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館の寝室は静かだった。
重厚な木製の扉が閉ざされ、厚手のカーテンが外の世界を遮断している。魔界の夜は人間界のそれとは異なり、どこか生々しく、肌にまとわりつくような魔力の気配を孕んでいた。
その空間の中心にある大きなベッドの上で、セリオは肩の痛みに耐えながらじっと座っていた。
「じっとしていなさい。無駄に動くと治療がしづらいわ」
リゼリアが静かに言いながら、セリオの肩口の衣服を丁寧に切り裂いた。布の擦れる音が響くと、負傷した肩が露わになる。
「……相変わらず無茶をするのね」
彼女の指先が傷口の周囲をなぞる。切り傷だけならまだしも、肩を貫かれた跡は深く、魔族の武器の影響で瘴気が滲んでいた。
「……逃げるわけにはいかないだろう。仕方がなかった」
「仕方がないで済ませるには、何度も死にすぎているわ」
リゼリアはため息をつくと、手元の小瓶から紫色の液体を傷口に垂らした。
「……っ」
しみるような痛みが肩を駆け上がる。セリオは顔をしかめたが、声を漏らさなかった。
「痛いなら痛いって言いなさい。隠しても分かるのよ」
「……痛いと言ったら、加減してくれるのか?」
「いいえ」
あっさりと返され、セリオはわずかに眉をひそめた。
「お前、わざとやってるだろ」
「当然よ。お前が無茶をするたびに、私がどれだけ気を揉んでいるか……少しは反省しなさい」
そう言いながらも、リゼリアの手付きは慎重だった。魔術を込めた布で血を拭い、傷口に瘴気を浄化する魔力を流し込む。紫の輝きが傷を包み込み、徐々に痛みが引いていくのを感じた。
「……手際がいいな」
「好きで慣れたわけじゃないわ。誰のおかげで他人の傷の手当てを覚えたと思っているの?」
リゼリアの声にはわずかに棘があった。しかし、その瞳は真剣そのもので、まるで大切なものを扱うように丁寧にセリオの傷を塞いでいく。
「……これで、あとは時間を置けば完全に治るわ」
最後に魔力を込めた布を傷口に巻き付けると、リゼリアはふっと息をついた。
「お前はもう少し、自分の体を大事にしなさい。そうでなければ──」
言いかけて、リゼリアは言葉を飲み込んだ。
「そうでなければ?」
「……なんでもないわ」
リゼリアは目を伏せると、ゆっくりと立ち上がった。
「とにかく、今夜はここで休みなさい。魔力の回復が遅れると厄介だから」
「お前は?」
「私は研究所に戻るわ。まだ調べることがあるの」
そう言いながらも、リゼリアは少しだけ名残惜しそうにセリオの肩を見つめた。
「……おやすみなさい、セリオ」
「……ああ」
扉が閉まる音が響く。
セリオは天井を見上げ、肩の痛みがほとんど消えていることを確認すると、そっと目を閉じた。
リゼリアの手の温もりが、まだ肩に残っているような気がした。