現在シェルドハーフェンで発生している状況を整理しよう。
先ず『暁』との抗争の結果著しく弱体化して凋落の一途を辿る『エルダス・ファミリー』。そして『エルダス・ファミリー』と長年抗争を続けてきた『血塗られた戦旗』がそれを期に攻勢を仕掛ける。これだけならば珍しいことではない。だが外部勢力の介入によって状況は複雑化した。
マンダイン公爵家令嬢フェルーシア=マンダインは、シャーリィ=アーキハクト生存の噂を耳にしてその出所である新興勢力『暁』を排除するため、裏で繋がりのある闇商人『闇鴉』に資金提供を行い行動を促す。
『闇鴉』会長マルソンは、『暁』を壊滅へと追い込むために、『エルダス・ファミリー』と『血塗られた戦旗』の抗争を利用。
『血塗られた戦旗』へと資金の一部を流して『暁』による『エルダス・ファミリー』への攻撃を偽装する。また『エルダス・ファミリー』を装って『暁』構成員を十五人始末した。
更に、三年前『暁』との抗争に破れ落ちぶれていた商人ギルド『蒼き怪鳥』にも資金を流して『暁』への復讐を唆す。
最後に『暁』に危機感を持つ『ターラン商会』の一部幹部に資金を提供して危機感を煽りつつ暴発を促していた。
一方構成員を殺られた『暁』は厳戒態勢に移行。全ての構成員は要塞化した農園に立て籠り、『エルダス・ファミリー』迎撃の構えを見せていた。これは縄張りを持たない『暁』ならではの戦術である。
また唯一外部に存在する所有物、すなわち港湾エリアにある桟橋とその周囲にある倉庫群の防衛は海賊衆居残り組と『海狼の牙』が請け負っていた。
これは『エルダス・ファミリー』の背後にある存在を警戒したシャーリィが協定を結んだ勢力に協力を要請した結果である。
この要請に対して。
「別に良いわよ。でも、これは貸しにしておくわ。『暁』ではなく貴女個人に対してね?シャーリィ。忘れないように」
「何だよ水臭ぇな、いくらでも頼れよ!なんたって私はお前のお義姉様なんだからな!一緒にエルダスの奴に吠え面かかせてやろうぜ!」
『海狼の牙』会長サリア、『オータムリゾート』支配人リースリットは要請を快諾。
サリアの言葉に少しだけ危機感を抱いたシャーリィではあったが、これにより単独で状況に対処しなくて済んだ。
『海狼の牙』は港湾エリア限定の協力。『オータムリゾート』は資金面で『エルダス・ファミリー』に圧力をかけて、休暇中だったレイミを呼び戻す手配をする。
対して『エルダス・ファミリー』は僅かな資金をかき集めて武器を購入。落日へと向かいつつある組織の挽回を狙い『暁』との決戦を覚悟していた。
『暁』を潰して士気を挙げ汚名を雪ぎそのまま『血塗られた戦旗』へ反撃する。それが『エルダス・ファミリー』の取れる唯一の策だった。
幸いなのは、本来『エルダス・ファミリー』は武闘派集団であり真正面からの抗争では無類の強さを誇る点であった。
だが『海狼の牙』、『オータムリゾート』への賠償で残された資金は僅かなもの。結果用意できた武器は決して最良のものとは言えなかった。
『暁』はドルマン率いるドワーフチームの働きにより遂に機関銃の再現に成功する。
『ライデン社』の最新モデルには劣る第一次大戦レベルのものであったが、その保有する火力は劇的に向上していた。
また野戦砲の開発も順調に行われており、軍隊顔負けの装備を保有する戦闘集団となっていた。
シャーリィの異常なまでの戦力向上策によるものであり、正面からマトモに戦えるのは正規軍のみと言えた。こうなると裏社会特有の暗殺や事務所等手薄な場所の襲撃、縄張りを荒らす等しか有効な手段が存在しないが、ここで外部に縄張りを持たない『暁』の特性が活きてくる。荒らそうにも農園以外に拠点が存在しないのだ。
そして厳戒態勢となれば要塞化した農園に籠城。その状態でも外部と交易は行われるが、これにも異常なまでの護衛がつき攻撃は至難の技。
結果敵対組織は真正面から農園へ攻撃を仕掛けるしか手段が残されておらず、そうなると『暁』の過剰な火力に太刀打ちできず殲滅される。裏社会の戦いではなく軍隊との戦いを強要されるのだ。これでは最初から勝ち目などない。
更に言えば、農園外縁部は有刺鉄線による鉄条網が幾重にも張り巡らされているが、これ等の鉄条網から見張りの待機所までは帝国に存在するあらゆる銃の射程より長い。つまり、鉄条網の外から狙撃することすら出来ないのだ。
これ等の事実はこれまで攻撃を仕掛けたものが全員死亡しているため暗黒街でも知られておらず、恐怖して本拠地に亀のように立て籠っていると相手に誤認させる効果があった。
外縁部に張り巡らされた鉄条網にはいくつか抜け道があり、それを通って侵入することが出来るが、これ等の抜け道は射線がしっかりと確保されており、入り込むと周囲の有刺鉄線で身動きが取れずただ動く的となる罠である。
そしてそれを知らぬ『エルダス・ファミリー』は『暁』攻撃のため構成員を集めていた。
対する『暁』は迎撃体勢を整えて『エルダス・ファミリー』を待ち構える。
「端から見ると、まるでミミックね」
農園防衛陣地を見てマーサは隣に立つシャーリィに声をかける。
「ミミック、確か宝箱に擬態して冒険者を襲う魔物でしたね」
「農園はまさにそれじゃない?見た目は防備の薄い宝の山。いざ踏み込めば生きて帰れない魔の空間なのだから」
「踏み込む段階で相手は敵ですからね、容赦する必要はありませんよ。私の下す命令もシンプルです。生存者は必要ない。これだけです」
表情を変えずに淡々と語るシャーリィにマーサは言い知れぬ末恐ろしさを感じた。
「シャーリィ、貴女大物になるわよ」
「私個人としては立身出世に興味なんて無いんですけどね。大切なものを守りたいだけですよ」
「その結果がこれ?」
「いいえ、まだまだ途上です。私の納得できる防備や力はまだ手に入っていません。日々試行錯誤の連続ですよ」
「これでもまだ満足できないの?正規軍相手でも戦えるわよ?」
「いえ、正規軍には負けてしまいます。最低でも正規軍を圧倒できるだけの装備がないと私は安心できません」
「目標が高すぎない?戦争でもするつもり?」
「復讐すべき相手が国だったら、そのつもりですよ」
そのスケールの大きさに、マーサはただ唖然とするのだった。