。
これはもう、確定だ。俺、東雲彰人は、青柳冬弥に本気で惚れてる。
教科書を開いたまま、俺は再び、隣の席の彼女に視線を送った。さすがにさっきみたいにガン見はできねぇけど、それでも、見ないなんて選択肢はなかった。だって、こんな奇跡みたいな出会い、逃すわけにはいかねぇだろ。うん、やっぱり可愛い。最高だ。
続く
コメント
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