テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#ワンナイトラブ
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
夜明け間近。騒動が落ち着き、お義母さんと白石さんが「今のスケッチを清書してくる!」と作業部屋へ消えていった後。客間には、僕と、すっかり小さくなった大五郎さんの二人だけが残された。
「……春川」
「は、はい、お義父さん」
「……お前も、大変だな」
大五郎さんは、僕の肩に、岩のような、しかし慈愛に満ちた手を置いた。
「……白石家の女は、恐ろしいぞ。……だが、……逃げられん。あいつらの描く世界の中に、俺たちはもう、組み込まれてしまっているんだ」
「……お義父さん」
僕たちは言葉を交わさず、共に深くため息をついた。豪腕のマッチョ親父と、冴えない理系SE。
正反対の僕たちの間に、今、「美しき変態たちに捧げられた生贄(モデル)」としての、鋼よりも強い、奇妙な連帯感が生まれた瞬間だった。
「……お義父さん。……あのお酒、まだ残ってますか?」
「ああ。……二人で、朝まで飲むか」
そう言って、二人で残りの地酒を酌み交わした……までは良かった。 アルコールが回り、少しだけ表情が緩んだ大五郎さんが、不意に立ち上がり、部屋の隅にある厳重な金庫を開け始めたのだ。
「春川……お前に、俺の『お宝』を特別に見せてやる」
取り出されたのは、革張りの重厚な特大アルバムだった。表紙には金文字で『ひよりん・聖誕録』と刻まれている。
「……これ、白石さんですか?」
「そうだ。見てみろ、この三歳の時のひよりんを。……これはもはや、人類が生み出した奇跡だ」
ページを捲る。そこには、確かに息を呑むほど美しい少女が映っていた。現在の白石さんの美しさを、そのまま不純物なしの純粋培養にしたような、文字通りの「天使」。
中学、高校と成長するにつれ、その美貌はもはや暴力的なまでの輝きを放っている。
「悪い虫がつかんように中高は女子校に入れたが……。それでもつきまとってきた男どもは、全員俺が『消去(物理)』してやったわ。ガハハ!」
僕が圧倒されてページを捲り続けると、写真の余白にある「直筆メモ」が目に入ってきた。
『ひよりん、今日も天使。パパ、幸せすぎて吐きそう♡』
『こんな可愛い子はどこへもやらん。娘を奪おうとする男は、まず俺を倒してからにしろ。……いや、倒してもやらん』
『ひよりんが三歳の時、「将来はパパみたいな人と結婚する」と言ってくれた。本日を、白石家の記念日に制定する』
……狂っている。筆跡が、白石さんの誕生から現在に至るまで、全く衰えない異常な熱量を保っているのだ。
「……どうだ、春川。ひよりんは、可愛いだろ?」
大五郎さんが、鋭い眼差しで僕を睨みつけた。
僕は精一杯の敬意を込めて、 「はい。……本当に、とても可愛らしいです」と答えた。
ドォォォン!と大五郎さんがテーブルを叩いた。
「……甘い! 甘すぎるぞ、ゴボウ野郎ッ!!」
「えっ、な、何がですか!?」
「『可愛らしい』だと!? そんな六文字でひよりんの価値を語るなぁ! ひよりんは世界一、いや、銀河、宇宙、マルチバース全域を含めても、史上最強に可愛いんじゃあぁぁ!!」
怒号が響き渡る。
「『はい』じゃない! 『宇宙一、神々しいです』と唱和しろッ!」
「あ、はいっ! 宇宙一、神々しいです……っ!」
北海道の朝日は、僕たち二人の「被害者と加害者が入り混じったカオス」を、優しく、しかし残酷に照らし出していた。