ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。年が明けて春となり、私も二十歳に、レイミも十八歳になりました。お母様の生還と言う大きなイベントがありましたが、暁は相も変わらず組織拡大に邁進しています。 フェルーシア主導の下、東部閥による攻撃を覚悟して南部閥を無理矢理巻き込む防衛計画を策定して大戦に備えていましたが、内戦の勃発によって少なくとも内戦終結までは大規模な攻撃が行われる可能性は少ないと判断。
もちろん備えを疎かにするつもりはありませんが、これを機に更なる勢力拡大を目指すことにしました。そして目を付けたのが八番街です。
この工業地帯を手に入れればシェルドハーフェンに於ける物資生産力の大半を手中に収めることが出来ますし、シェルドハーフェン内の物流を牛耳ることも出来るようになります。圧倒的な資金力を誇るカイザーバンクとて、無視は出来ないくらいの大連合が登場することになりますからね。あのセダール総裁の慌てる顔が目に浮かびます。
もちろん最初は穏便な手段で八番街の取り込みを図りましたが、どうやら工業王は私の事が気に入らない様子。それだけならば問題はありませんが、私の大切なものに手を出そうとしました。つまり、敵ですね。敵ならば完膚無く完全に殲滅する必要があります。裏社会で共存共栄は難しいですね。
工業王との抗争を繰り広げるに辺り、オータムリゾート、海狼の牙に連絡。いつものようにサリアさんは不干渉を表明しましたが、お義姉様は興味を示してくれました。おそらくレイミが動いてくれたのでしょう。七番街、十六番街の統治も順調みたいですし、オータムリゾートからの支援を期待できるのは有り難いです。
また工業地帯だけあって大勢の労働者が集まる場所なので娼館もたくさんあります。花園の妖精達のティアーナさんも情報面で協力してくれることになりました。こちらは交渉を請け負ってくれたシスターに感謝です。
それから数日後、シェルドハーフェン周辺の警戒と監視を請け負ってくれているリナさんから興味深い報告が上がってきました。
「輸送隊、ですか」
「はい、代表。定期的に、それも夜間に数台の馬車による輸送隊が密かに八番街から出発。入れ替わるように別の輸送隊が八番街へ入っています」
「ふむ、輸送隊の行き先は分かりますか?」
「北東の方角にある大きな街です」
「ここから北東にある街と言えばサウスブルク、南部閥の領都ね」
教えてくれたのは同席していたマーサさんです。
サウスブルクは南部閥の盟主ワイアット公爵家の本拠地であり、帝国最大の鉱山都市です。帝国南部には優良な鉱山が集中しており、南部の貴族達はそれらの収入によって栄えてきた歴史があります。産出される鉱物資源は海路で帝国各地へ運ばれます。それ故にシェルドハーフェンが港町として栄えたのです。
サウスブルクは特に多くの鉱山が集中した場所であり、鉱夫達と彼等を目当てに商人が集まり巨大な都市として発展してきました。まさに南部閥の心臓部です。
そして出入りしている輸送隊の行き先は工業地帯である八番街。工業製品の原材料を搬入していると考えて間違いは無いでしょう。なのに何故夜にコソコソ動くのか。
それは帝国が定めた資源管理法が原因でしょう。全ての地下資源は帝国の管理下にあり、勝手に売買することを禁じています。もちろん有名無実化していますが、だからといって堂々と法を破れば他の貴族が付け入る隙を与えるようなもの。
となれば、コソコソ動くのも道理です。基本的に帝国は街以外は魔物が闊歩しているので、危険な夜間に出歩くような人間はほとんど居ません。
リナさん達猟兵は数少ない例外ですし、何より私達はこれまでの戦いでシェルドハーフェン周辺の魔物が激減していることを知っていますからね。
「サウスブルク……ワイアット公爵家が知らぬとは思えませんね?」
「ええ、間違いなく悪いことをしているわね」
「その事が露見すれば、ワイアット公爵家にも少なからず影響が出ますよね?」
「間違いなく出るわね。コソコソやっているんだから、何としても隠したいのでしょうから」
「内戦の真っ最中に私腹を肥やしていたとなれば、他の派閥からの攻撃は避けられませんよね?」
「今の立場が危うくなるわね」
ふふふっ、マーサさんが悪い顔をしています。
「貴女もですよ、シャーリィ」
シスターに指摘されて自分の顔を触ると、確かに笑顔を浮かべていました。
「リナさん、引き続き監視を行ってください。場合によっては積み荷の確保を要請するかもしれません」
「分かりました、代表。指示に備えます」
「マーサさん、八番街からサウスブルクへ流れる物品の調査をお願いしたいのですが」
「少し時間を貰うわよ?」
「構いません。セレスティン」
「ここに」
「ガウェイン辺境伯に書状を送ってください。近々お会いしたいと」
「御意のままに」
ガウェイン辺境伯は南部閥の重鎮、下手につついて彼等まで巻き込みたくはありません。まあ、辺境伯ならば上手く立ち回るでしょう。
「ばあや」
「はい、お嬢様」
「エーリカと一緒にドレスを仕立ててください。動きやすさを最優先に、後は任せます」
「では可愛らしいものを御用意致しますね」
「二十歳なので可愛らしいものはちょっと」
「まあまあ、ご心配なく。お嬢様ならばまだまだ似合います」
まあ小柄故に二十歳には見えない私ですが。さて、最後に。
「お母様」
私の呼び掛けで、部屋の隅で剣を眺めていたお母様が視線をこちらへ向けてくれました。
「ガウェイン辺境伯を覚えていらっしゃいますか?」
「忘れるわけがないわ」
「ならば、私と一緒にお会いしていただきたいのですが」
「この傷物をわざわざ会わせる必要があるのかしら?」
「お母様はまだまだお美しいですよ。それよりも大事なのは、お母様の生存を辺境伯にお伝えすることです」
「……狙いは第三皇子殿下かしら?」
「流石はお母様、ご賢察です」
「昔から貴女達も懐いていたからね、分かるわよ。今も懇意なのかしら」
「お兄様は変わらず気に掛けてくださいますよ」
「そう……何なら結婚する?」
「お兄様が困ってしまいますよ。それに、私にはルイが居ますから」
「あの子ね。なぁんか見覚えがあるのよねぇ」
「そうなのですか?」
「まっ、思い出したら教えてあげるわ」
ふむ、ルイに見覚えがあると。気にはなりますが、お母様の言うように思い出すのを待つとしますか。
それより今は楽しい楽しい謀略の時間です。