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神奈川県 海上自衛隊 横須賀基地
「あー…だっる…」
「結衣もそんなこと言わないの〜!」
面倒くさそうに立つ私を見てお母さんは背中を押すかのように声をかける。今日は弟の優心が興味を持っている自衛隊の体験航海に参加するために横須賀までやってきた。
「ねぇ!もう少しで護衛艦に乗れるの!? 」
「そうよ〜。でもちょっと人が多いかな〜」
目を輝かせお母さんに尋ねる優心を観て私は呆れる。なぜあんな人を殺す兵器を見て笑顔になれるのかさっぱり分からなかった。せっかくの夏休みがこんな事で1日潰れると思うと気分が落ちる。
「はぁ…LINEでもしよ…」
私は気分を上げるためにスマートフォンをカバンから出しLINEを開く。グループLINEを開き適当なメッセージを打ち、送信する。しかし、今は夏休み真っ只中。5分たっても既読は到底つかない。
「みんな旅行行くって言ってたっけ…そりゃ既読もつかないか…」
そうこうしている内に、列は順調に進んでいく。さっきまで小さく見えていた自衛隊の船が近づくにつれ大きくなっていく。
「うぉ!護衛艦”もがみ”!」
「もがみ…?何それ?」
「姉ちゃん知らないの?もがみだよ!もがみ!」
「知らないよ…」
嫌そうな態度を取る私に構いもせず優心は言葉を並べ続ける。
「もがみは海上自衛隊の最新鋭の護衛艦で多様な任務を得意とする船で、護衛艦なのにステルス性能も高いんだよ!」
「へ、へぇ〜…」
優心の自衛隊の話は毎日飽きるほど聞いているが、今日の優心は一段と目を輝かせハキハキ喋っている。次から次へと私には到底分からない言葉が優心の口から出てくる。
「君〜よく知ってるね!」
近くを通りかかっていた海上自衛官の男性が優心の話を聞いて列に近ずいてくる。自衛官の男性はとても嬉しそうな笑みを浮かべて私の隣にいた優心に顔を合わせる。
「君…もしかして自衛隊好きなの?」
「はい!特に海上自衛隊は大好きです!」
優心の元気な返事に自衛官の男性は一段と嬉しそうにしている。
「そっか〜!嬉しいな〜!もがみの体験航海…ぜひ楽しんで!」
「はい!ありがとうございます!」
自衛官の男性は優心に向かって軽く敬礼し走っていく。列はさらに順々に進んでいき、私達は船の右側に取り付けられた階段を登っていく。船に乗り込むための階段なのに、学校の2階へあがる階段くらいの長さがあった。私が船の甲板に乗る時には、完全に息を切らしていた。
「はぁ……はぁ……」
「うわぁ!もがみの甲板だ!すげぇ!」
楽しそうにはしゃぐ優心を見て私は目を細める。
「はい、結衣。」
「あっ…ありがとう…」
お母さんが乗艦階段近くに置かれていた船のパンフレットを取り私に渡す。
「護衛艦…もがみ…」
私は息を取り戻しながらパンフレットを開き中を見つめる。もちろん、パンフレットの中に書かれた内容は私には微塵も分からない。私はパンフレットを折りカバンに入れ込む。甲板の上は、真夏の少し暑い日差しが照りジメジメしている。
「うぅ…暑っつ…」
船の上は海の上で涼しいだろうと予想していた私が馬鹿だった。船の上には日陰になる物はほとんどなく、直射日光が照り続けている。すると、私の隣を1人の自衛官が走っていき甲板の中央に立ちメガホンを使って周囲の人達に呼びかける。
「乗艦された皆さんにお知らせいたします!まもなく出港したします!チェーンから船外に顔や手を出さないようにお願いいたします!小さなお子さんから目を離さないようにお願いいたします!」
自衛官が呼びかけたのと同時に、船体が少し小刻みに揺れ出す。 私は数秒もしない間にエンジンが動き出したのだと認識する。 これから帰る事のできない海に出ると思うと、私はさらに気分が落ちていくのであった。