セリオは静かにリゼリアを見つめた。
——魔王になれ?
言葉の意味を理解するまで、しばらく時間がかかった。
「……ふざけるな」
ようやく絞り出した声は、いつもより低く、冷えた響きを帯びていた。
「俺は人間だ。お前たち魔族の王になるつもりはない」
リゼリアは微動だにせず、その紅い瞳を細めた。
「……そう言うと思っていたわ」
何を考えているのかわからない薄い笑み。かつて戦場で見たときも、彼女はこうやって静かに笑っていた。その直後、無数の死霊が召喚され、戦場は阿鼻叫喚の地獄と化した。
「なら、なぜ俺を蘇らせた?」
「お前が相応しいからよ」
「俺が……?」
「私は知っているわ。お前は生前、民を守るために戦い、勇者としての責務を全うした。だけどその戦いの果てに何が残ったのかしら」
セリオの眉がわずかに寄る。
「お前は命を賭けて世界を救った。でも、お前の死後、世界は変わったかしら……」
静かな声だった。だが、その言葉には妙な説得力があった。
「戦争は終わらない。人間は魔族を恐れ、魔族は人間を憎み続ける。結局、お前がいなくなった後も、争いは形を変えて続いているわ」
セリオは口を開こうとしたが、言葉が出なかった。
確かに、自分は戦った。だが、その結果、世界がどうなったのか——死んだ後のことなど知る由もない。
リゼリアはゆっくりと近づくと、セリオの前で立ち止まった。
「だから、お前が必要なの」
彼女は手を伸ばし、セリオの胸にそっと触れた。
「私は魂と記憶を研究しているわ。その成果を活用して、お前を何度も蘇らせた。でも、そのたびにお前は記憶を失い、まるで最初からやり直すように彷徨い続ける」
「……何度も?」
セリオは反射的に問い返した。
「ええ。今回で……五度目……」
五度。
五度も、自分はこの世に引き戻されているというのか。
——だが、記憶にない。
リゼリアの言葉が真実なら、なぜ自分はその記憶を持たない?
「それが、不完全な魂の定着によるものよ」
リゼリアは淡々と続ける。
「本来、死者を完全に蘇らせるには膨大な準備とエネルギーが必要なの。でも、お前の場合は——私が急いで蘇らせたために、不安定な状態のままとなっているわ」
「……つまり、お前のせいで俺は記憶を失ったまま、蘇り続けているわけか」
「そうとも言えるわね……」
リゼリアは、ふっと小さく微笑んだ。
「お前の魂がこの世界に未練を持ち続けているからではないのかしら……」
未練——。
そんなもの、自分にあるのか?
セリオは、視線を落とした。
「……それで、俺はこれからどうなる?」
「このまま魔王になってもらうわ」
「断ったら?」
「お前はこのまま彷徨い続けることになりそうね」
即答だった。まるで、既に決められていた運命のように。
「私はお前を選んだ。そして、お前は私によって蘇った。だから、死者であるお前に選択肢はないのよ」
リゼリアは淡々と告げると、ゆっくりと背を向けた。
「これから、お前には魔界のことを学んでもらうわ」
「……勝手なことを」
セリオは小さく呟いた。
だが、彼の抗議の言葉は、リゼリアには届いていないかのようだった。