「お母様ー!」
屋敷の紅いカーペットが敷かれた広い廊下に、幼い声が響く。
こつ、こつ、こつ、とゆっくり歩いてきていたのは、黒を基調としたドレスの女性だ。
黒髪を腰まで伸ばし、緑の宝石の髪留めをつけている。
「アリア、走ったらいけないわ」
女性がゆっくりと口を動かし、微笑みながら言う。
彼女はスヴェイロート公爵家の一人娘である。
「はーいお母様!」
返事をしたのはその公女とは似ても似つかぬ銀の髪色が首の辺りで切られている幼い少女だ。
二人とも美しいのは似ていると言えるかもしれないが顔つきが違う。
それに美しさの種類も違うだろう。
公女の方はどこか恐ろしい、危うい美しさで、幼女は温かい笑みが目立つ。だが、公女よりも恐ろしい何かがそこにある気がした。
「お母様!掛け替えの無いものって何ですかー?」
幼女が母親に無邪気な笑みを向ける。
「あら、気になるの?明日分かるから、待っていなさい」
それに対し公女は上品な笑みを浮かべてそう返した。
「はーい!」
楽しそうに幼女は廊下をかけて行く。にこにこと笑っているように見えるが、どこか違和感があった。
走って行く幼女に対し、公女は静かな笑みを向ける。
「走ったら駄目よ」
そう言っても、幼女は駆けていく。まるで巷の子供のように。
そう、例えば、子供のお手本といったようだった。どこか優れているわけでも、個性的なわけでもない。
ただそれは、全ての平均を取ったような少女だ。
「アリアったら…」
少し楽しそうに公女は笑う。
「ほら、アリア!待ちなさい」
いかにも幸せそうで、普通の親娘であった。
不意にくるりと少女は向きを変え、母親を見る。
そして母親に向かって走った。
ぽふっと母親の胸の中に少女は飛び込む。
「お母様!大好きっ!」
それはどこか模造品のような。
まるで過去の映像を、真似しているかのようだった。
「ふふっ、アリア。私もよ」
母親は柔らかい笑みをアリアに向ける。
母親の死角で、少女は薄暗く笑った。
恐ろしい笑みを一瞬だけその顔に貼り付け、そしてにこりと笑う。
「今日はお母様のお部屋に行きたいです!」
「もちろんいいわよ」
一つの大きい扉の前で二人は止まる。そばにいた門番がその扉をゆっくりと開けた。
公女は部屋の中のソファに座り、近くの侍女に紅茶を頼んでいる。
「わぁ!綺麗なお茶ですね!」
「ふふ、このお茶はね、この国と名産品なのよ」
公女は碧い紅茶をアリアの前に出す。
「アリアの為に買ったのよ」
「本当ですか!?ありがとうございます!!」
きらきらと目を輝かせてアリアは笑う。
「アリアの瞳の色に似ていると思わない?」
「でもこの紅茶の方がもっともっと綺麗です!」
「あら、誰に似たのかしら?謙虚ね」
少し楽しそうに公女は笑う。
それに構う様にアリアは笑った。
「このお菓子もアリアが好きそうなものを選んだのよ」
「ありがとうございます!お母様!」
あぁ、なんて楽しそうな親娘なんでしょう?
くすくす、と誰かが笑った。
まるで馬鹿にするように。
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