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「ちょっとごめんね」
「えっ?……ひゃあっ……!」
実家から六本木のマンションに帰ってきた。
玄関のドアを閉めた途端、私は思わず変な声をあげてしまう。
なぜかというと、いきなり千尋さんに背中と太ももの裏に手を回されてひょぃっと抱き上げられたからだ。
体が空中に浮いて思わず千尋さんの首に手を回す。
そのまま寝室にまっすぐ直行し、ベッドの上にドサっと下ろされた。
いつも余裕があってスマートな千尋さんが、こんな焦れたような態度を見せるのは珍しい。
「千尋さん?」
「ごめんね、余裕ないや」
千尋さんはベッドの上に足をかけ、ベッドの上にいる私との距離を詰めると、上から私を見下ろした。
その瞳にはいつもと違う熱がこもっていて、心臓がドキドキする。
「……こわい?」
「ううん、怖くないです。大丈夫」
自分の経験のなさから不安になって怖いと思っていたけど、さっき千尋さんは言ってくれた。
経験が足りないなんて思わないし、満足できないなんて感じたことないって。
私しか欲しくないと言ってくれる千尋さんの言葉を信じたい。
昨夜感じていた恐れはもう私からは消え去っていた。
「セックスがしたいんじゃなくて、詩織ちゃんとだからしたい。……いい?」
「はい、私も千尋さんとだからしたい、です」
そう言った瞬間、息つく間もなく口を塞がれた。
いつもより激しいキスに否応なく鼓動が早まる。
昨夜のように服の裾から手が中に入ってきて、素肌をゆっくりと撫でられた。
その手をもう止めようとは思わない。
ブラを捲り上げてこぼれ落ちた胸を優しく揉まれ、先端に指が触れた時には体が震えた。
甘い疼きが駆け巡り、落ち着かなくて体がモソモソと動いてしまう。
「詩織ちゃん、服脱がせるからバンザイして?」
言われた通り、腕を上にあげてバンザイをしたら、するりとトップスを脱がされた。
剥き出しになった肌を見られるのが恥ずかしくて、とっさに自分の手で体を隠す。
パリの時は、服を脱がされても、下着を取られても、こんなに恥ずかしくなかった。
無事に処女を消失させるという目的がハッキリしていて、そのためであれば気にならなかったからだ。
だけど今は違う。
好きな人に見られると思うとすごく気恥ずかしい。
「きれいだから隠さなくてもいいのに。見せてくれないの?」
「恥ずかしくて……」
熱っぽい視線に見据えられ、またゾクリとした。
千尋さんは私の首や鎖骨にたくさんキスを降らせる。
その唇が這うようにだんだん下におりてきて、胸元にきた時には、隠していた手を絡め取られた。
露出した胸を千尋さんは手で揉みながら、舌を這わせる。
濡れた舌が敏感になった胸の先を捉え、我慢できずに甘いため息が漏れた。
「んっ……んぅ……千尋さん……」
「可愛い。もっと声聞かせて?」
胸を弄んでいた手は、次第にわき腹か腰を滑り落ち、太ももを優しく撫でていく。
その手が閉じた脚を押し広げ、パンツ越しに敏感な部分に触れたかと思うと、あっさりとパンツの中に指が差し込まれた。
すっかり潤った秘部からは水音が聞こえてきて、指でなぞられるたびに、どんどん音が大きくなる。
「んんっ……ん……あっ…」
自分のものとは思えない声が口から溢れ、恥ずかしさはますます募り、私は思わず顔を横に向けて目を閉じた。
「大丈夫。恥ずかしくないから。俺にもっと詩織ちゃんの乱れてる姿見せて」
千尋さんは宥めるように私の頭を撫でて、チュッと唇にキスをしてくれる。
千尋さんのこういう優しい気遣いができるところがホントに好きだと思う。
パリでの時も、その日出会ったばかりだったのに、千尋さんは私が処女だと知るとすごく気遣ってくれた。
あんな無茶な初体験を、怖い思いもせずに終わらせられたのは千尋さんのおかげだろう。
「すごい濡れてる。気持ちいい?」
千尋さんが指を動かすたび、言葉にできない感覚が体を駆け巡り、変な気分だった。
次第に得体の知れない強烈な快感が襲ってくる。
「んっ、や、だめ……。千尋さん、やめてっ」
「大丈夫。そのまま感じて」
「ん、でも、なんか、変になりそうで……っ」
「なっていいよ」
「んんっ、あっ、ダメ……っ!」
その瞬間、体にぐっと力が入り、頭の中が真っ白になった。
初めての感覚に驚き、呆然としていると、千尋さんがギュッと私を抱きしめてくれる。
「すっごい可愛かった。あー、ホントにどうしよう。もっと詩織ちゃんを気持ちよくさせてあげたかったのに、俺がもう我慢できない」
千尋さんは私から体を離して服を脱ぎ、ベッドサイドテーブルの引き出しから取り出したものを装着する。
伸びてきた手に両脚を掴まれ、優しくゆっくり押し広げられた。
「挿れるよ。もし痛かったら言って」
「はい」
次の瞬間、ぐっと強く押し入る感覚を感じ、圧迫感が迫ってきた。
パリの時のあの刺すような痛みを思い出して身構えていたが、あの痛みは感じない。
肌のふれあう感じや、繋がった一体感で心が満たされる。
千尋さんをもっともっと近くに感じたくて、私は目の前にある彼の体に腕を回して抱きついた。
「……痛くない?」
「大丈夫です。千尋さんを近くに感じて嬉しいです」
「っ……あー、もうなんでそういう可愛いこと不意打ちで言うかなぁ。優しくしてあげられなくなるよ?」
千尋さんはどこか苦しげな表情をしていて、それがものすごく色っぽい。
腰を打ちつける動きは、最初はゆっくりと、そして次第にスピードを増してくる。
千尋さんの呼吸が乱れていて、余裕がない感じがなんだか愛しくて胸が高鳴った。
「はぁ……詩織ちゃん、ごめん、もうイキそう……」
「んっ……はい……」
「好きだよ。たぶん詩織ちゃんが思ってる以上に」
「私も好きです、大好きです……!」
「っ……あーホントずるい」
奥まで激しく突かれながら、深く深くキスを交わした。
今までにないくらい幸せな気持ちが胸いっぱいに広がって、目から涙がこぼれ落ちた。
◇◇◇
甘く淫らな情事の気配が残る部屋の中、千尋さんに抱きしめられて私はベッドに横たわる。
ぼんやりとした頭で思い出すのはパリでのこと。
あの時も、私は千尋さんに抱かれて、最後に涙を流した。
あとに残ったのは虚無感だけだったのをよく覚えている。
同じ行為なのに、気持ちが違うだけでこんなに違うんだと思い知る。
今はただ幸せで、心が喜びに満ちている。
千尋さんの愛を全身で感じて、とても満たされた気持ちだ。
セックスは愛を伝え、心を交わし合う行為なんだなと身をもって体感した。
……今日は本当の意味での初体験だなぁ。
「パリの時も最後泣いてたよね」
一人で以前のことを思い出していたら、千尋さんも同じだったのか、ポツリとつぶやいた。
その声に私は顔を上げ、千尋さんの方を見る。
「あの時、詩織ちゃんが初めてだってことにも驚いたし、あまりにも悲しそうに涙するからその泣き顔が忘れられなくてさ。パリのあの夜から俺はもう詩織ちゃんしか見えなくなってたから、ホント再会できて良かった……」
声には切実な想いが滲んでいる。
目を細め、頭を撫でてくれる手もすごく優しい。
千尋さんが本当にそう思ってくれているのが伝わって胸がジンとした。
「……今日も泣いちゃいました。でもパリの時とは全然違う涙です。千尋さんを近くに感じてすごく嬉しくて。大好きだなぁと思ったら泣けてきました」
「っ……あー、もうホント可愛い。さっきからどうしたの?いつもより気持ちを話してくれるよね?」
「素直に思ってることを相手に伝える大切さを学んだので、もっと言葉にしていこうかなと思ったんです。千尋さんとずっと一緒にいたいから」
そう言った途端、千尋さんの腕に力がこもり、さっきより強くギュッと抱きしめられた。
肌が触れて気持ちいい。
自然と私も千尋さんの背中に手を回してギュッと抱きしめ返した。
「……嬉しい!嬉しいけど破壊力が増して、俺の理性が心配。すぐ押し倒したくなりそう」
千尋さんはちょっと悪戯っぽい声色で話しながら、私のお腹あたりを指でくすぐった。
こそばゆくて、笑いながら身をよじる。
「ふふっ、くすぐったいです……!」
「俺も今後は包み隠さず詩織ちゃんにはなんでも話すね」
「はい、嬉しいです」
「じゃあ、さっそく本音を言うけど……もう1回していい?詩織ちゃんをもっと感じたい」
遊ぶようにくすぐっていた指が、体のラインを這うな艶かしい動きに変わる。
それだけでさっきの甘い記憶が呼び覚まされ、体が熱くなる。
「……はい。私も千尋さんを感じたいです」
「はぁ、そんな表情でそんなセリフ、ホントずるい。……俺の前でしか言っちゃダメだからね?分かった?」
すぐに唇で口を塞がれ、「はい」という私の返事は飲み込まれてしまう。
私は目を閉じ、千尋さんによってもたらされる甘い刺激に身を委ねた。
その週末は、ほとんどの時間をベッドの上で過ごした。
ベッドの上で一緒に映画を見たり、本を読んだり、体を重ねたり。
ずっとお互いの体のどこかが触れ合っていて、くっついた状態だった。
ずっと仕事が忙しかった千尋さんだから、せっかくゆっくりできる週末くらい一人になりたいんじゃないかなと思ったら、「こうしてる方が癒されるから」と笑う。
千尋さんはベッドの上にいる間、私の目の前でお母さんに電話もした。
断りなく勝手に来たうえに、私に妄言を吹き込んだことに対して怒っていて、強い口調で抗議していた。
「彼女のことを本気で好きで大切にしたいから、いくら母さんでも波風立てるなら縁を切る」とまで言っていて驚いた。
あとで聞いたら、あれくらい言わないと効果ないし、実際にそうするつもりだと千尋さんは言う。
以前に何かの用事で渡してそのまま忘れていた合鍵も回収するらしい。
千尋さんとお母さんの微妙な親子関係は私には100%分からないし、口出しするつもりはない。
ただ、ポツリポツリと千尋さんが自分自身のことを話してくれたのが嬉しかった。
彼の心に寄り添いたい。
より一層そう強く感じた週末だった。