テラーノベル
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目を覚ましたとき、見知らぬ天井があった。
白くて、少し高い。
『…どこだ、ここ…』
声に出した瞬間、喉が妙に乾いていることに気づく。
身体を起こそうとして、腕に違和感を覚えた。
細い管に点滴
__病院?
そこまで考えて、急に不安が押し寄せる。
『…俺、何してたんだ、?』
頭を探っても直前の記憶がない。
昨日のことも、今日の予定も、全部霧がかかったみたいだった。
するとドアが静かに開いた。
「あ、…起きた?」
その声を聞いた瞬間、胸がはっとする。
見覚えのある顔
少し疲れた目
でも、確かに知っている人だった。
『…仁人?』
名前はちゃんと出てきた。
仁人はほっとしたように笑って、ベッドの横に来る。
「よかった。ちゃんと俺のことは分かる?」
その聞き方が普通じゃない気がした。
『分かるに決まってんだろ』
そう言いながらも、心臓が早く打つ。
『俺、何があった?』
仁人は少しだけ間を置いてから言った。
「今日の朝、倒れた」
『…は?』
「無理しすぎわ」
責める口調じゃなかった。
むしろ、慣れているような感じで
『ここどこ?』
「病院」
『なんで…』
そこまで言って、頭がずきっと痛む。
仁人はすぐに俺の手を取った。
『大丈夫。今は考えなくていいから』
その手の温度に、理由もなく安心してしまう。
『…なあ』
俺は恐る恐る聞いた。
『俺さ、もしかして…忘れてる、?』
仁人の表情が一瞬だけ曇った。
でも、すぐに頷いた。
「うん。今朝 のことも、昨夜のことも、忘れてる」
胸がきゅっと縮む。
『じゃあ…俺たちのことは?』
口から出る言葉は震えていた。
それに対して仁人は、はっきりと言う。
「大丈夫、それは忘れてない」
その言葉でやっと詰まっていた息ができるようになった。
『…ほんと、?』
「ほんと」
仁人は、俺の目を見て言う。
「勇斗は起きたら必ず同じこと聞くよ、笑俺たちのこと覚えてるかって」
『…で?』
「そのたびに、ちゃんと覚えてる」
胸の奥がじんわり熱くなる。
「でもね」
仁人は、少し声を落とした。
「今日の朝は、珍しく勇斗のほうから言った」
『何を?』
仁人は、ポケットから折りたたまれた紙を取り出した。
「これ」
広げられたそれは、俺の字だった。
少し歪んだ、でも確かに見覚えのある文字。
"もしこれを読んでるなら、俺はたぶん、何か忘れてる。
でも大丈夫、隣には仁人がいる。
それだけ覚えてれば、全部なんとかなる。"
文字を追ううちに、視界が滲む。
『 …俺、こんなの書いたのか__っ,,笑』
「うん、笑」
仁人は少しだけ目を伏せて言った。
「倒れる前に、俺に渡してきた」
喉が詰まる。
『怖くなかった?』
俺が聞くと、仁人は首を横に振った。
「怖かったわ正直…でも」
顔を上げて、笑った。
「勇斗が自分で戻ってくる場所作ったからさ、 俺はさ」
仁人は俺の手を強く握る。
「何度忘れられてもいいよ」
『…』
「何回、同じ話してもいい。」
その声が少しだけ震えていた。
「勇斗が戻ってくるなら、それでいい」
涙が止まらなくなった。
『…ごめん』
情けなくて、悔しくて。
仁人はすぐに首を振る。
「謝ることじゃないよ、 また一緒に作ればいいでしょ」
記憶も、日常も、関係も。
____忘れることは、失うことじゃない。
そう思えたのは初めてだった。
数日経って退院の日となった。
病院の玄関で、俺は立ち止まって言った。
『なあ、仁人』
「ん?」
『俺さ、きっとまた忘れると思う』
「だろうな笑」
『それでもさ』
仁人を見る。
『隣にいてくれる?』
仁人は当たり前みたいに言った。
「どこ行くと思ってんの。いつだって俺の居場所はあなたの隣ですよ」
その一言で、全部救われた。
空はやけに晴れていた。
俺はポケットの中のノートを触る。
一番最初のページには、あの日書いた言葉。
"俺は、佐野勇斗。 隣には、吉田仁人がいる"
それは今日も
明日も
何度忘れても、変わらない。
____だから俺は大丈夫だ。
何度だってここに戻ってくる。
仁人がいる、この場所に。
end.
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