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第2話「正義の言葉,無自覚な罪」
次の日の朝。
私はパトカーの運転席で,すでに悟っていた。
開始予定から1時間20分。
遅刻というより,もはや待機訓練だ。
時計を見るのをやめた,その瞬間。
「おはよ」
気の抜けた声と一緒に,助手席のドアが開く。
中野 隼人。
眠そうな顔で座り…,
シートベルトを締める前に,背もたれを倒した。
「……」
五秒。
完全に寝たな。これは…。
私はゆっくりと振り返る。
「……なるほど」
ここで怒鳴るのは違う。
言葉もいらない。
私は静かに身を乗り出し
中野の手首を取った。
「……ん?」
半分寝た声。
次の瞬間。
クイっと体勢を崩して, 助手席側に転がす。
シートに落ちる音。
「…痛った…え。何?」
「起床確認」
即答。
「柔道経験者の合法的な方法よ」
中野は目を瞬かせてから,吹き出した。
「朝から投げられるとは思わんかった」
「1時間以上待たせた結果ね」
「それは反省してる」
彼はシートに座り直し,天井を見る。
「被害者の人,事件終わっても
怖がっててさ」
「聞いたわ」
「「大丈夫です」って言っても
全然落ち着かんくて」
その声が,少しだけ真面目になる。
「「俺が守りますんで安心してください」って言ったんよ」
私はハンドルを握ったまま, 少しだけ眉を動かした。
「……それで?」
「やっと泣き止んだ」
それだけ。
誇らしげでもなく,照れもなく。
「……そう」
それ以上,言うことはなかった。
優しすぎる。
無自覚で,一直線で,距離感が壊れている。
「…それ,誰にでも言ってるの?」
「仕事やし」
即答。
私はエンジンをかけた。
「今度即寝したら…今のは準備運動よ」
「次は?」
「ちゃんと投げる」
「怖」
「受け身,練習しておきなさい」
パトカーが静かに走り出す。
この人は,気づかない。
言葉一つで,人の心を守ったり”奪ったり”していることを。
それが,どれだけ危険かを。
私は前を向いたまま,思う。
……次は,投げる前に忠告しよう。
それが相棒としての情けだ。…
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