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野菜を買おうと、八百屋へ向かう道々、岩崎は月子と腕を組む正当性を説いている。


二人は家同士が決めた仲ではあるが、添い遂げようとしている。となると、祝言までは恋仲であり、そうでなければ辻褄があわない。


岩崎は必死にそう説明し、月子は足も挫いているのだから腕を組むのは当然なのだと言い張っていた。


月子はふと思う。


足を挫いているから、腕に捕まっている、で、よいのではないかと。


そして、岩崎の決して月子とは目を合わせようとせず早口で捲し立てる様子が、可笑しくて仕方なかった。


ただ、相変わらずの大声が人の目を集め、月子には恥ずかしかったが……。


それでも、岩崎は、ああでもないこうでもないと、言い訳のような理由付けを必死でしているのは、言うように、月子と添い遂げるつもりだからだと思うと、恥ずかしさもどことなく嬉しいものに感じられていた。


そんな、恋仲の二人、を、からかう声がする。


「あれ、男爵家の若様ったら、真っ昼間からお熱いことで」


青菜片手に、安いよと八百屋の主人が声をかけて来る。


「月子、八百屋だ。必要な物を選びなさい」


小さな間口の店先には、一通りの野菜が並んでいた。


「おお!そうだ!男爵だけに、男爵いもってのはどうです?!」


八百屋の店主が勧める側から、野菜を並べていた女房がししゃり出て来た。


「そうそう!婦人雑誌にコロッケの作り方が載ってから、皆、男爵いもはあるかってやって来るんだよー」


雑誌片手に女房が言う。


「おお!そうだ!だったら、コロッケに決まりだなぁ。っていうか?!女中と外で腕組んでていいのかい?!」


八百屋夫婦の、怪訝な視線を受け、岩崎と月子は固まるが、すぐに岩崎が弁解する。


「……これは、女中ではなく、女中は、家にいて……」


「西条月子です。岩崎様とは、お見合いで……」


岩崎のたどたどしさに、月子が、見かねて言葉を発していた。


勇気を振り絞り、自己紹介めいたものを八百屋夫婦へ言ったのだが、果たして、でしゃばりすぎたかもと、岩崎を伺ってみる。


八百屋夫婦は、月子が西条と名乗った事に反応していた。


「それって、火事で全焼した?!」


「もしかして、若様のところへ、避難してきたのかい?!」


「着物が煤だらけじゃないか!よっぽど酷い火事だったんだなぁー!すまねぇ!事情も知らず、お嬢様を、女中呼ばわりしちまって!!」


主人は頭を下げ、女房は、いそいそと、野菜を包み始めた。


「お、お前さん!」


「わ、詫びだ!これっぽっちだけど!」


八百屋夫婦は、月子のみすぼらしい着物を、火事で着の身着のまま焼け出されたと勘違いし、岩崎と二人で必要な物を買っていると思い込んでいるようだった。


「まあ、なんだか分からないが、代金は支払う。いつも通りで、構わんかね?」


そんな律儀になどと、主人が慌てているが、岩崎は、差し出された包みを受けとり、じゃあと軽く流し歩きだす。


「……月子。実に情けない話なのだが……入り用な物は、ツケが効く。男爵の岩崎だと言えば、この通りに並ぶ店なら融通が効くのだ」


岩崎は、眉尻を下げ、恥ずかしそうに男爵家から生活の援助をしてもらっていると打ち明けた。


岩崎が買ったものは、後でまとめて執事の吉田が支払うらしい。


「……音楽の世界は、思いの外、出費がかさむのだよ。楽器の修理もだが、新たに買い揃えるとなると大きな金が動く。それに、曲の楽譜も買わなければならない。演奏会となると、衣裳を用意するなり、とにかく常に細かな金が動くのだ。残念ながら、私の賃金だけでは、生活もままならない」


毎日仕事をすれば、それだけ、練習の時間が減ってしまう。欧州《ヨーロッパ》で学んで来た事を忘れてはならないと、岩崎は、仕事を抑え演奏に重点をおく暮らしをして来た。


「……今までは、兄上に頼っていても……まあ、音楽の為にと言い訳できたが、さすがに月子がいるとなると……音楽学校の仕事を増やして、断った交響楽団に雇ってもらえないか、もう一度話をするつもりだ」


岩崎は、男爵家から独立すると言う。


だが、月子にも、ぼんやりとではあるが、それで生活ができると思えなかった。


特に、岩崎の専門とするチェロなど、あんなにも大きい。月子なりに、いわゆる維持費が、かかるという考えが理解出来た。


「……あ、あの、私も働きます!働くのは慣れていますし、それに、ちょうど、口入れ屋の二代目さんもいることですし……」


「いかん!!二代目は、ダメだ!ダメだ!!」


月子の願いは、岩崎の大声に打ち消される。


「……二代目は、月子を連れて行った。手まで繋いで……」


悔しそうに言う岩崎に、月子は、唖然としたが、ひょっとして、岩崎は……。


「月子は何も心配しなくてもいい!私の腕にだけ、掴まっていればいいんだ!」


岩崎の大声に、月子に過った二代目へ嫉妬しているのてはないかという考えは、あながち間違っていないのでは?と、込み上げてくる笑いを噛みしめつつ、月子は差し出されているたくましい腕に手を添えた。

麗しの君に。大正イノセント・ストーリー

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