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俺と双子たちは、あまりメールや電話で連絡を取り合ったりしない。もちろんアドレスも電話番号も知ってはいるが、普段からよく行き来しているから、特に必要性を感じていなかった。それなのに、その日は珍しく詩乃から電話があって、驚いた。
俺はその時、外出中だった。おかげですぐに電話に出ることができなかった。詩乃の電話なら何を置いても出たかったのにと悔しく思いながら、折り返しかけようとし、すぐに思い直す。
藤川家は俺の家の近所だ。寄り道して直接聞いた方が早いかもしれない。それに、詩乃が家にいて会えればラッキーだ。もしも留守だったら、電話してみるか、出直してみればいいだけだ。そもそも、もし急な用事であれば、時間をおかずにまたかけて来るに違いない。
しかし、俺が出先から藤川家へ向かうまでの間に、詩乃から電話がかかってくることはなく、そうこうしているうちに、俺は双子の家の前に着いた。早速玄関に向かおうとして、俺の足は止まった。
なぜなら、ドアを開け放った玄関前に、双子の母親と男が立っていたからだ。
あの男はいったい誰なのかと怪しみながら、俺は再び足を踏み出した。双子の母と、その向こうに見えた柚乃と詩乃に声をかける。
「こんにちは!皆で玄関先で何やってんの?」
振り返った双子の母は俺を見てにっこりと笑い、客をお茶に誘っていたところだったと言った。
客と言うのはこの男のことらしい。ややうつむき加減の男の顔を見て、それが戸崎であることに気がついた。なぜここにいるのだろうと不思議に思いながら、俺は彼に簡単に挨拶した。
俺と彼も知り合いらしいと知った双子の母は、一緒にお茶を飲んで行かないかと、俺のことをも誘う。
もともと、電話の用件が何だったのかを詩乃に聞くために立ち寄ったのだが、その後に何か用事があるわけでもないから断る理由もない。
「お邪魔しようかな」
俺がお茶の誘いに乗ることに決めたからか、それまでどうしようかと迷う様子を見せていた戸崎もまた、俺の後に続いて靴を脱ぎ、上がり框に足をかけた。
「お母さん、先に行って、グラスとか、用意しておくわね」
双子の母がキッチンに行ってしまってから、俺はもともとの用件を思い出し、詩乃に電話の内容を訊ねた。
柚乃が焼いたパンケーキを食べないかという誘いだったのだと、詩乃は言う。
「柚乃が作ったのに、詩乃が電話をかけてきたんだ?」
単純に疑問に思ったことを口に出した俺に、柚乃は意味ありげに笑う。
その含み笑いから、俺はすぐに柚乃の魂胆を察して苦笑した。それはそれでありがたいのだが、詩乃の電話は自分の意思によるものではないことを知って、ほんの少しがっかりする。相変わらず俺と詩乃が少しでも多く接点を持つようにと、柚乃は気を回してくれているようだが、まさか今日のパンケーキも、俺を家に呼ぶための口実として焼いたわけではないだろうなと、考えすぎだとは思うが一応訊いてみる。
「でも、なんでまた、この暑い日にパンケーキ?」
「秋に学祭があるから、ぼちぼちその試作をね」
柚乃がいくら協力的とはいえ、さすがにそれはなかったかと、俺はご都合主義的な想像をしたことを恥じた。
俺と柚乃の会話に、戸崎は興味を引かれたようだ。
「藤川さんって、お菓子作りとか、そういうの得意なの?」
柚乃はそれに対して、一応、などと言って曖昧に答えた。
彼女の菓子は、謙遜する必要がないほどうまいと、俺は思っている。だから素直な気持ちで、なかなか上手なのだと褒めたのだが、柚乃はくすぐったそうな顔をして、そそくさと戸崎の先に立ってリビングの方へと行ってしまった。
普段であれば、彼女とは、人前で恥ずかしいこと言わないでよ、だとか、碧斗が私を褒めるなんて珍しい、だとか、そんな掛け合いがあるのだが、珍しくそれがない。さすがに客の前では大人しくしているのだな、と妙な感心をしながら、俺は二人の後に着いて行こうとした。
しかし、ふと、詩乃の表情が翳っていることに気がついた。
また何かおかしなことを言ってしまったのだろうかと、俺はやや焦った。自分の言葉を振り返ってみたが、特には思い当たらない。
「詩乃、どうした?」
俺に声をかけられて、詩乃ははっとしたように顔を上げた。すぐに笑みを浮かべて俺を促す。
「私たちも行こう」
「あ、あぁ」
それ以上は訊ねることができない雰囲気だったが、詩乃の様子はいつも通りに見えた。
俺はそこに多少の違和感を覚えながら、彼女の後に着いて行った。
リビングとダイニング、そしてキッチンがひと続きのワンフロアで、戸崎はダイニングテーブルの椅子に、落ち着かなげに座っていた。
「碧斗も座ってて」
詩乃に言われて、どこに座ろうか迷った末、戸崎の隣に座った。
しばらくして、柚乃が三人分のパンケーキを、詩乃が五人分のお茶を運んできた。
「あれ?柚乃と詩乃の分は?」
「私たちはさっき食べたから」
柚乃は答えながらいわゆるお誕生日席に座った。やや緊張した面持ちで、俺たちにパンケーキを勧める。
「どうぞ、食べてみて。詩乃が美味しいって言ってくれたから、きっと美味しいはずだけど」
「なんだよ、それ。そう言われたら、『うまい』って言わないとだめみたいじゃないか」
俺にからかうように言われて、柚乃の表情がふっと和らいだ。
俺も詩乃も、双子の母も、当然日頃から柚乃が作ったものを口にしている。そしてそれは毎回間違いなくうまい。だから、今さら緊張する必要もないはずだ。と、ここまで考え、あぁそうか、と気づき、納得する。今日は、柚乃の菓子を初めて食べる戸崎がいる。だから緊張しているのだ。
しかし柚乃の心配は不要だったようだ。俺たちはもちろんだが、戸崎はひどく感動したように、美味しいを連発していた。
食べ終えて、お茶も飲みほしたところで、帰ることにした。空いたグラスと皿を手に立ち上がろうとしたが、詩乃にそっと止められた。
「碧斗、そのままにしておいていいよ」
「いや、自分の分くらいは片づけるよ」
詩乃に言ってから、気づく。皆で話していた今のこの間、俺は詩乃が話す声を今以外に聞いただろうか。
キッチンに向かいながら、俺はさらにその間の詩乃の様子を思い出そうとした。その結果、もう一つ気づいてしまう。
詩乃はずっと微笑んでいた。けれど、それはどこか強張っていて、いつもの詩乃らしい柔らかさがなかった。
皆がいる場に戻り、俺は改めて詩乃を見た。
今は柚乃と戸崎、そして双子の母が賑やかに話しているところだったが、詩乃はやっぱり微笑みながら三人の会話に耳を傾けていた。
けれど、その瞳が切なげに見えて、俺は落ち着かなくなる。
そう言えば、柚乃と戸崎が先に行ってしまった後の玄関先で、詩乃は表情を曇らせていた。
その時と言い、今と言い、もしかしてという不安が、俺の中にじわじわと湧いて出て来た。
戸崎と初めて会った時のことを思い出すと、あの時すでにその予兆はあったのかもしれない。詩乃が彼に対して特別な気持ちを抱いているように感じたのは、恐らく俺の思い過ごしなんかじゃなかった。