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誰も知らない、高嶺の花の裏側2
第54話 〚踏み越えた一線〛(澪視点)
家のドアを閉めた瞬間、
胸の奥が、ひやりとした。
——そこに、いた。
「おはよう、澪」
恒一。
まるで待っていたみたいに、家の前に立っていた。
「……どうして」
声が、少し震える。
「同じ方向だろ。学校」
断る隙もなく、歩き出される。
距離が近い。近すぎる。
(嫌……)
そう思った瞬間、
ぐい、と手を掴まれた。
「っ——」
無理矢理、指が絡む。
力が強くて、振りほどけない。
(やめて)
声にはならなかった。
代わりに、心の奥で叫ぶ。
——助けて。
——海翔。
視界が歪む。
心臓が、ぎゅっと締めつけられる。
「離して」
やっと出た言葉は、小さかった。
「嫌がってないだろ」
恒一の声は、低く、冷たい。
その時だった。
「——何してるんだよ」
聞き慣れた声。
顔を上げると、
少し先に、海翔が立っていた。
一瞬で状況を理解したみたいに、
海翔は迷わず近づいてきて——
バン、と
恒一の手を、澪から引き剥がした。
「触るな」
その声は、はっきりと怒りを含んでいた。
澪の手が解放された瞬間、
足の力が抜けそうになる。
(……海翔)
海翔は澪の前に立ち、守るように位置を取る。
「嫌がってるの、分からないのか」
恒一が一瞬、言葉に詰まる。
「俺たち、ただ一緒に——」
「違う」
海翔の声が強くなる。
「無理矢理だった」
「澪の顔、見ろよ」
その一言で、
恒一の視線が、初めて澪に向いた。
震える指。
青ざめた顔。
「……澪」
名前を呼ばれても、答えられなかった。
海翔は一歩前に出て、低く言った。
「次やったら、許さない」
「もう二度と、澪に近づくな」
空気が、張りつめる。
恒一は何か言いかけて、
結局、何も言えずに目を逸らした。
去っていく背中を、
澪は見送れなかった。
「……大丈夫?」
海翔が振り返る。
その瞬間、
張りつめていたものが、一気にほどけた。
「……うん」
小さく頷くと、
海翔はそっと距離を縮めてくれた。
触れない。
でも、確かに“守られている”距離。
(助けてって、届いた)
心臓の鼓動が、少しずつ落ち着いていく。
一方で——
遠ざかる恒一の背中からは、
はっきりとした怒りと、焦りが滲んでいた。
——もう、戻れないところまで来ている。