夜の部屋は静かで、心地よい風がカーテンを揺らしている。
でも、その空気を壊したのは私だった。
「……さっきの男………誰?」
食後、コップを片付けながら私がふと漏らした一言に、君は「え?」と目を丸くする。
「えっと……さっき道で会ったっていう、同期の人? ちょっと話しただけだけど?」
「ふうん…」
私はコップを置き、ソファに深く腰を下ろす。腕を組んで、視線はテレビのほうに向けるけれど、画面の内容なんてまったく頭に入らない。
「傑……まさか、拗ねてる?」
「拗ねてなんか、ないさ」
「目、合わせてくれないじゃん」
「別に、見なくても声は聞こえるから問題ないよ」
そんなつもりじゃなかったのに、言葉がどんどん尖ってしまう。君が他の男と楽しそうに笑っていたのが、頭の奥に焼きついて離れない。
君はゆっくりと私の隣に座る。わざと近づいてくる気配に、私は視線を逸らしたままだ。
「……私が、どれだけ君のこと好きなのかわかってる?」
「……え?」
「なのに、君は他の男と笑って……それを私が見て平気だと思ったの?」
君が何も言わなくなる。その沈黙に少しだけ罪悪感を覚えながらも、私は本音を吐き出す。
「私以外、見ないでほしい」
今度は、声がほんの少し震えた。
「……傑、顔見せて」
君の手がそっと私の頬に触れる。優しい熱が伝わってくる。私は仕方なく、君の方を向いた。情けないくらい、きっと顔が赤くなっている。
「拗ねてるときの傑、ほんとかわいい」
「……言わないでよ。ますます機嫌悪くなる」
「でも、ちゃんと伝えてくれて嬉しかった。ありがとう。私も、傑のことだけ見てるよ」
君の笑顔に、私の胸が一気に緩む。
ああ、ずるい。本当にずるい。
「……じゃあ、甘えさせて。今だけじゃなくて、今日はずっと君の側にいたい」
「うん、いいよ。今日は傑の好きにして」
私はそっと君の肩に頭を預けた。君の匂い、温度、全部が心地よくて、ようやく胸の中の嫉妬が、少しだけ静かになった気がした。
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