「うわーすごい!天気も良くて良かったね」
小田原城天守閣の展望デッキをゆっくりと景色を見ながら歩く。小田原の町並みの先に広がる海がキラキラと輝いている。
「高い所は好き?」
「大好きって、ナントカは高い所がって思ってるでしょ」
「まさか、スカイツリーもそろそろ落ちつてそうだし今度行ってみる?」
「行きたい」
展望デッキからは伊豆半島や箱根の山々が見える。
「箱根や伊豆の温泉に一泊とかは?」
「じゃあ、バイトがんばらないと」
手を繋いで天守閣を降りる。
手を繋ぐ以上のことを他の人と散々しているのに瞳とは手を繋ぐだけなのに満ち足りた気持ちになった。
瞳の「あんみつ」の一言でお休み処に入り、言葉通り瞳はあんみつ、俺はコーヒーを頼んだ。
瞳は目の前に置かれたあんみつの写真を撮る角度を考えている。
テーブルに置いた俺のスマホが震え通知が入る。
Mao[今夜OK?]
と表示されたと同時に瞳のスマホからシャッター音がした。
「食べたら帰ろっか」
瞳はそう言うとスマホをバッグに仕舞いあんみつを食べ始めた。
「もう少しゆっくりしよう」
さっきまでの和やかな雰囲気はなくなり瞳は黙々と食べている。
あえて自分から連絡を取る相手では無かったから、連絡が来たらもう会わないことを伝えようと思っていたし、すっかり忘れていた。
「ごめんなさい。見るつもりじゃ無かったけどタイミングよく通知が見えてしまって」
さすがにセフレだからスルーでいいなんて言えないし、かといってこのままだと悪い結果にしかならない。
「歩きながら話をしよう」
「うん」
スマホを手に持って立ち上がると、手のなかでブブッと振動した。
[私は何時でもOK]
今は咲いていない桜の木の下を歩く、きっと春は淡いピンクのアーチができるのだろう。
その時にまた瞳と一緒に手を繋いで歩きたい。
「この人は瞳と付き合う前に飲み会で会って何度か会った。でも、誓って瞳と付き合ってからは会っていない。もう会わないという連絡をし忘れていた。瞳からすれば最低な奴だと思われても仕方がないが今は本当に瞳だけが大切なんだ」
スマホの画面を瞳に見せてその場で前回のメッセージから3ヶ月が経っていることを確認してもらってから
「恋人ができたのでもう会わない」とメッセージを送りMaoをブロックした。
「せっかくの初デートで嫌な思いをさせてごめん」
その言葉の返事は「かまぼこを買いに行こう」だった。
何を言えばいいのか、どうすればいいのかわからなくて二人で無言で歩き出した。
行きとは全く違うテンションでほとんど話すことは無く予定よりも早い時間に瞳の家に着いた。
「今日はありがとう」と言って車を降りようとする瞳をそのまま見送ってしまえばもう二度と一緒にいられなくなる気がして、腕を掴んだ。
「ごめん、もう少し一緒にいたい。すこしドライブしないか?もちろん瞳が嫌がることは絶対にしない」
必死でみっともないことをしている自覚はあるが、こんな時はどうすればいいのか本当にわからない。でも、このまま終わってしまうことの方が怖かった。
「分かった」
そう言うと瞳は一旦外したシートベルトをかけ直した。
瞳の家から遠くならないように自然公園に向かった。大きめの駐車場は結構埋まっていたが駐車することができた。
公園は家族連れで賑わっている。
「本当に浮気とかじゃなくて」
この後、何を言えばいいんだろう。
次の言葉を迷っていると
「別れないよ」と言って瞳は微笑んだ。
あああ、好きだ。
大切にする。
思わず抱きしめた。
「ありがとう、好きだよ」
「うん」
体温を感じる。
もちろん、瞳を抱きたいとかそういう気持ちがないわけじゃない、だけどただ抱きしめているだけで満たされる。
初めての感情に戸惑いながらも浸っていると
「ママァ、なんかあそこでエロいことしてる」
声のする方を見ると、子供がこちらを指さして母親に言っていた。
瞳は慌てて俺の胸を押して離れると母親も気まずそうに頭を下げ子供の手を引いて離れていった。
その姿を見て二人で思わず吹き出して、手を繋いで公園内を歩いてから瞳を家まで送っていた。
相模原から圏央道に乗るとホルダーに立てかけたスマホに着信がはいり知らない番号が表示されている。5回ほどのコールで切れた為、放置しようと思ったがすぐに又、コールが始まった。
知り合いやましてや瞳は登録してあるから名前が表示されるはずだし、セフレだった人たちには電話番号は教えず、LINEのみの付き合いだから会わないというメッセージを送った後ブロックしている。
間違い電話かもしれないと思ったが、明らかに俺にかけてきているようだ。どちらにしても、今は出られないから一般道に出てからと思っているがその後もしつこくコールしている。
ようやく一般道に入り車を寄せてかかってきた番号に折り返しをした。
ワンコールで聞こえてきた声は予想外の人だった。