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魔法少女アイドルとは『ファンの愛を金に変える』えぐい魔法を使う少女たちだ。
だと言うのに……あぁ、この世界は狂っている。
俺は自分の机に顔をうずめながら、そんな風に思った。
「ねね、愛ちゃんの新曲動画見た? すっごく可愛いよね!」
「愛ちゃんの公式ツブッターに、あたしクラスメイトなのにリプ祭りに便乗して、リプしちゃった」
「愛ちゃんのファン第一号は俺だぞ!? 当然、俺もやっている!」
教室で騒ぐ連中にもうんざりだが、その元凶であるアイドルに俺は深い憎悪を抱いている。
魔法少女アイドルなんてのは腐った果実にも劣る、中身が醜悪でぐちゃぐちゃな人間に決まっている。優れた容姿を武器に笑顔を振りまき、純真無垢な人々をたぶらかして金をむしり取る。内心では自分に熱を上げる庶民を嘲笑い、ぶりっこ、演技、欺瞞……清純という化けの皮を被った嘘の塊。
そう、魔法少女アイドルなんてビッチ以外の何者でもない。
「愛ちゃんもいいけど、やっぱ俺はホッシーが一番だなぁ」
「わかる! 星咲ちゃん最高だよな!」
「デビューしてからわずか1年で、アイドル序列が堂々の第8位だもんなぁ……星咲ちゃんのライヴパフォーマンスって迫力があって凄いよなぁ!」
そんな奴らに騙されてるとも知らず、ただ盲目に信じ切っているこいつらは狂っている。いや、この狂気はクラスメイトだけに止まらず、日本という国にまで波及している。なぜなら、クソみたいな存在に対し、市民がクリーンなイメージを連想するように政府が積極的に宣伝広報活動に協力しているのだ。
いわば、国家ぐるみの公共事業と言ってもいいんだろうな。
「明日、切継愛さんの『ライヴ』があるらしいよ!」
「知ってる! この辺でやるのかな?」
「まだ情報は出てないな」
「俺達、生で見れるかも!? 切継ちゃんのツブッターに張り付くしかないぞ! ライヴの場所をつぶやくかもしれない!」
「それなら俺に任せろ、切継ファン会員のゴールドメンバーである俺には、専用の切継アプリで一早く愛たんのライブ情報の詳細が流れてくるからな!」
「なんかーアンチと戦うって情報もあるよ」
「出ました! アンチライヴ!」
そんな俺が嫌悪するアイドルの一人、切継愛はウチのクラスメイトだったりする。中学時代の白雪に続き、高校になってもアイドルとクラスメイトになるとか俺は呪われているのだろうか?
話題の中心となっている切継愛は、一言で表すならお高くとまった奴だ。
学校に来てもあまりクラスメイトと喋らない。そんな態度もあって、周囲の奴らも気を利かせているつもりなのか、少し遠巻きにして彼女を見つめるばかり。そして隙あらば、クラスの奴らは神を崇めるような接待じみたコミュニケーションを図るという、教室をどうしようもないヒエラルキー意識の塊にしてしまう呆れる存在だ。
それが切継愛という、序列196位の現役魔法少女アイドルだ。
ちなみに序列300位以内はかなり高位のアイドルランクであり、つまりはかなりの人気を誇っている。
もちろんそんなやんごとなき彼女は今、この浮かれ切った教室内にはいない。
頭のめでたい連中が仰る通り、魔法少女アイドルのお仕事だそうで堂々と学生の本分を放棄している模様。
「おい、鈴木ぃ。なーにやる気なさそうに突っ伏してるわけ? 切継ちゃんのライヴ、お前もクラスメイトの一員として見に行くよな?」
あぁ、こいつも頭のイカれた連中の一人か。
俺はそんな内心を吐露するように小さな溜息をこぼし、幼馴染で腐れ縁でもある観鏡優一のニヤけ面へと向き直る。
「は、ライヴとか行かないからな」
断固として、拒絶の意思を表明させてもらおう。
ちなみに優一は、けっこうなアイドル博士でもある。
「おーおー、鈴木は可愛くねえなぁ。昔はあんなに俺と一緒になってアイドルアイドルって騒いでたのによぉ! どうして急に熱が冷めちゃったんかねぇ」
知ってるくせに、と毒づく事はしない。こいつはこいつなりに、俺の気持ちを汲んでくれてはいるのだ。
白々しく嘆く優一に表現しがたい複雑な気分になり、何か言葉を吐き出す代わりに、さっさとあっちに行けよと手をヒラヒラさせておく。
いつからだろうか。
アイドルが日本にとって必要不可欠な存在となっていたのは。
物心つく頃には魔法少女アイドルという職業は、女の子のなりたい職業ランクで堂々の一位に輝き、俺達一般市民の憧れの的だった。
『魔法少女アイドル』とは、美少女だけに許された絶対無敵の職業。彼女たちは一つの市や町などに一人か二人は必ず存在していて、日本全土でおよそ3000人ぐらいが『魔法少女アイドル』として活動している。年齢は10歳から25歳前後までが一般的で、彼女たちは市民からの人気投票で、ランキングの覇を競い合う醜い女集団なのだ。主な活動内容は歌手や番組出演に始まり、売れっ子になるとドラマや映画出演などがある。他にも歌のライブにイベントツアー、握手会やアイドルご本人との合同オフ会ツアーなどなど……もちろんこれに参加するには、いくつものグッズやチェキなどを購入して、商品に付属している参加券を取得しなければならない。いわば、あらゆる手段で商業的な利益を発生させ、盲目なる羊から金を搾取しているのだ。
そんな彼女たち専用のテレビ放送が国営でされているのだから、この世界は狂っている。もちろんネット配信も多種多様だ。
前々から全国序列トップに立つアイドル達が出演する番組は、国勢視聴率ナンバー1だった。けれど最近では、序列に関係なく各地方で活躍するアイドル専用の番組や配信企画なんかもできて、ファン自らが見たい地域を指定し、チャンネル登録をして視聴できるようになった。もちろん登録料は無料ではない。
チャンネル内では様々な企画やイベントが催され、それらに対応する美少女たちの一喜一憂を放送し、視聴者たちの人気を勝ち取るといったのがコンセプトになっているのだろう。その中でも不動の人気を誇る企画は、アンチとアイドルが戦うという色物じみた内容だ。
俺から言わせれば、あんなのは出来の悪い特撮番組に他ならない。
あんな可愛らしく、ぬるいアンチなんているか。どうせ、自作自演の政府や事務所が用意したアンチにしてCGだろうが。本当のアンチは俺のように、徹底してアイドルを攻めたてるはずだ。仕込み乙。
アイドルに対する不満を上げたらきりがない……彼女達のゲスさ加減に苛立ちが募るあまり、胸の内がもやもやし始めた矢先。
一瞬にして心のしこりを吹き飛ばす、清涼で美しい音色が響いた。
「おにぃー……おべんと、忘れたでしょ……」
聞き間違えるはずがない。
安寧と至福をもたらすこの素晴らしい声は、我が妹、夢来のものだ。俺はゆっくりと振り返り、夢来の愛くるしい美貌を堪能する。
亜麻色の髪は女神の如く艶やかな輝きを放ち、万人も魅了する罪深き美。真っすぐに滑り落ちる清流のようなその髪は、肩口で切り揃えられていて究極の整合性を伴った髪型だ。
クリっとしたつぶらな瞳は漆黒の小宇宙を内包し、一度目が合えば吸い込まれてしまうだろう。
高めの鼻、小ぶりな唇、やや丸めの輪郭、その全ての可愛さが奇跡と思えるレベルで眩しすぎる。
そしてトドメは穢れを知らない純真無垢なる心と同等の純白さを誇る肌。この世の誰よりも真っ白な心の持ち主の証であるかのようにきめ細かい。
そんな我が妹は今をときめく花の中学二年だ。妹と学校でも会える、その瞬間が来る度に、自分の通っている学校が中高一貫で良かったと感謝してもしきれない。
「おう、愛しの妹よ。大好きな兄のために、わざわざ弁当を作ってくれたのか」
夢来はチラチラと周りを見つつ、上級生の教室という事で居づらそうにコソコソとしている。若干、不満げに眉もしかめていた。
「そんなわけないでしょ。お母さんがせっかく作ったのに、忘れてくとか……おにぃはアホ。二人分のお弁当を持つはめになったんだからね」
俺の天使が不機嫌そうに弁当をグイっと押しつけてくる。うん、怒った顔も天使のようだ。
「うんうん、家でも学校でも夢来は可愛いな」
「はぁ……中等部と高等部の教室って、けっこう距離あるんだから忘れないでよ。めんどくさいし……」
これみよがしに呆れたと深い溜息を吐く妹だが、そんな悩める夢来の表情も可愛らしいから困ったものだ。
「うんうん、夢来は兄のためなら、何でも頑張れるよな。偉いぞ」
「おにぃ……そういう所はキモいからやめてよ……」
そう、俺には妹さえいればいいのだ。アイドルのような穢れた存在など、不必要。なぜなら、こんなにも輝いている妹がいるのだから。
神に祈るように合掌し、そそくさと去って行く夢来の背中をありがたく眺めながら妹の素晴らしさを堪能する。
「お、今の夢来ちゃんか? 相変わらず仲いいんだなー。俺の妹なんか弁当忘れたら絶対に持ってきてくれないぜ」
まだ、そこにいたのか優一よ。
そしてそんなのは当たり前だろう。
「優一の妹と俺の夢来を一緒にしないで欲しい。というか、優一もウチの妹の素晴らしさがわかってるなら、アイドル崇拝者である愚民と同じ思想は捨てるべきだぞ」
「いやぁーシスコンの方が思想的に終わってると思うぞ。なにせ妹とは結婚できないし、アイドルなら1%ぐらいはありえるかもしれないじゃん?」
確かに優一の意見も一理ある。アイドル達は序列争いが苛烈を極めているのか、引退する者も多い。そして引退理由のほとんどが『結婚が決まりました』や『彼氏ができたので、みんなのアイドルはもうできないです』なんていう、これまた色恋沙汰というものばかりなのだ。さんざん人々に金を落とさせ、自分はリア充になったらハイサヨウナラだと?
結婚って事はアレですかね、ファンに隠れてこっそりチョメチョメしてたわけで。彼氏ができて一途を気取ってる割に、その彼氏さんとお近付きになったのはいつだ? アイドル活動中に、自分の知名度を利用して肉食活動もしてたんだろうが! とツッコミたくなるのだが、世間では『次こそは俺も推しアイドルの彼氏や旦那になれるかも!』と、淡い期待を抱く奴らが大半なのだ。
「あんなビッチ共と結婚とか、想像しただけで反吐が出る」
「辛辣だなー鈴木は。逆にこんだけアイドルが恋愛引退するわけだから、もしかしたら俺も応援し続けてたら、結婚とかありえちゃうかもって思っちゃうんだよねー」
そこがもう既に薄汚いアイドルの戦略に塡まっていると、なぜ気付けない!
「ねぇ! みんな! 切継さんのライヴ、ここでやるらしいよ!」
「え!? ガチで!? この学校で!?」
「露上ライヴじゃん! どんなアンチが来るんだ!?」
せっかく人が甘美なる妹の優しさの余韻に浸っていたというのに……優一に続き、気分をぶち壊してくれるような戯言で盛り上がりを見せる連中に苛立ちがつのる。
俺と同じクラスメイトであり、魔法少女アイドルでもある切継愛。
そんなビッチが学校でアンチライブ?
味方だらけのフィールドでアンチと戦うとか、完全に出来レースじゃないか。
「ちッ」
これみよがしに教室内でざわめく奴らに舌打ちを響かせるが……アイドルを崇める愚民の耳には、誰一人として届いていなかったのだ。
「はぁーやれやれだな。鈴木、気が変わったら声かけてくれよ」
先程までまとわりついていた優一は俺の本気の不機嫌さに離れて行く。そんな優一と入れ替わるようにして、眼鏡をかけた縦にも横にもデカイ生徒が隣の席にドカリと座った。
「おっ? 鈴木、やけに機嫌がわるいなぁ」
「放っておけ」
絡んできたのは羽田家大志というクラスメイトだった。こいつはクラス内でも特に切継愛を熱心に応援している輩で、また面倒な奴が来たなと内心で愚痴ってしまう。
「ふへへっ。明日は愛ちゃんのライブ……ふひひ、楽しみだなぁ? そう思わないのかぁ?」
不気味な笑みを浮かべる大志を見て思う。
こいつは決して悪い奴じゃない。
悪の元凶は庶民の時間と労力を消費させ、一心にその愛を享受しては金に変える、人格すらも狂わす魔法少女アイドルなのだ。
あぁ、この世界は狂っている。