テラーノベル
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そういうものなのかな。と案ずる気持ちで見ていると、バッと私の視線を手で遮った。
「察してよ、そういうの」
正直、最初はあんなにイケイケだった彼の気にするところが理解できないけど、私はとりあえず頷いた。
「わかった」
「うん。あー……俺が欲しいのはさ、思い出じゃない。……確信なんだ」
やっと聞こえるくらいの広睦くんの声が胸にじわりと染み込む。私は、自分が広睦くんに揺れているのに気づいた。だからこそ、もっと気軽に『付き合って』いたかった。
ぐっと唇を噛む。
広睦くんがふっと笑うと
「そんな顔しないでくれません、受け入れるつもりもないくせに」
手を伸ばし私の唇に親指を当て、噛んだ唇をほどく。柔く唇が押し付けられ、二度三度と角度を変えて繰り返すと名残惜しそうに離れていった。
人前でも咎めずに受け入れてしまう……。何をやっているんだろう。
広睦くんが納得して別れるためにつき合ったのに、深みにはまっていくのは私の方なんじゃないか。
「自制」
「はい、わかった。……私はいいんだけどな、別に」
物足りない、その気持ちを少し茶化して口に出すとガッと目を見開いて舌打ちをした。
「ふ、ふふふふ」
その顔に笑ってしまう。
「いや、おもんね」
「だってさ、あははははは」
「覚えとけよ。絶対惚れるだけ惚れさせて……! 」
広睦くんはそこで止まってしまった。
「惚れるだけ惚れさせてどうするの? 捨てる? 」
「そんなわけ……」
広睦くんは気まずそうに髪をかき分け舌打ちした。
「うん。ね」
口をついて出てきた言葉が、今の私には真理なようでいくらかすっと頭が冷える。熱くなった気持ちを結局そうだったと気づかせてくれる。
今の私はこのまま広睦くんと関係を続け、気持ちのまま進展を望んでいる。
だけど――。
今の私は、未来のために選択をしなければならない。未来の私にとって正しい選択を――。
数年後、若い男の子にそそのかされて傷つきもう手遅れになっている私は、今の一時の感情に流された選択を後悔する。そうならないための選択を今しなきゃ。ゴクン、と喉が鳴った。
「俺の方が分が悪い事、わかってるよ」
広睦くんはそう言って立ち上がって、パンパンとズボンの座り皺を伸ばした。
「だからさ、あんまりそう俺の決心が揺るぎそうな誘いしないでくれませんか? 」
いつもは生意気そうに笑うのに、自信なさそうな顔が可愛くて脱力する。
「わかった。帰ろっか」
「ね」
いつものようにあてもなく歩いて二人の時間をつくることもなく、この日は別れた。
あの子はあの子できっと私が思ってるよりずっとこの関係の終わりを考えてくれているのかもしれないな……。
温い夜風の中何をやっているんだろう、私は。そうは思うのに今を楽しみたい気持ちもあって、
「婚活、頑張らなきゃな」と呟いた。
未来に後悔する原因は一つじゃない。広睦くんと離れたのに結婚出来ていないパターンだってあるのだから。
はぁ、成果が目に見える仕事の方がよっぽど楽だ。
これをすれば結婚出来ると決まっていたら……、そんな子供みたいな発想を首を振って鼻で笑った。
もうすでに過去の自分の後悔を引き受けているのに。
大きな月に手のひらをかざし、薬指の隙間に閉じ込める。結婚なんて、出来るのかな。
ふっと息を吐いてスマホで時間を確認した。急げば次の電車に乗れるな……。急ぎ足でホームに入って来た電車に乗ると、スマホの通知を確認する。
『月曜か火曜』
橘さんから有無を言わさないぶっきらぼうなメッセージが届いていた。
何を急いでんだ、あの人……。
『承知しました、どちらでも空いてます』
返信するや否や『月曜』とだけ返信があった。
週末は平日に溜めた家事で消えて行った。洗濯をして、掃除をして、買い出しをして、花のある生活をしようと思い立って先週買った花はみっともなく変色していて逆に嫌な気持ちになって捨てた。それでも懲りずに花屋で気に入った花を一輪、生活感の溢れた買い物に添えた。
衣替えもしなきゃならないし、見たい映画も溜まってるし。家に仕事を持ち込まないって言ったってさすがに段取りくらいはシミュレーションするし、一番大事な婚活もしなきゃならない。
日常生活に追われ、日にちだけ過ぎるパターンだ、これ。
私は観ようとしていた映画を諦め婚活サイトを順に開く。途中で同士である田原さんに連絡を取って近況を聞きアドバイスを求めた。他に何もつながりのない他人だからできる相談なんかもした。幾分気持ちは軽くなったけど、結局、何も進んでいなかった。
前のめりも良くないけど、早く広睦くんと離れたいという矛盾もあった。これ以上ハマるのが怖いからだ。
婚活に向いた夏服でも買いに行こうかな……そう思いながらも気づけば夕方も遅くなっていてまた今度でいいかと後回しにした。
――すっきりしない状況の中、仕事だけが順調で職場はホッとできる場所だった。月曜日の朝いちばん。橘さんが声をかけてきた。
「おう、東谷。悪いな、今日時間取らせて」
「あ、ああ。いいえ、大丈夫です……」
何なら今話してもらっても……そう言いかけたが橘さんはさっさとどこかへ向かってしまった。
忙しいか、そうだよね。週末は家に戻ったりしていたんだろうか。そう思いながら私もチームに合流した。
そこにはまた尊敬する橘さんの姿があって、私は身を引き締めた。ああ、あの頃憧れた橘さんだ。
コメント
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読み終わりました。第40話、すごく好きな回です。 「確信が欲しい」っていう広睦くんの言葉、重かったですね。思い出じゃ足りない、もっと深いところで繋がりたいって言われてるみたいで。当人同士じゃなきゃ掴めない感覚だなあと思いました。 それに主人公の心境も苦しい。未来の自分を思い描いて“正しい選択”をしようとするけど、今の気持ちがそれを邪魔する。婚活してるのに広睦くんから離れたくない矛盾――大人の恋愛って本当に一筋縄じゃいかないんだなって、読んでて胸が詰まりました。 橘さんからの有無を言わさないメッセージも気になるし。次が楽しみです!
#年の差
西原衣都
915