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第一章 引っ越し
駅から十五分ほど歩いた住宅街の端に、そのアパートは建っていた。二階建ての木造、くすんだ外壁に、ところどころ剥げかけたペンキ。
「古いな……けど、まあ、住めればいいか。」
佐藤悠真は、そう呟いて鍵を差し込んだ。
部屋は六畳一間に小さな台所。窓から見えるのは、隣家の壁だけで景色らしいものはない。だが、家賃は相場の半分以下。多少の不便には目をつむるしかなかった。
荷物を置き、雑にカーテンを吊るし終えたときには、もう外は暗くなっていた。街灯の明かりが心許なく差し込むだけで、室内は思いのほか静かだ。
その静けさの中――ふと、壁の奥から音がした。
カサ……カサ……
悠真は耳を澄ませた。虫か、あるいはネズミだろう。古い建物なのだから、多少の物音があっても不思議ではない。
そう思い直し、布団に潜り込む。
だが、音は止まらなかった。
カサ……カサ……カサ……
規則的に、まるで何かが呼吸をしているかのように。
悠真は毛布を頭まで引き上げた。
――気のせいだ。疲れているだけだ。
そう言い聞かせながら目を閉じたが、耳の奥ではなお、壁の向こうの“気配”が生きているように感じられた。