モール内を並んで歩きながら、
「そういえば、こういうところには来たことがあるんですか?」
ふと彼に尋ねてみた。
「ないな」
返った一言に、「本当ですか?」と、目を丸くする。興味ありきで訊いてはみたけれど、まさか実際にないとも思わなかった。
「ああ、入り用な物はだいたい家政婦や執事が買い揃えてくれていたんで、私自身が買い物に出るようなこともあまりな……」
どこまでも浮世離れしたような話に、目だけではなく、口までがぽかんと開く。
「家政婦に執事まで、いらしたんですね」
「ああ母は早くに亡くなり、父はいつも忙しい身だったんで……」
「そう、ですよね……」
どこか寂しげにも聞こえる彼の言葉に応えて、
「では今日は、私が親御さん代わりに、なんでも買ってあげますから」
慰めるようなつもりでそう請け負ったのだけれど、彼にふっと小さく吹き出されてしまった。
「いや、親代わりではなくていい。それにもう私は子供ではないから、なんでも買ってくれなくても」
握った拳を口元に当てククッと笑う彼に、自分の言ったことが急に恥ずかしくなってうつむくと、
「だが、ありがとう。それと親ではなく彼女として、今日は私と過ごしてくれないか」
ふわりとソフトな笑顔が向けられて、一気にボッと体温が上がったのは言うまでもなかった。
まずはどこに行こうかと考えていると、視界の端にメンズのアパレルショップが入って、「そうだ」と思いついたことがあった。
「私が、貴仁さんの服をコーディネートしてみてもいいですか?」
「私の服を?」
彼から聞き返され、「はい」と頷く。──初めて会った時には、お休みの日なのにも関わらずスーツを着ていて、怪訝に思い理由を尋ねたら、『休日に、スーツはおかしいのか?』と、彼から切り返されて、それがなんだか憮然としているようにも感じられたんだったよね……。
今なら、彼はただ本当にそれが好ましいのかどうかを知り得なくて、素で訊いてきたことが理解できた。
出会った頃を思い出して、私がクスッと笑うと、
「何を笑っていて?」
不思議そうに、彼に問いかけられた。
「ちょっと初めての顔合わせが思い出されて」
「ああ……あの時は、まずかったな……本当に、いろいろと」
低く口にすると、彼が決まり悪そうに顔を片手で覆い隠した。
「いいえもう、構わないので。ただ、そういうあなたが、今は……好きだなって……」
正直に思っていた気持ちを伝えると、覆われた指の間から覗く彼の目の縁が、仄かに赤く染まるのが見えた。
「……照れる、な」
ぼそりと呟く声に、はからずも胸がキュンとして、
「さ、行きましょうか、休日ファッションを開拓しに」
自身の気恥ずかしさを抑えるため、そそくさと彼の手を引いてお店の中ヘと入った。
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