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「……信じられない。この一節、何度読んでも新しい発見がある」
フランス語混じりの英語で、独り言を呟いている少年がいました。 宮奈がふと振り返ると、そこには端正な顔立ちに、どこかあどけなさを残した——しかし、その瞳には世界を見据えるような鋭い光を宿した少年、ジュリアン・ロキが座っていました。
彼の手元にあるのは、使い古された様子の『ドミトリー(寄宿舎)の屋根裏、11歳の内緒話』。
宮奈は少しだけ眉を寄せました。 (……日本語版? 翻訳版はまだ出ていないはずだけど。……ああ、そう。彼は語学も堪能なのね。それにしても、あんなに熱心に私の「排泄物(ストレス解消)」を読み耽るなんて)
「ねえ。その本、そんなに面白い?」
宮奈は、画面の「ダブル不倫」という文字を素早く隠し、カフェオレを一口含んでから、何気ないふうを装って声をかけました。
ロキは驚いたように顔を上げ、宮奈を見るなり、その美貌に一瞬言葉を失いました。凛と同じ翡翠の瞳、冴に似た涼しげな目元。
「……ええ。驚きました。こんなところで、この本を知っている人に会えるなんて。この著者のmi.meは、天才です。18歳という時間が、ただの通過点ではなく『断絶』であることを、これほど論理的に、かつ残酷に描ける人間を僕は他に知らない」
ロキは熱っぽく語ります。 彼はサッカーという、常に「数字」と「結果」に支配される世界に身を置いています。だからこそ、mi.meが描く「感情の偏差値」や「約束の重力」に、魂を揺さぶられていたのです。
「僕はいつか、この著者に会ってみたい。彼女——あ、性別は不明ですが——の頭の中がどうなっているのか、直接確かめたいんです」
宮奈は内心で、深い溜息をつきました。 (……私の頭の中? 今さっきまで『弟が兄の首を絞める時の力加減』について考察していたなんて、口が裂けても言えないわね)
「……残念だけど、彼女はそんなに高尚な人間じゃないわよ。ただ、身近に論理の通じない『生き物』が二匹いて、その観察記録を物語に変えているだけ」
ロキは不思議そうに首を傾げました。 「なぜ、そんなことが言い切れるんですか?」
宮奈はフッと、皮肉めいた、しかしどこか妖艶な笑みを浮かべました。
「だって。……その本の168ページ、3行目。印刷ミスで、一箇所だけ句読点が抜けているでしょう? それ、私が最終校正で見逃した、一生の不覚なのよ」
静寂が、カフェのテーブルを支配しました。 ロキは目を見開き、慌ててページを捲ります。
「……本当だ。……まさか」
「ジュリアン・ロキ。貴方のプレーは、私の小説よりもずっと論理的で美しいわ。……初めまして。あなたが『mi.me』と呼ぶ、ただの小説家よ」
宮奈がスッと手を差し出すと、ロキはその手を、まるで壊れ物を扱うように、そして深い敬意を込めて握り返しました。
「……光栄です。まさか、運命まで論理的に計算されていたなんて」
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