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徒桜
少し町を離れ、川で足を洗ひたる時なりき。人影が見え僕は川より上がりて人影へ近付きき
「誰なり」と問ひ掛くれど返答はなかりき。可笑しいなと辺りを見渡したりき。ふと目線を下に下ろすと美しき青年が座りたりき
突然の事で驚きて尻餅を付きにき。青年はそれに気付きあたふたとしたりき
「居るならば言えよ」
と声を掛くれど、青年はうんともすんとも声を出さざりき。どうやら声が出ないのごと~で書き物を探して居るやうなりき
「落とししや?」
と問ひ掛くと深く頷ゐたりき。
(耳は聞こゆる、目は見ゆるを何故声が出でず?)
奇しけれど、先ずは落としきと言ふ書き物を一緒に探しき。赤黒き本が落ちたるを見付け、青年に「これか?」と見すと深く頷ゐたりき。青年といふが、歳は近きやうに感じき
「声が出でざるは何でなり」
と聞くと、そやつはその本をペラペラと捲り僕にそっと見せ付けき。慣れてゐるかのごとく見する姿が目に焼き付きし
其処には「ストレスが原因で声が出でずなりき」と書かれてゐき。かかる奴も居るんだなといみじく驚きき
「名前は?」と聞くとペラペラと捲り、又もや僕に見せ付けき。其処には「琳琅」と書かれてゐき。ドクンと心臓がなるを感じき
「琳琅……?」
青年はコクりと頷ゐたりき。偶々ならむと俺は開き直り、琳琅に色々と問ひ掛けき。どうやら行き先がなく此処数日彷徨っているのごとかりき。親切心で僕は琳琅をうちに連れて帰る事にしき。人手が足りてゐずと言っていたからきっと良いよと言ってくれむと謎に自信がありき。
琳琅は申し訳なしと言ひたるがさる事はさておき、僕は琳琅の手を引きき。琳琅はよろけながらも僕につきて歩みき
いみじく懐かしき感覚に襲われた。未だ師兄を想ひたる自分が居たんだなといみじく実感しき
連れて帰ると母上に早々見付かった。「その子は」と聞かれし為「琳琅」と応えた。琳琅は未だ不安そうにしたりき。母上には許可を貰ひ、琳琅の部屋を与へて貰ひき。琳琅は部屋に着くなり、ペラペラと捲り何かを書きたりき。
〔部屋を借るるは悪いよ〕
「もう此処は琳琅の部屋なりよ」
「外に居るのは危なし」
でもといふ顔をしたれど僕は気にせず綴った
「人手が足りてゐざるなり。手伝ってくるな?」
拒否権はなしと言はざるばかりに僕は琳琅に問ひ掛けき。琳琅は渋々頷ゐたりき。琳琅の服はぼろぼろなりし為、先ずは服を上げき。白き服が似合ふと思ひて白き服を。さて身だしなみを整えた。さすといと美人なる青年が現れた。 信じたくなけれどいと師兄に覚えたりき。師兄もかかる風に美しかりき
「琳琅、君は美しき宝石のごとし」
〔ありがたく〕
照れ臭そうにしたりき。心が揺らいなり。これはいかなる気持ちなるや、もしかしせばこれが若き少女達が言ふ恋といふ物なるや、僕はいみじく悩まされたりき
「琳琅、君にあげまほき物があるなり」
琳琅は何?と不思議そうにしたりき。もし今でも師兄が生きていたらあげまほしと思ひたりき。
「これなるなれど」と僕は琳琅に光沢の簪をあげき。琳琅は喜びたりき
さる時なりき。父上に呼ばれき。琳琅に行ひてくと伝へ、僕は父上の元へと駆け寄った
「父上、汪渕にはべり」
「入りたまへ」と言はれ僕は中へと入りき。父上は浮かぬ顔をしたりき。母上は受け入れてくると思ひたれど、父上は受け入れてくると思はざりき。其は小さき頃にいみじく感じき。父上はそもそも師兄の元へと送り出す事を最後まで否びたりき。良き噂は聞かざればなりと人々は言ひたれど僕は気にせず通りき。
言ふ事を聞かなくなりてより父上にはいみじく嫌はれたり。帰りてきてより師兄の悪口を度々聞く。僕はその度に家を追ひ出す事が増えてゐき
何を言ひ出すかと思いきや「面影等感ずるは辞めろ」と独り言のごとく呟き出しし。父上も琳琅を見て師兄に覚えたりと思ったのごとし。辞めろといふ言葉が嫌ひで仕方がなかりき。父上に何が分かると僕の心はボキッと折れた。
「軽々しく言わないでくれよ。僕の生くる世界では師兄が居るのが当たり前なりしなり。」
「師兄が居なき此の世界で、僕が一人で生きると言ひ切るるや」
「言ひ切れざるならば言ひ切りたまへ。」
何も分かりたらぬ、父上には僕の何が分かると言ふや。跡継ぎに必要なし?強くなるを必要なし?
「…師兄こそが僕にとりての生くる意義なるなりよ」
父上は何も言はざれど、ただひとつ「育て方を過ちきな」と溢し部屋より出でていきき
「……琳琅、居たのか」 振り向くとドアからひょっこりと琳琅が顔を出したりき。いと申し訳なさそうにしたりき。書き物を取り出し1ページ破り僕に差し出しき。其処には〔迷惑をかくるは御免なれば、明日には此処を出でていくよ。今日はありがたく〕
と書かれてゐき。僕は其を見るなり立ち尽くし琳琅を強く抱き締めて、情けないようにこう綴った。
「行かなひでくれよ」
20を超ゆれども中身は子供なり。涙が自然と出でてきたり。琳琅は僕を見るなりそっと抱き締めた。何度行かなひでと言ひしか分からぬ。永遠に琳琅に言ひたりき。琳琅は文字に棒線を引き 〔わかりし〕と書き換へき。琳琅を止めしが正解なるや分からず。 琳琅が居なくなるは嫌なりと心の其処より思へき
他の人が居なくなるは別に良き、でも琳琅は居なくならないで欲し。僕の心の支えなり。
〔私は迷惑?〕
「迷惑なんて言はざりて」
誰が何を言はむとも琳琅、君は美しよ。此は僕にしか分からず。僕しか分からざりて良し。さる事を一晩中思ひたりき
琳琅が席を外すのみでも不安がいっぱいなり。もしかしせば居なくなるかも知れぬといふ考えが焼き付きて離れず。何処にも行かなひでと僕は願ひたれど、琳琅はそう願はざるやも知れず。なればと言ひて願ひを辞める訳にはいかず。
(色々考えすぎて辛き、琳琅、僕は君が思ひたる以上に僕は君の事を愛しているのかもしれぬ)
琳琅が帰りてくるまで後数分は掛かるならむ。かかるにも待ちきれざるは、此が初めてなり。師兄、琳琅に出会ひてより僕の人生は狂ひ出しているのかもしれず
恋しく思ひたりと琳琅が僕の部屋を尋ねき。起きてきし琳琅を見て僕は驚きき
「いかにしき」
〔寂しそう〕
琳琅には見破られてゐき。男らしくないなと頭を搔き琳琅へと近付きき。近付くと琳琅は不思議そうにしたりき
「夜桜を見に行かざるや。」
僕がそういふと琳琅は〔行かまほき〕と紙に書き微笑んでゐき。琳琅は夜桜を見るは初めてならむや。いかなる物をその目で見てきしならむ。求めなきが琳琅がもし話せたらいかなる声をしたるならむ。きっと何れも素敵ならむ。さる事を考へたりき
〔何処に桜があるの?〕
「僕の家には桜の木がここらあり。」
〔其は何故?〕
「桜を見せまほかりし人がゐしなり。」
琳琅は一瞬書く手を止むれどスラスラと書き続けた。何も思ってゐるならむか物いみじく気になりにし
〔其の人には 見せれき?〕
「……見する前に居なくなりにき」
「あの人は…見れけむや」
僕がさる事を呟くと〔きっと見れたよ〕と書きし紙切れを見せ深く頷ゐたりき。さる気遣いが嬉しかりき。僕はそっと琳琅の頭を撫でき。ふと何かを思ひ出すやうに琳琅は紙に文字を書きたりき。何ならむと覗くやうに琳琅を見詰めた。琳琅は書き終はると恥ずかしさうに其を見せてきたり
〔未だ君の名前を聞きたらぬ〕
うっかり自分の名前を伝へたらぬ事に気が付きき。今更だねと御互ゐ笑いありき。汪渕と名前を教へせば琳琅は嬉しさうに喜びたりき
着きせば丁度桜は綺麗に咲きたりき。観光にはピッタリなりき。僕は琳琅に夜桜につきて色々と語りき。桜は3月下旬より4月上旬頃が見せ所なるなりとか綺麗に見ゆる場所はとか、なんやら沢山語ってしまひたりき。師兄にせまほかりし事を全部琳琅で埋めたりき。琳琅はさる僕を見れども笑わず受け止めてくれき。師兄を思ひ浮かべながら語りせば自然と涙が出でてきたり。さる僕を見て琳琅はいかにせむと焦ってゐき