あれから、小一時間ほど喋っていただろうか。彼女の振る話題で、返しにくい話題がなかった。そう思えるくらいには、僕は時間も忘れて、先輩の彼女がヒステリックを起こした話であるとか、電車で見かけた酔っ払いが大乱闘した話とか、とにかくそういった話なんかをして、楽しんでいた。彼女も同じように僕との会話を楽しんでいるようだった。…いや、これは僕の思い込みかもしれない。忘れてほしい。
そんな中で、たった1つだけ、返しづらい話題があった。
僕についての話題だ。
「烏崎さんって、彼女、いた事あるんです か?」
それは今までの会話の流れからして自然なものだったし、彼女にも他意はないとすぐに分かった。単に気になって聞いただけ、というのは、分かりきっていた。
だが僕は、その質問にこう答えた。
「君も、そうやって僕を傷つけるのか?」
その言葉に、僕はハッとした。自分で言っておいてなんだが、ひどいことを言ってしまったと後悔した。彼女はびくっとして、
「ごめんなさい、そんなつもりじゃ」
と謝った。
それが尚一層僕を傷つける。謝らせるつもりなんてなかったのに。だが僕は、自分のプライドを守るため、もっとひどいことを言ってしまった。
「謝るなら、聞くなよ。僕はそういう話題は、好きじゃない」
なにを言っているんだ。僕は。違う。そんなことを言いたいんじゃない。彼女は何も悪くない。悪いのは僕なのだ。だが、次に謝ろうとしたとき、彼女はうつむいて、
「ごめんなさい、烏崎さん」
と僕の謝罪を遮った。いや、それは正しくない。僕がすぐに謝らなかっただけだ。彼女が遮ったという言い方は、僕が僕の非を認めたくないがために、言い換えただけ。つくづく自分のことを嫌いになった。
そこで「いや違うんだ、僕が悪いんだ」と言うなら、まだ自分のことを嫌いにならずに済んだかもしれない。だが僕はついに、彼女に謝ることはせず、黙り込んだ。
それから無言の時間が続き、僕と彼女はお互いそっぽを向いて景色を眺めていた。することがないから、必然的にそうなる。ぼぉっと空を眺めていると、ピピッという電子音が聞こえ、耳の機械が作動した。そこから、アンの元気な声が、頭に響くように流れた。
「帳君!お腹は空いてないかい?ミーはもう食べたよ!外の世界はもう夜だ、そろそろなにか食べたらどうかな?ミーも2人に会いたいし!」
「お前はただ自分が呼ばれたいだけだろ」
「あれ!?なんでわかるの!?もしかしてエスパー!?」
「うるさい、はやく切れ。耳が痛い」
「えー…帳君のい・け・ず?」
「うるさい!いいから切れ!」
「はーい…」
残念そうに、通信が切れる。自分に対する怒りを、アンにぶつけるように、声を上げてしまった。僕は苛つきを抑えられない。
なんなんだどいつもこいつも。
「あの、烏崎さん」と彼女が言う。
「なに?」
「さっきは、ごめんなさい。わたし、烏崎さんが嫌がること聞いちゃったみたいで。気が利かなくて、ごめんなさい」
「…君は、悪くない。悪いのは、こんな状況にしたカラスだ」
あくまでも僕は、自分が悪いとは言わない。アン達カラスのせいにして、自分の責任から逃れようとしていた。
「そうかもしれないけど、わたしが烏崎さんを嫌な気持ちにしちゃったのは確かだから、謝りたいんです。ごめんなさい 」
僕は、その言葉に、さらに苛立ちが募る。そんなことを言われたら、僕はいよいよ謝れない。彼女は、完全に自分のせいにして、僕が罪悪感を抱かないようにしているのだ。それが一層僕の惨めさをあらわにするので、耐えきれなくなって、言った。
「しつこいぞ!そんなに謝って自分のせいにして、満足なのか!?もういいから、黙っててくれ!」
と、言いきった瞬間、ぐぅ、と腹が鳴った。彼女は驚いたが、その後しばし、静寂が訪れる。やがてせきをきったように、彼女が笑った。なに笑ってるんだ、と思った僕だったが、あれだけ声を荒げておいて、腹の音は可愛らしいものだったから、恥ずかしくなって、それどころではなくなった。彼女はそれを見て、ニコッと微笑んで言った。
「お腹、すきましたね。ご飯、食べましょっか?」
僕は頷いた。
つくづく情けないが、背に腹は代えられない。彼女は耳の機械のボタンを押し、アンを呼びつけた。
アンはすぐ来た。押して5分もしないうちに、翼をはためかせ、空を舞うようにこちらへ飛んでくる。
「お待たせ!何かな?ご飯?お風呂?それとも…」
アンが言い終わらないうちに、
「ご飯です」と、彼女は言う。
アンはぶすっと顔をすぼめて、
「はいどーぞ〜…」と、コンビニのパンとおにぎりをいくつか翼から出した。収納にもなるのかそれ。
「他には?」とアンが言うので、僕は質問する。
「なぁ、いちいちお前を呼ばないと食事も風呂もままならないのか?」
「うーん…痛いとこつくね…でも、しょうがないんだよ。万が一にもここから出られたんじゃ困るんだ、君たちを見張るのもミーの仕事なんだよ。…あ、安心して、四六時中見張ってるわけじゃないし、呼ばれたときだけだから。来るの」
「てことは、出る方法、やっぱり他にもあるんだな?」
「…君は鋭いなぁ。まぁ教えたところで無理なんだけど…あるにはあるよ」
「教えてください!アンさん!」と彼女は懇願する。
だが無情にも、アンはそれを拒否した。自分の仕事は案内であって、手助けではない、と言って、飛んでいってしまった。
「行っちゃいましたね、アンさん。 」
「あんなやつにさん付けなんてしなくてもいいだろ」
「いえ、クセで…つい敬語で接しちゃうんです。だからそっちのほうが接しやすいっていうか 」
「…そう」
僕の希薄な返事に、気まずくなったのか、 「…食べましょうか」と彼女は一言言って、その場に座りパンを頬張り始めた。僕も、立ったまま違う種類のパンに口をつける。
食べている最中も、僕らは無言だった。先程のやりとりを思い出したのもあったが、どう話を切り出せばいいかわからなかった。最初に彼女に話しかけてもらったうえ、謝らせてしまった罪悪感から、自分から話をするべきかと考える。なにか話題はないかと考えたとき、1つ浮かんだ。彼女が食べ終わるのを待ってから口を開く。
「君、あのカラスが言ってた、ここから出る方法、見当つくか?」
「いえ、まったく…でも、アンさんは教えても無駄だって言ってましたし…考えてもしょうがないんじゃ…」
「僕らを連れ去った奴らの話を信じるのか?君はどうかしてる」
「わたしは、信じます。というか、わたし、君、って名前じゃないです」
彼女は、今まで見せなかった険しい顔をしていた。僕の態度に、少なからず不快感を覚えていたんだろう。
「烏崎さん、そうやって人と話してたら、嫌われちゃいますよ」
と、彼女は僕に初めて苦言を呈す。僕は反論する。
「別に、嫌われたって構わない」
「烏崎さんがよくても、わたしは烏崎さんが嫌われるのは嫌なんです。悪い人じゃないって、分かるから」
「なら勝手にすればいい。僕は感謝なんてしないよ」
「なんですか、その態度。わたし、そんなに悪いことしました?不安なのはわかるけど、そんなふうに突き放すの、良くないです 」
彼女の言うことは正しかった。しかも、苦言を呈してなお、彼女の優しさは僕の罪悪感を突き刺した。彼女は、僕自身のために、厳しいことを言ってくれているのだ。
「わかりました。烏崎さんがわたしといるのが嫌なら、離れます。帰れる方法を見つけたら、教えますから」
と、彼女は僕に背を向けて、どこかへ歩いていってしまった。
僕は、どうすべきかわからず、ただそこに立ち尽くして、彼女の背中を見つめていた。
コメント
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喧嘩?は良くない!!今すぐ止めにいかなければ!!まずは壁に向かい走り体当たり!!これで転生してれいさんの作品の中に…ごふぁっ!!!(((
アワワ…大変だ〜