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海外生活にも慣れ、日常英会話もなんとかこなせるようになってきた頃。
ある午後、みことは小さなカフェでふと、店員さんと笑顔でやりとりをしている自分に気づいた。
(……前は、こんなふうに注文すら怖かったのに)
帰宅し、すちにぽつりと話す。
「ねぇ……俺、仕事してみたいなって思ってる」
「え?」
驚くすちに、みことはまっすぐ目を見て続けた。
「まだ言葉も完璧じゃないし、不安もあるけど……。それでも、この国で“ひとりの人間”として生きてみたいなって思ったの」
すちは一瞬きょとんとしたあと、やわらかく笑って、抱きしめた。
「みことがそう思えるようになったのが、すごく嬉しいよ」
面接の日
最初はアルバイトから──
みことは、街中の日本人観光客も多く訪れるギフトショップでのスタッフ募集を見つけ、応募。
履歴書を英語で書き、面接練習もすちと夜な夜な繰り返した。
当日、緊張で指先が冷たくなりながらも、頑張って話し、 面接官はにっこりと笑っていた。
──数日後、採用通知が届いた。
「おはようございます! Good morning!」
朝、制服に袖を通したみことが小さく深呼吸して、店に入る。
言葉の壁に戸惑う場面もあるけれど、同僚は親切で、ジェスチャーや言い直しに根気強く付き合ってくれた。
みことは少しずつ、「誰かの役に立てている」という実感を得ていく。
観光客の子どもに手を振られ、「Thank you, big brother!」と言われた日には、仕事終わりに思わず涙をこぼした。
「今日、初めてお客さんに“Your smile made my day”って言ってもらえたんだ……」
「……それ、世界一うれしい褒め言葉じゃん」
みことが語る小さな成功談を、すちはまるで自分のことのように喜ぶ。
「俺、本当にこっち来てよかった。……すちのおかげで、勇気出せたんだ」
「それは違うよ。みことが、自分の力で進んだんだ」
月明かりの下で、ふたりはそっと唇を重ねた。
___
みことが働くギフトショップには、同じくアルバイトで働く青年「レオン」がいた。
陽気で誰とでもすぐ打ち解けるレオンは、英語がたどたどしいみことにも気さくに話しかけてくれた。
「Mikoto, your handwriting is really cute.」
「えっ……あ、ありがと……?」
「You wrote this ‘Thank you’ card for the customer, right? They loved it.」
自分の手書きカードが客の心を掴んだと知り、みことはふわっと頬を赤らめた。
その日の夜、すちに報告する。
「……なんかね、少しずつだけど、“役に立ててる”って思える瞬間が増えてきたよ」
すちは優しく微笑みながらみことの髪を撫でる。
「うん……どんどん表情が変わってきた。今の方が、俺の知らない“みことらしさ”が増えてる気がする」
「……すちがそばにいてくれるから、変われたんだよ」
休日には街の小さな美術館に足を運び、屋台で現地の料理を楽しんだり、マーケットで一緒に食材を選んだり。
“旅行”だった景色が、ふたりにとっての“暮らし”になっていた。
ある日、現地のカップルがウェディングフォトを撮っているのを見たみことは、すちの手をぎゅっと握りながら言った。
「……ここで、写真撮るのも、素敵かもね」
すちは微笑みながら、みことの薬指にそっと視線を落とす。
「次の記念日は、そうしようか」
日々の仕事の中で、みことは次第に任される業務も増え、簡単なレジ業務や在庫の整理も一人でこなせるようになっていた。
ある日、新しく入ってきた留学生バイトの子に接客を教えることになり、自分の語彙や伝え方に戸惑いながらも丁寧に説明した。
その姿を、こっそり覗いていたすち。
帰り道、「先生みたいだったよ」と言うと、みことは照れながらも笑った。
みことは語学力と接客経験を買われ、同じ企業の正社員登用試験を受けることになった。
周囲の応援を受けながら、試験当日、堂々とした笑顔で挑む。
結果は──合格。
「やったよ、すち……俺、ちゃんと働けるよ、ここで……」
抱きしめながら、すちは囁いた。
「みこと、頑張ったね。おめでとう」
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