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八雲瑠月
「どぉーん!」 その声と共に背中に当たる、軽い衝撃。
「うわああああああっ!」
情けないぐらいに、ビビり声を上げてしまった。
「ふわわわわわ! ごめん、ごめん! こんなに驚くと思わなくてぇ」
振り返らなくても分かる。こんなくだらねーことする奴は、一人しかいねーからな!
「あぶねーだろっ! こんなトコロ一人でぇ!」
「……え? 心配、してくれるの?」
俺の方に回り込んできやがったこいつは、顔を覗き込んでくる。
咄嗟に出た言葉は、ふざけんな! でも、気分悪い! でも、無視でもない。考えるより先に口が勝手に動いてやがった。
「別に、そうじゃねーし。つーか、何だよ!」
「だってぇ、二人きりじゃないと話してくれないじゃない?」
俺の顔を見上げてきて、悩ましげな表情を浮かべてくるこいつ。
「……書けないのか?」
「順調、かな?」
華を舞わせたこいつは、顔の横にVサインまで見せてくる。
「だったら何だっつーんだよ!」
「次は、スマホ疲れを起こした女子高生の主人公が、親の過干渉に悩んでいる男子高生と交換日記をして成長する話が書きたいの。だからさ、秘密のメッセージで彼を呼び出す主人公の経験がしてみたくてぇ」
「……あ、なるほど。すぐに連絡取れることに息苦しさとか、プレッシャーとか、あるかもな。その男子高生はスマホ持ってない感じか? そこで感じる、互いのギャップ。連絡したい時に出来ない歯痒さを上手く描写するシチュエーションとしてはなかなか……。って、その為かぁー!」
「だってぇー、執筆に関わることなら協力してくれるって話でしょう? だから、ごめんねぇ」
俺に一切臆することないこいつは両手をパンっと合わせ、小首を傾げてイタズラっ子のような笑顔を見せてくる。
いつもならくだらねぇーと帰るが、正直その笑顔に絆されてしまっている自分がいる。
全く、毒を抜かれたサソリってやつだな。
「んで、実際に待ってみてどうだったんだよ?」
俺の問いに先程までの笑顔は消え俯いたかと思えば、途端に黙り込み手をもじもじと仕切りに動かしていた。
「……んー、不安だね。ちゃんと見てくれるかなーとか、意味考えてくれるかとか。でもね、だからこそ相手のことを考えるキッカケにもなったと思うの。……私のこと、どれぐらい理解してくれているのか……とか?」
空を見上げたこいつに釣られて顔を上げると日はすっかり暮れ、輝く満月に光輝く満面の星空。
澄んだ空気によりその輝きはより鮮明となり、俺達を明るく照らしてくれた。
思わず視線を下ろしてこいつの顔をチラッと見ると、眉を下げ、目は潤み、唇をギュッと噛み締め、何かを抱えているのは明確だった。
「なあ、何かあったんだろ?」
「……え?」
顔を下げて俺を見つめてくる瞳はより潤んでおり、一度開いたはずの唇はまた強く閉じられ、俯いてしまった。
中学の時に具合悪かったと聞いたけど、大丈夫か?
ずっと、そう聞きたかった。
しかしそれを口にしたら目に溜めていた涙が溢れそうで、声を上げて泣き出してしまいそうで。
こいつがそれを望んでいないと分かっているからこそ、俺は何も言える立場ではない。
俺がその涙を受け入れられたら、その言葉を受け止められたら。そう願うが、叶わない。
だって俺は、こいつにその相手として認められていないのだから。
「別にどーでも良いけどよ。……内藤には相談して良いんじゃねーの」
「え? 内藤くん?」
ポカンとした表情に、こいつの鈍チン具合にようやく気付いた。
「まあ、誰でも良いから話せよ」
プイッとこいつにから目を背け夜空を見上げると、そこには一筋の光を放つ星。
「……っ! 流れ星ぃ!」
気付けばこいつと、声がシンクロしていた。
「い、い、今、流れていたよねぇ!」
「そうなんじゃね? ま、どーでも良いけどよ」
咄嗟のこととは言え弾んだ声を聞かれたことに、俺は気怠く返答することでしか自分を保てなかった。
「願いごと、出来なかったね」
「まあな。まー、あんな一瞬じゃ無理だろ、フツウ」
「そう、だよねぇ……」
星々を眺める瞳は潤み、また唇をグッと噛み締める。よほど叶えたい願いがあるのだろう。そう思い、俺は声をかけていた。
「何を、願いたかったのか」を。
「え?」
また表情を変えたこいつが、俺に視線を送ってくる。
「うーん。一つじゃないからなぁー。私、欲張りだし! 藤城くんは?」
「俺? んなもん、ねーよ」
「でも一つは叶った。藤城くんがここに来てくれたんだもん! 嬉しいの、私の気持ち分かってくれたんだなぁって」
空に輝く星より煌めく微笑みを見せてきたこいつに、俺はまたプイッと目を逸らしてしまう。
「別にぃ! あんなの、よくある手法だろ? 縦読みなんて珍しくねーし」
「それも、そっかぁ。ベタだよね?」
「ま、相手に伝わらねーと意味ねーからよ!」
眉を下げるこいつに、俺は口が止まらない。
「ふふっ、ありがとー。やっぱり、優しいね」
「知らねーし! まともなもん書かねーと、承知しねぇーからな」
「うん!」
白い雲により金色に輝く月は翳り、周囲は一時的に薄暗くなっていく。そんな上空からこいつに視線を下すと、真っ直ぐな瞳で俺を見つめてきた。
「明日、文化祭来てよ?」
「はあ?」
「サボる気だったから、買い出し係に立候補したんでしょう?」
図星を突かれて、俺は口を噤んでしまう。
「一緒にクレープ食べようよ。生クリームや果物の甘い物だけでなく、チーズやベーコンを挟んだのだってメニューにあるのに!」
「いらねーよ」
まただ。俺はまた痛い所を突かれて声を荒らげ、スッと身を引いてしまう。
「そのことが話したくて、呼び出したの。だって私、藤城くんと……」
ピロロロロ、ピロロロロ。
こいつが肩にかけていた学生鞄より、スマホの着信音が響く。
俺にチラチラと視線を送る姿に、俺は黙ってこいつに背を向けて歩き出す。
この後、女子共と合流するとか、男子の中に内藤が居るとか。
んなこと、知らねーからよ。
「待って!」
制服の袖が引っかかる感覚に振り返ると、上目遣いで俺を見つめてくる美しすぎる瞳。
「分かったよ」と手を抜くと、こいつもハッとした表情を浮かべて、「あれ? スマホどこかなぁ?」と声に出し始める。
「もしもし。ごめん、大丈夫だよぉ。もう、帰るから」
内容的に相手は家族だと分かり、夜空に散りばめられた星がより綺麗に見えちまったなんて。
こんな想い絶対こいつに知られたくねぇと、ニヤける唇をグッと噛み締める。
「ごめんねー、お母さんだった。文化祭の買い出しに行くって言ってたんだけど、寄り道しちゃったからぁ」
へへっと笑う姿は悪いことをしてしまった子どものようで、家でも良い娘をやってるんだと見て取れる。
こいつの言葉にスマホの時刻に目をやると、七時を過ぎていた。
街灯で照らされているとは周囲は薄暗く、肌寒い海辺を歩き回る物好きは俺たち以外にいなかった。
「帰るぞ」
こいつの顔を合わせず、クルリと方向転換をする。
「えっ、ちょっと、どこ行くのー? 藤城くんの家、反対だけど!」
背後より、パタパタと駆け寄る音がする。
「……もしかして、送ってくれる……とか?」
「んな訳ねーだろ! お前の家、知らねーんだからよ!」
「でも、方角合ってるよ?」
「だから知らねーつってんだろ! 学校に戻るだけだしよぉ!」
「ああ、そっか! 前に中学校は南中だったと話したよね? だから方角はこっちだって分かって……!」
「うるせーな! 後で、お前が変な奴に絡まれたとか聞かされたら、胸クソ悪りぃだからだよ!」
こいつはエスパーか? 人の考え、全てを読んでくんなよ!
「やっぱり優しいよ、藤城くん」
「知らねぇ!」
こいつの言葉を無視してズンズンと前方を陣取り歩いていくが、俺はその足をとうとう止める時がきた。
……この先、どこ行くんだ?
仕方なしで振り向くと、そこには口元を抑えるこいつ。面白がってやがったなぁー。
いつもなら知らねっと置いて帰るが、自分でも分かんねーけど、俺はこいつの後ろをノソノソと付いていく。
女子高生の後ろを一定の距離で歩く、男子高生。……側から見たら、ヤベー奴だな。
「ありがとう。遠いのにごめんね」
結局俺は学校を抜け、住宅街に入っていき、こいつの自宅まで付いて来ていた。
「別に、お前の為とかじゃねーし」
かなり無茶苦茶な言い分だが、こいつの為なんて、口が裂けても言いたくなかった。
「明日……、なんだけどさ……」
こいつの言いたいことは分かっている。だから。
「気ぃ向いたらな!」
「うん!」
「まあ、明日ねぇー!」と声に出すこいつを完全スルーして、プイッと顔を背けてスタスタと去って行く。
俺と一緒の場面を同級生や近所、それこそ親が見たら、どーすんだ!
あいつの横を歩くのに相応しくない。
それぐらい俺だって、弁えているつもりだってのによ。
帰路に着く中、思考を巡らせる。
もし流れ星に、一つだけ願いを叶えてもらえたら?
俺は、一体何を願うのだろうか?
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