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サッカーは時に無情である。
キボコーは『絶対に、今日、ティッシュに出す』をスローガンに、試合開始序盤からガンガン攻めている。にもかかわらず、シュートがゴール枠を外れていく。
「みんな力みすぎだ!」
キャプテン藤堂が部員達に指示を出すも、地球環境を一週間エコにしていた彼らの体内には発散できなかったパワーが沈殿していた。
「うるあぁあああっ!」
シュートはコースを狙うよりも、備蓄オーバーになったパワーを放出するがごとく力任せのキックとなる。
対して、ヤマコーの選手たちは冷静だった。
受験偏差値はキボコーよりも低いが、今日のピッチ上で、ヤマコーはキボコーを上回る頭脳戦を繰り広げている。
各選手がパスを引き出すスペース作りが上手い。
トントンとボールが繋がっていく。俗にサッカーIQと呼ばれるものが高い集団だ。
それに加えて、ヤマコーにはカルロス鈴木がいた。
カルロスは選手登録〆切の五日前にヤマコーに転入した謎の日系ブラジル人である。
どのような経緯でブラジルから日本にやってきたのかは本人が語らないため不明だが、とにかく彼はサッカーが上手い。
聞けば、サッカー王国ブラジルで王様ペレなどを輩出した有名サッカークラブ・サンパウロFCの下部組織にいたとの噂。
すなわちカルロスはレベチだ。
彼にボールがおさまると、ひょいひょいと相手選手達を抜いていく。ボールはお友達どころかアツアツの恋人だった。どことなく、ボールを見つめるその目が赤い。
「メッシかよ」
「それアルゼンチンだから」
ツッコむ余裕があるならば、身体を張れ。イライラしながら戦況を見守る魔王。
そうして、破られた均衡。カルロスが五人抜きで、最後はゴールキーパーをかわしてシュートを決めた。
「マラドーナかよ」
「それアルゼンチンだから」
だからツッコむならば、足をひっかけてでもカルロスを止めろ! 魔王のもどかしさが頂点に達する。
「あの腐れメスはどこへ行った!」
ベンチの監督席は空だ。試合開始から三〇分経っても、美神は姿を消したままである。
美神が監督代理となってからはこのようなことが頻繁にあるため、魔王以外のキボコー選手達は慣れっこだが、大空碧人の身体に転生して初めての公式試合を迎えた魔王には納得がいかない。
将のいない軍が勝てる訳がない――戦の鉄則だ。
行儀よく座っていられない魔王が、ベンチに片膝を立てた。
味方のディフェンスラインが、ヤマコーの華麗なパスワークに翻弄されている。
と、矢のように突き刺さる一本の鋭い縦パス。
カルロスが受け損じることなくボールを足もとにおさめ、ドリブルで切り込んだ。
「死ねえぇぇいっ!」
キャプテン藤堂が、フラグ感まるだしでスライディングタックルをカルロスに見舞わせようとした。
ふわり、とカルロスが浮く。ボールと一緒に空中を歩くような見事なジャンプ。人間技とは思えなかった。
「マイケル・ジョーダンかよ」
「それアメリカだから。バスケだから」
カルロスが浮いた状態でくるりと身体を捻った。そのまま、オーバーヘッドキック。
蹴られたボールがキボコーのディフェンスを嘲笑うように、ゴールネットに吸い込まれた。
二失点のままハーフタイムを迎えた。
キボコーはまだ一点も取れてない。シュートはゴール枠から次々と外れていた。
真っ青な顔でピッチから戻って来るキボコー面々。
このままでは予選を突破できない。今日が三年のラストゲームになる。
その三年の、いや、キボコーの代表、キャプテン藤堂が吠えた。
「負けるわけにはいかないんだよっ!」
いつにない真剣な表情のキャプテン藤堂。その目は軽く潤んでいる。
悔しいのだろう。突如として相手チームに現れたカルロスにピッチを蹂躙され、高校サッカーを終えるのだ。無念に違いない。
彼の想いに応えるように、キボコーメンバーは、誰に言われたということもなく、自然と、円陣を組んだ。前半を戦った選手も、ベンチに座っていた選手も、その体は熱くほてっている。
チームの熱い想いに呑まれるように、魔王も皆と一緒に肩を組む。
「逆転すんぞぉおおっ!」
「おうっ!」
ときの声が蒼い空を揺さぶった。
キボコーを後押しするように、一陣の強風が、ごうと吹く。
――と、
内股でベンチに座りながらツンツンしていたマミりん。彼女が被る帽子が飛ばされた。
「あ」
喘ぎ声がマミりんから漏れる。
円陣を組んでいた地球環境貢献軍団の下半身が即座に反応を示した。
「おい、顔上げろよ」
「おまえこそ上げろよ」
「無理」
肩を組み、上半身を屈ませた姿勢で、皆が固まった。
サッカーのハーフパンツは速乾性生地で薄い。
「あんた達、何やってんの?」
全員が上半身を折った姿勢のまま、上目遣いにハスキーヴォイスの発声人を見る。
「やだ。気持ち悪っ」
吐き捨てた美神は、悠々と生足を交差させてベンチに座り、足を組んだ。タイトスカートから零れる太腿が、初夏の陽ざしを受けむっちりと輝く。
部員達はさっきよりも低く上半身を沈めた。
「いつまでそんなことしてんのよ」
苛立った美神が作戦用マグネットボードを手でバンバン叩く。
一瞬で恐怖に凍りつく部員達。マンモスが動物園の象さんへとスケールダウンしたため、彼らは上半身を上げた。
その時、
「あ」
またもやマミりん。
音速で反応する地球環境貢献軍団の象さんがパオオオオンと猛る。再びお辞儀の姿勢で固まる彼らの頭の中には、風吹いていねーよな、との疑問だ。
「美神監督代理、ヘアサロン行ってきましたぁ? あと、カルロスさんって、妖精みたいですね」
マミりんのほわっとした声がひょろひょろ流れてきた。
(ヘアサロン? 今?)
「最近行ってなかったからね。時間もあったことだし。髪は命だしね」
美神が平然と言った。
「髪は女の命ですぅ」とほわほわっマミりん。
(時間、……あった?)
ようやく彼らの暴れジュニアが温厚さを取り戻した頃、
ピピッ
主審が笛を吹いた。ハーフタイムが終わった。
「ったく。結局、指示出せなかったじゃない。ほら、早く行きなさいよ」
(……ヘアサロンに行かなければよかったのでは……?)
しっしとマグネットボードで蠅を追い払うように、美神は部員達をピッチへ送り出す。
「結局どーすりゃ、カルロスを止められんのよ?」
誰かの呟きが大気中に溶けていく。
そこへ――
「や、やっと、……つ、着き……ました。はあっはあっ……」
「あれ、あなたはえーっと、誰だっけ?」
美神が問うた先、呼吸を乱して到着した絶世の美少女は、血まみれの顔を破顔させた。なお、擦り切れた膝からは血が垂れ、白いソックスにこびり付いている。
「あ、秋月、ゆ、結菜です……。来る途中で、う、後ろから、お、男の子が乗ってる、さ、三輪車にぶつかられちゃって……」
(……三輪車とぶつかってそんな怪我をする……?)
疑問に思う部員達。
(いいなー。その現場見たかったなー)
事故現場に立ち会いたかったマミりん。
「と、とにかく、ま、間に合ってよかったです……そ、その……ふ、フレー、フレー、あ、碧人君……」
「もう後半だから厳密には間に合ってないけどね」
冷静につっこむ美神。
(……あなたも間に合ってないでしょ!)
「と、ところで、さ、さっき、て、ティッシュが……どうのこうの、と、み、耳にしたのですが……、ど、どういうことでしょうか? よ、よく分からなくて。か、勝つために必要でしたら、わ、わたし一肌脱ぎます……」
(――っ!)
『脱ぐ』を誤解した豚野郎どもが、速攻で上半身を屈めた。
「へ? ひあ? み、みなさん、ど、どどど、どうしたのですか……? お、お辞儀? お、お行儀がいいんですね」
ピピッ
主審が威嚇するように、キボコーに向けて笛を吹いた。
◇ 幕間 結菜 ◇
秋月結菜は転生者である。
しかしながら、彼女にその認識はない。この世界で、生まれた時からアクシデントの血糊マドンナであり続けている。(ただし、本人は『アクシデントの血糊マドンナ』と呼ばれている認識さえも欠いている。
これには深いふかーい理由があった。
転生前の結菜は不幸であった。
魔界で最下層のヒューマンとして、村はずれの粗末な家でひっそりと暮らしていた。
父母は戦争の犠牲者であった。自称勇者パートⅡが魔王城へ進撃する際の、魔物との小競り合いに巻きこまれて命を落としたのだ。
以来、結菜は、まだ幼い弟の面倒をよく見ながら、細々と暮らしていた。
村で一番の美人として有名なため、結菜は男からの目を引いた。
中には力づくで結菜をモノにしようと画策する輩もいたが、彼女の父が目を光らせて彼女に害が及ばぬようにしてきた。懐刀として、この世の悪を断ち切るといわれしダガーを、父はどこからか手に入れ、念のため娘の結菜に渡してもいた。
しかし、その父はもういない。
結菜の身近には、七歳になる弟だけがいるのみだ。当然、周囲に男の影がチラつくようになってきた。
――ねえ、お姉ちゃん。最近、目つきの悪いオジサンをよく見かけるんだけど。
弟が心配そうに結菜に話しかけた。
だが、結菜は天然のお人よしである。
――おおお、お父さんとお母さんが亡くなったから、ききき、きっとわたし達を守ろうとしてくれているのよ。
――そうかなあ……。
弟はあくまでもリアリストであった。目につく男どもの目は、守衛を司る善意からはかけ離れたものであることを、幼くして知覚していた。そう、飢えた魔物に近い目の輝きを孕んでいるとも。
弟は剣術を学ぶようになった。お姉ちゃんを守る。
弟は既にいっぱしの男だった。
――お姉ちゃん、何かあったらぼくを呼んでね。ぼくがお姉ちゃんを守るから。
村で評判の剣術道場から帰ってきた弟。今日もたくさんしごかれたようで、手足はあざだらけだ。結菜は冷水に浸した麻の切れ端を絞り、弟の傷にあてた。
――あああ、ありがとう。たたた、頼もしいな。
にこっと微笑んだ結菜を見て、弟は姉と血が通っているにもかかわらず、ドキりとした。そうして、夜、眠りに落ちる前、もっと強くなってお姉ちゃんを守る! と決意を漲らせながら、瞼を閉じるのであった。
しかし、実際のところ、弟は剣術道場でいびられているだけであった。
評判の道場とはいえ、剣術をはじめとした武術は新人にきつくあたる。それが年少者であればなおさらであった。パワハラ・スポハラといった概念などおよそ存在しない世界である。
稽古と称し袋叩きにされる弟。
だが、弟はめげなかった。なにせ、お姉ちゃんを守る、それが彼の心を何度も奮い立たせ、兄弟子に打たれ床に沈められても、必死の形相で立ち上がり、木刀を構えた。
いつしか、そんな荒修行に揉まれた成果が目に見えるようになってきた。
きっと太刀筋などに天性の才能を持っていたのかもしれない。
床に沈むまでの時間が長くなり、いびる兄弟子どもの体力がもたなくなってきたのだ。
そうして、ある日、渾身の一撃が兄弟子の面を捉えた。
うがあああああっ!
その日、床に沈められたのは弟ではなく、いびる兄弟子達のトップに立つ者だった。
道場内に静かな間が落ちた。
兄弟子の子分や道場生達はハラハラした様子で、ひっきりなしにお互いを見合っている。
このままで済むはずがないからだ。
後ろ足で道場から逃げだす者もいた。
おそらく、この後に訪れるのは――リンチ。
予想どおり、兄弟子の取り巻き達が弟を囲んだ。一触即発の雰囲気に誰もが声を出せない。息をするにも、音を立てないように誰もが細心の注意を払った。
と――、
よくやったな。
意外にも、ぶ厚い唇を持つ悪人面の兄弟子トップがにこやかな表情をした。弟に握手を求める。強くなったな、と。
嬉しい弟は、はいっ、と大きな返事をし、兄弟子トップの握手に応じた。弟と兄弟子トップとの距離が縮まったとき、兄弟子トップが囁いた。
おまえに俺の必殺技を教える。
え! と色めき立つ弟。認められた証と捉えたのだ。
今夜、村はずれの井戸に来い。とっておきの秘技を教えてやる。
罠である。
しかし、僅か七歳の弟は、罠を見破るには幼すぎた。
夕方に水を汲みにいったきり弟が帰ってこない。
まさか魔物に襲われたのでは……。結菜はつい一時間ほど前の自分を責めたくて仕方がなかった。
明日の朝ごはん用の水を汲み忘れていたことを、ポロっと零した際に、弟が、じゃあぼくが汲んでくるよ、と出かけてしまったのだ。
一瞬、もう暗くなるからとの言葉がでかかったが、その言葉を事前に予想したかのように、弟は「ぼくはもう一人前の男だから。強いんだよ」と両手を腰にあてて宣言した。
思わずクスりと息を漏らした結菜の反応に、弟がぷうっと頬を膨らませる。
そうして、通っている道場の兄弟子トップを倒したことを、結菜は聞かされた。
そんなにも強くなっていたのか。弟が言及した兄弟子トップは、将来、村の護衛をまかされる逸材との呼び名が高い。
だが……少々ずる賢い。正直に言えば、護衛をまかせるには人格面で不安がある人物である。
胸騒ぎを覚えたが、今日ぐらいは弟をヒーロー扱いしてあげよう。
――じゃじゃじゃ、じゃあ、おおお、お願いしちゃおうかな、この村の『勇者の卵くん』。
結菜のセリフに小躍りしながら、任せて! と小さな胸をドンっと叩いて水を汲みに行った。
夜を迎えたこの世界は、墨汁をまいたよりも暗い。
通常ならば余裕で帰ってこれる時間を過ぎても、弟は帰ってこなかった。
どどどど、どうしよう……。
この世界で、夜に女が出歩くなど、自殺行為に等しい。村でも毎年誰かしらが、何らかの用事で出かけた際に、翌朝死体で発見されている。もちろん着衣が乱れた状態で。もしくは肉体の原型もとどめずに。
実際に、ついこの前も、結菜の顔見知りの若い女が、惨殺されたばかりであった。
結菜が躊躇するのは当然であった。
しかし、彼女は戸外へと駆け出した。
他の女同様に躊躇はしたものの、それは一瞬だった。次の瞬間には、弟を失いたくないとの『心配と愛』が恐怖心を駆逐した。
故に、結菜は息を乱しながら駆けていく。結菜達がよく水をくむ井戸へ向けて。
途中、何人かの村人に、「こんな夜更けに危ないぞ」と忠告された。だけど、それどころではない。心臓が早鐘を打つ。お水なんて翌朝早くに汲めばいい、そう言えばよかった。それどころか、『この村の勇者の卵くん』なんて言葉を弟にかけなければよかった。
そうしてたどりついた井戸。
彼女は声を失った。
弟が血まみれで倒れていた。
――う、ううううう、嘘……。
結菜は弟を助け起こした。ぐにゃりとした体躯。力をこめることさえできないようだ。
意識を失いかけていた弟が、虚ろな目を結菜に向けた。「お姉ちゃん……」甘えるような幼な声。その声はあっという間に魔界特有の突風にさらわれてしまった。結菜に抱かれたまま、弟の首がガクリと木偶人形のように折れ曲がる。小さな、小さな命の灯火が消えた。
――――あああああああああああああ―――っ!
結菜の咆哮が辺りに響き渡る。
その声を耳ざとくキャッチした兄弟子トップ達が、ぞろぞろと結菜と、こと切れた弟のもとに集まってきた。
弟を抱きしめたまま兄弟子トップたちを睨みつける結菜。
兄弟子トップ達は鬼畜の顔つきを結菜に向けた。弟を殺したことに対して一切の良心の呵責も覚えていなさそうだ。あまつさえ、そのガキが調子ぶっこいたからだ、などと冷たく言い放った。
結菜を囲む鬼畜の輪が狭まっていく。
そうして――輪が崩れた。真っ先に結菜にむしゃぶりつくように飛びついたのは、くだんの兄弟子トップだった。
結菜の覚悟は決まっていた。
この兄弟子トップを弟が倒したと聞いたときから、報復があることを予想した。だから、迷いもなく結菜は胸もとからダガーを抜いた。横凪に一閃する。
兄弟子トップはまさか自分が殺られるとは微塵にも思っていなかったのだろう。
え? と、口を開きかけ、声にならない声を発することもできぬままに、絶命した。
束の間の静寂が、崩れた輪の中に落ちた。
まさか結菜が懐刀としてダガーを所有しているなんて。しかも、急所を的確につくように兄弟子トップの喉ぼとけを鋭敏に切り裂き絶命たらしめたなんて。
状況を冷静に受け止められない兄弟子トップの取り巻きのうち、誰かがポツリと呟いた。
「魔女だ……」
その震えるような言葉を呼び水にして、周囲は一斉に結菜を魔女と呼び始める。
「魔女だ!」
「ここに魔女がいる」
「魔女が現れた!」
この世界において、魔女は火あぶりの対象だ。
騒ぎを聞きつけた村人達がすぐに集まり、恐る恐る結菜に近づき、囲み、結菜の体に縄を巻いた。
結菜は抵抗しなかった。
父も、母も、そして最愛の弟まで亡くした今、彼女を支える力の源は何もない。生きる意志は心の中からとうに消えていた。
翌日の魔女裁判で、おまえは魔女かとの問いに結菜はコクりと頷いた。一切の躊躇いもなく。
夜、弟が息絶えた時刻と同じ頃、彼女の身体は紅蓮の炎に包まれていた。
――かかかか、神様、もしいらっしゃるのならば、来世は父と母と弟と一緒に幸せに生きたいです。どどどど、どんなアクシデントに見舞われようとも、それが叶うならば、わわわ、わたしは本望です。
結菜を火あぶりにした炎は三日間消えなかったという。炭にはいつ付着したのかが分からぬ血痕が残り続けた。
後日、その村には疫病が流行り、魔女裁判にかかわった者達と、兄弟子トップとその取り巻き達は全員苦しみ死んだ。
なお、結菜の弟の名前をアオといった。
◇ ◇ ◇ ——–