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軍靴が、軍基地の石畳に乾いた音を響かせる
広い訓練場の中央、陰キャ転生──かつて「金狼」と呼ばれた男は部下三人を睨みつけていた
その瞳は、炎に似た色を湛えている。激情とも、警告とも取れる怒りをはらんで
「お前ら、何度言わせりゃ気が済む。現場で仲間の動きも読めねえ奴に任せられる任務なんざ、ねぇんだよ!」
できおこは静かに眉を下げて、小さく頭を下げる
一歩後ろではひまじんが「はいはい反省しまーす」と片手を上げる
おぱいちは無言のまま腕を組み、わずかに視線を逸らした
「──次はない」
そう一言、言い捨てると、陰キャ転生踵を返した
そのまま、一度も振り返らず、軍基地の奥へと歩き去っていく
赤茶けたマントが、ざわりと揺れて背中を包み込んだ
「……あんなん、やってられへんわ」
ひまじんが小声で吐き捨てる
「でも……隊長、たぶん本気だ」
できおこは陰キャ転生の背中を見つめたまま、そっと呟いた
「怒ってるというより……切ってる顔だった。俺らを」
「……感情の動きが歪だ。普通の“叱責”じゃない。生理的な拒絶に近い反応だった」
おぱいちが静かに言葉を重ねる。
その場に重苦しい沈黙が落ちる
まるで、“何かの別れ”を告げられたような
⸻
翌朝、三人のもとに軍からの通達が届いた
それは、“異動命令”だった
──配属先:特務部隊「Never Ever Expected to Triumph」部隊(通称:N.E.E.T.部隊)
──異動理由:上層部による戦力再配置の一環として
「はあ!? なんで俺らが“墓場”行きなんや……!」
紙を投げるように机に叩きつけながら、ひまじんが叫ぶ
できおこは、何かを悟ったように黙っていた。
おぱいちは文書を冷静に読み込んでいたが、静かに首を傾げる
「これ……大佐のサイン。殴り書きだけど、間違いない」
「……自分で手続きしたんか。俺らを、勝手に」
全員、心当たりがあった
──あの“怒鳴り”は、追い払うための布石だった
⸻
一方その頃、陰キャ転生は軍本部の奥で、将官らと密会していた
作戦名:【第二次・瘴獣収束任務(スタンピード対処)】
規模は、かつて相棒を喪ったあの任務と同等か、それ以上か
「──今回も俺が出ます。……他の誰にも任せられません」
「まさか貴様がまた“特攻”を希望するとはな。……本当に変わらんな、“狐狼”大佐」
「変わったさ。……俺の隣に、もう“あいつ”はいない」
「好きにすればいい、次は死ねるといいな“死に損なった英雄”殿」
嘲笑を隠しもしない将官との密談を終え、自室に戻った陰キャ転生
机の上に置かれた2枚の書類
一つは、真っ二つに裂かれた“昇格通知書”。もう一つは、現職の“移動通知書”。
陰キャ転生の手が、胸元に触れる
そこに揺れるのは、一本の牙──ギンのものだ
それはネックレスとして陰キャ転生の首に下がっている
だが、いざとなれば、命を絶つために使える牙
───
特務部隊──蔑称「墓場」
正式名称は『Never Ever Expected to Triumph』
地図にすら詳細が載らない、軍の奥深く、半ば廃棄されたような施設にその部隊は存在していた
異動を命じられた三人は、案内もないまま指定された入口をくぐる
中は意外なほど整然としていた
しかし、それ以上に彼らを迎えた男が異様だった
「おう、ようこそ我が部隊へ。お前らが“金狼”が大事にしてる子犬たちか」
片腕の袖を空に垂らしたまま、KUNが笑っていた
粗野な笑みだが、その目は獣を見定めるように鋭い
ひまじんが真っ先に食ってかかる
「……あんたが“墓場”の指揮官か。俺ら、勝手に左遷されたんやけど」
「左遷かねぇ。ま、言い方としてはそうだな。でも──」
KUNは片手だけで引き出しを開け、一冊の古びた本を取り出した
それは、革表紙に封印紋が刻まれた禁書だった
「──これは、魂結びについての記録だ。“あのバカ”が何を失ったのか、お前らは知ってるか?」
そう言って本を三人の足元に投げる
次いで、書類の束と写真──魂結契約書、当時の戦歴報告書、ギンの咆哮が映る古い記録映像
内容に目を通し、驚いたようにできおこが目を見開く
「これ……まさか、大佐と騎獣の……?」
「ああ。血と名前で魂を繋いだ。“魂結び”だ。……結果、愛獣を喪って、本人も壊れかけた」
おぱいちが契約書を覗き込みながら呟く。
「……規格外だ。これ、今なら完全に軍法違反。しかもこれ、契約者側に極端に不利な契約だ」
「でもな、陰キャ転生は“名前をくれてやった”。あいつは魂じゃなく“絆”で獣と繋がった。契約なんざ超えてたんだよ」
ひまじんがぽつりと問う
「……それを、今さら俺らに見せてどうすんねん」
「“秘密にしろ”とは、言われなかった。だから教えた。ただ──」
KUNは机に肘をつけ、静かに言う
「……あいつが、お前らをここに託したのは、捨てるためじゃない。“助けるため”だよ」
⸻
夜明け前
倉庫の片隅、武器棚の前に陰キャ転生はいた
己の鎧を一つ一つ、静かに装着していく
その動きに迷いはない。だが、胸元のネックレスだけは、最後にそっと指でなぞった
「…ギン」
白銀の牙は、変わらぬ光を湛えていた
まるでそこに、“まだ声がある”かのように
陰キャ転生の目が、一瞬だけ優しく細まる。そしてすぐに、何も映さない冷たい瞳へと戻る
装備を終えたその背には、再び“狐狼”の影が宿っていた
誰に告げるでもなく、彼は静かに倉庫を出ていった
──あの時と違い、今度こそ死ぬつもりだ
───
転属された翌日。NEET部隊の隊舎、簡素な石造りの作戦室で、できおこは机の上に並べられた書類を読み返していた
魂結契約、任務記録、処分された昇格通知書の断片──それらすべてが、陰キャ転生の過去を物語っていた
ひまじんは椅子を後ろに傾けたまま、天井を見上げている
「……で、うちらはこのまま、“残されたまんま”でええん?」
「“残された”わけじゃない。“遠ざけられた”んだ。危険から、本人の手で」
おぱいちは冷静に返すが、その声にはどこか刺のような悔しさがあった
「それが余計に腹立つっちゅうねん……」
ひまじんは天井を睨む。
その横で、おぱいちがふと口を開いた
「……出撃は、明日未明だろうな。スタンピードは移動速度がある。作戦文書の流れと合致する」
眼鏡の奥の目が冷静に推測する
「間に合わないかもしれない、ってこと?」
「普通に追ったら、そうなる」
「……“普通”ならな」
ひまじんが椅子を蹴って立ち上がった
「俺は行くで。隊長が勝手に置いてったんやったら、勝手に行ったってええやろ」
「なら、俺も行く。……一人で死なせないために、ここにいるんだから」
「非常識で非合理的。……でも、俺もだ」
かつての上司が、彼らを遠ざけるために用意したはずの“特務部隊”で
今、その元部下たちが、上司を迎えに行く準備を整えようとしていた
今度こそ──独りにしてしまわない為に
───
特務部隊「Never Ever Expected to Triumph」──通称「NEET部隊」の作戦室には、妙な熱気が漂っていた
「なぁなぁ、この3人、狐狼くんの可愛い部下ちゃうのん?」
薄笑いを浮かべた紅茶がひまじんの肩を組むと、「触んな!」と鋭い蹴りをもらって退散した。
「まさか本当に戦場行く!? 転属して数日で!? うわ~」
DDがなぜか陽気にドラム缶を叩きながら茶化す
「作戦名、いっそのこと“狐狼尻追っかけ作戦”でいいんじゃない?」
それを横目に、隊長のKUNはコーヒー代わりの焼酎を煽っていた
机には、転属させられたできおこ・ひまじん・おぱいちの3人、そしてNEET部隊の主力が数名並んで座っている
「──さて、決めるぞ。今夜、出る」
KUNの声が落ち着きなく揺れる作戦室をぴたりと止める
「“金狼”はスタンピード封鎖に出る。自殺行為レベルの特攻だ。……行かせる気か、って顔すんな。もう行ってんだよ、あいつは」
「……だからって、俺らが勝手にしていいんですか」
できおこが静かに言う
KUNは鼻で笑った
「許可? 書類? 罰則? あいつが助かるなら安い」
とーますがくすくす笑いながら手を挙げる
「質問でぇす♡俺たちも行っていいの?拷問道具持ってくね♡」
「黙れ変態」
このがとーますの耳を引きちぎる勢いで引っ張った
「おいおい、総員出撃かよ……ウチは問題児じゃなくて災害指定か?」
ヴェノムが煙草をくわえたままポーカーの手札を切る
おぱいちが手帳を閉じた
「──最低限の戦力で、最短ルートで援護する。大佐は現地の“衝突ポイント”に誘導されてる。時間との勝負になる」
全員が一斉に動き始める
中には武器を背負う者、装甲を着る者、魔導書を読む者など、統一感は皆無だ
だが誰もが一つの目的を持っていた
──仲間を、死なせない
「よし、各自5分後に門前に集合。死ぬ気で走るぞ」
「隊長さんも来るんすか……?」
KUNは片腕の袖を結び直すと、背後のロッカーから旧式の武装ジャケットを取り出した
「……当たり前だ。俺は前線に出るタイプの軍師なんだよ」
───
空は鉛色、瘴気が視界を濁らせる
瘴獣たちの咆哮が谷間にこだまし、その死肉の臭いが風に乗って広がっていた
瘴獣の亡骸の中央で、一人の男が膝をついていた
剣の切っ先は血に濡れ、鎧は無数の牙の痕と爪痕にまみれている
それでもその背筋はまっすぐで、誰にも背を見せていなかった
「……これで、いい」
陰キャ転生は、首元のネックレスに指をかけた
それは、かつての相棒──ギンの牙
胸に押し当てる
そこに残る感触は、温かくも冷たい、最期の選択
「ようやく──追いつけた。ギン」
そのとき、風を切る音が上空から響いた
──ズドォン!!!
地面を爆ぜさせながら何かが着地する
煙の中から現れたのは、奇抜な装備、個性豊かな武装集団
「てめぇ、なに勝手に終わらせようとしてんだよ!!」
その声に陰キャ転生は目を見開いた
次の瞬間、怒鳴り声が頭上から降ってきた
「死ぬなって言っただろうが、バカ野郎!!!」
──KUNだった
その背後から、次々とNEET部隊のメンバーが飛び込んでくる
「なんで来た!!!」
陰キャ転生が叫ぶ
その声は怒気ではなく、恐怖に似た悲鳴だった
「来るに決まってんだろ!」
KUNが正面から彼の胸倉を掴みあげる
「お前に“全部背負わせる”って、誰が言った!?」
「こっちはまだ、お前に返してもらってねぇもんが山ほどあんだよ!」
その叫びが、陰キャ転生の胸に刺さった
ギンの牙が指の間から滑り落ちる
土の上に転がったそれを、ひまじんが拾い、そっと彼の手の上に置いた
「まだ、あんたは生きてるんや。──ほな、責任もって、生きろや」
できおこも、隣で頷いた
「俺たちが……あんたの背を支える番だ」
⸻
スタンピードは、終息した
多くの瘴獣が焼かれ、斬られ、封じられ、地に還った
戦場の中心で、倒れたまま動けなくなった陰キャ転生の肩に、誰かが上着をかける
「さすが……陰キャ転生さん。頑張りすぎですよ」
世話になった事のあるヒーラーが回復魔法をかけていた
「ギンが生きてたら、お前は将官だったろうな」
「そうかもな。……でも、もういらねぇよ」
静かに首を振って、彼は胸のネックレスに触れた。
そこには欠けた牙──かつて共に戦った白銀の相棒の証
「階級も、栄誉も、褒章も──もういらねぇ。代わりにこいつらが、生きてりゃいい」
「ったく、しょうがないやつだ……」
KUNは空を仰いだ
朝焼けの光が残った瘴気を払ってゆく。
「墓場に、英雄が一人増えたな」
───
スタンピードの大群は、NEET部隊と陰キャ転生の奮闘によって無力化され、被害は最小限に抑えられた
NEET部隊の活躍は表には出なかったが、「未承認特務行動の成功」として軍部記録に刻まれた
KUNの上申と証言により、陰キャ転生の査問は免除。むしろ、「あの男が動くなら、最悪を想定せよ」と、全軍の中で一種の指標として語られることとなった
陰キャ転生は現在、「NEET部隊 外部顧問」として任務に参加
できおこ・ひまじん・おぱいちの3人と共に、かつてのように訓練する日々が続く
首元のギンの牙は、もう自害のためではない──ただ、背を守ってくれた者の証として