「何を今更?」
「今更なんかじゃありませんよ。…今だから。今じゃないとダメなんです。」
呆れたような表情で返す西山さんに、噛み付くようにそう天海さんが言葉を発する。何故僕の為にそこまでしてくれるのか分からなかった。責任、と言ったか。それを取る為だとしても、自らの主人にナイフを向けるまでとは思えない。
「…お願いします。私の言うことを呑んで頂けるのなら、全ての責任は私が負います。」
覚悟を決めたような天海さんの横顔。そんなのダメだって言いたいのに、言葉が出なかった。もし出来るのなら、僕はまた元貴達と一緒に居たい。
「全ての責任を、か?」
「……はい。」
ナイフの柄を握る天海さんの手が酷く震えていた。怖いんだ、全てが。
「私が犯した失態は、自分で償います。」
そう言い、自らにナイフを向けた天海さんに目を見張る。儚く消えてしまいそうな表情に僕の瞳が捕らえられた。ナイフを握る天海さんの指先に、ぐっ、と力が込められた時、部屋の扉が勢いよく開いた。
「天海!!!!」
「…氷室。」
そこにあったのは氷室さんの姿で、初めて見る泣きそうな表情を浮かべていた。
「…っ!馬鹿!!!」
迷わず天海さんの元へ向かった氷室さんが、手に握られていたナイフを奪い捨てる。そして、震えていた身体を強く抱き締めた。
「私の責任でもあるって言ったのに…なんで1人で勝手に突き進むのよ。」
「…でも、全部私のせいで……」
それでも尚自分を責め続ける天海さんの口元に、氷室さんの手のひらが触れた。
「天海、もういいの。……西山様、私にも責任を取らせてください。天海だけに責任を負わせることなんて出来ません。」
西山さんに向き直した氷室さんが深々と頭を下げたその時、その場に似合わない明るい声が響いた。
「ゆりのも〜!!!ゆりのも、せきにん?みたいなのとる〜!!!」
「、!?百合乃様、!?」
いつの間にか部屋に入っていたのか、元貴の隣で楽しそうに言葉を連呼している。思わず元貴の顔を見ると、にやりと不敵な笑みを浮かべていた。
「そうだよね〜、百合乃ちゃんも責任取るよね。」
「うんうん!!」
完全に子供を味方に付けている。何故か元貴に凄く懐いてるようで、何か言葉を発する度に楽しそうに何度も頷いている。
「ほら、こう言ってますよ。」
事を黙って見守っていた若井が、すかさず西山さんにそう会話を投げかけた。3年共に暮らしてきた今なら分かる。西山さんは自分の娘に相当弱い。
「……はぁ、分かった。ほら、百合乃おいで。」
嬉しそうに駆け寄っていた百合乃ちゃんを抱っこし、諦めたような視線で部屋を一瞥した西山さんが口を開いた。
「……天海と氷室に感謝してくれ。」
そう言葉を発した後、百合乃ちゃんを抱えたまま足早に部屋を出ていってしまった。5人残された部屋の中に沈黙が訪れそうになっていた時、隣にいた元貴から身体を小突かれた。
「……なに。」
そう聞いてみるが、何も言葉を発しない。代わりに必死に目線で何かを伝えようとされる。元貴のことだから、きっと何か喋れという意味だろう。
「…………その、”責任を取る”って…?」
頑張って言葉を絞り出してみるが、天海さんも氷室さんもこちらを見たまま何も言わない。ますます意味が分からなくなっていた時、突然言葉を発した。
「…藤澤様、お外に出る準備を致しましょう。大森様と若井様…でしたか?下でお待ち頂けると幸いです。」
「え…でも涼ちゃん…」
僕の問いかけをはぐらかすように話を逸らされ、氷室さんの言葉を聞いた若井と元貴から不安そうな視線を寄越された。正直こんなあっさり外に出して貰えるなんて思っていなかった。だからこそ僕も少しだけ不安だ。だがここで止まっていても始まるものも始まらない。
「……大丈夫だよ。ほら、氷室さんに案内して貰って、!」
2人が氷室さんと共に部屋を出る直前、通り過ぎ様に若井に何かを手渡された。手に握らされたそれをちらりと伺えば、よく分からない小さな機械だった。振り向かず去っていってしまった若井の背中に困惑しつつも、無くさないようにズボンのポケットに閉まった。
「藤澤様。」
「…………なんで僕のこと外に出してくれるの?」
天海さんに背を向けたままの僕に、声を掛けられた。振り向かずに疑問を投げかける。
「…なんででしょうね。」
「っ、答えになってないか…ら…… 」
曖昧な回答をする天海さんに少しだけムッ、とし、振り返って感情に任せた言葉を放とうとした時、僕の瞳に映った天海さんの姿に言葉が止まる。
「……好きなんです。藤澤様のことを。」
頬に沿って流れ落ちていく天海さんの涙。透明なはずなのに、澄んだ瞳のせいで青く見えてしまいそうだった。君が泣く理由も、僕のことを好きになった理由も分からない。全部、分からないんだ。
「なんで……、」
「…初めてお会いした時も、百合乃様に会った時も。貴方は凄く優しかった。」
初めて会った日。凄く鮮明に覚えている。百合乃ちゃんと会った時だって、全部全部記憶にある。僕の中の思い出だから。
「私は貴方に惹かれました。」
真っ直ぐと向けられた天海さんの表情。僕は、僕はなんて返せばいいんだろう。どの言葉を選んでも、結局は君を傷付ける気がして。
「……ごめん、…っ、分かんない…。」
頭の中で色んな言葉が渦巻いて、何も分からなくなる。今までにあった出来事がやっと今、現実であったように思えてきた。
「………藤澤様。」
優しい天海さんの声に、俯いていた顔を上げる。目の前に差し出されたハンカチ。見覚えのあるそれに目を見開く。
「僕が……貸したやつ?」
「ええ、返しそびれていましたので。」
4つ折りにされたハンカチをゆっくりと受け取る。懐かしい思い出に浸るよう、両手でぎゅっ、と握りしめると、微かにジャスミンの香りがした。
「…さあ、そろそろ行きましょう。お二人方もお待ちでしょうから。」
「……うん。」
コメント
8件
天海さん…🥲 涼ちゃんのこと好きだよねやっぱり… 涼ちゃん外に出れるの嬉しいなあ…天海さんは私が貰っていこうかな(( 今回も最高でした~!!
天海さんと氷室さんまじで神だけど…やっぱり涼ちゃんのこと好きだったのか😔切ないな😢💓涼ちゃん外に出れたからOKなのか…?続き楽しみ😖💖
おおっ!ついに外に出られるのか。でも天海さんのことを考えたら、複雑⋯⋯