テラーノベル
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ゆうき あきや
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第31話:青天の霹靂、あるいは処刑宣告
「……おい、お前ら。なんか……すげえ所から、メールが来たんだけど」
限界みそラーメンのダンボールに囲まれた四畳半の要塞。
新調したばかりのデュアルモニターの右端に表示された、一通のメール通知。
その差出人『株式会社スターダスト・プロダクション』という文字を読み上げた瞬間、俺の配信のチャット欄は、一瞬の不気味な静寂のあと、過去最大の速度でバグったように流れ始めた。
『は?』
『スタプロ!?』
『嘘だろwww』
『おい、スタプロって企業勢トップの箱じゃねえか!!』
『アリスのところじゃん!』
『おっさん、ついに企業から目ぇつけられたぞ!』
『終わりの始まり』
弾幕のように押し寄せるコメント。
普通ならここで、俺の化石のようなポンコツPCは悲鳴を上げてブルースクリーンになっていただろう。
だが、三十万円(経費)をつぎ込んだ最新鋭のゲーミングPCは、四万人の怒涛のコメントを、皮肉なほどヌルヌルと滑らかに処理し続けていた。
「ま、待て。落ち着け俺。こういうのは大抵、新手のスパムメールか詐欺だ。アマゾンの未払い料金がどうのこうのってやつと同じ手口に決まってる」
俺は震える手でマウスを握り、恐る恐るそのメールを開封した。
頼む、日本語がおかしい中華系のスパムであってくれ。そう祈りながら本文に目を落とす。
『ルシフェル様
突然のご連絡、失礼いたします。
株式会社スターダスト・プロダクション、マネジメント担当の〇〇と申します。
平素よりルシフェル様の配信を拝見しております。
この度、弊社所属タレントである【星乃宮アリス】より、「ぜひルシフェル様と1対1でのコラボ配信をさせていただきたい」との強い希望があり、ご連絡を差し上げました』
「…………」
『えっ?』
『ガチじゃん!!』
『アリスから直指名!?』
『うおおおおおおお!!』
『おっさん出世したな!!』
『すげえええええええ!!』
「す、すげえじゃねえよ!! バカ!!」
俺は三万円のゲーミングチェアから飛び上がり、ダンボールの壁に背中を打ち付けた。
「コラボ!? あの星乃宮アリスと!? 登録者数百万人超えの、業界の頂点に君臨するスーパーアイドル様だぞ!? なんで四十歳の、元ナマポの、ラーメンの汁すすりながら税金に怯えてるおっさんとコラボしたがるんだよ!! 狂ってんのかスタプロの運営は!!」
パニックに陥り、頭を抱えて喚き散らす俺。
星乃宮アリス。
俺がVTuberを始めたばかりの底辺時代、彼女に見つかって『限界ASMR人生相談コラボ』という地獄を味わわされたことが、すべてのバズりの始まりだった。
隣のガテン系お兄さんの「壁ドン」に怯えながら、ボソボソと四十歳の悲惨な人生を語るだけの配信が、なぜか彼女のツボに激ハマりし、何万人ものリスナーに俺の存在が知れ渡ってしまったのだ。
だが、あれはあくまで当人同士のX(旧Twitter)のDMで突発的に決まった、「非公式のゲリラコラボ」に過ぎない。
まさか今回、大企業である彼女の所属事務所を通した『完全なる公式』の、しかもサシでのコラボのオファーが来るなんて、青天の霹靂にもほどがある。
『恩返しコラボじゃん!』
『ついに公式でご対面か胸熱だな』
「胸熱なわけあるかァァ!! 処刑宣告だよこんなもん!!」
俺はカメラに向かって、血走った目で叫んだ。
「お前ら、分かってんのか!? 星乃宮アリスのファン……通称『アリス騎士団』は、VTuber界隈でも最強最悪の武闘派集団だぞ! 姫にすり寄る有象無象の男Vを、これまで何十人も炎上させて引退に追い込んできた狂犬の群れだ!!」
『あ……』
『確かに……』
『ゲリラならまだしも、公式のコラボとなると騎士団はおっさん相手でも容赦しないぞ』
『「うちの姫に気安く話しかけんな底辺」って焼かれる未来が見える』
『おっさん、火あぶりの刑確定ww』
チャット欄も、事の重大さに気づき始めた。
そうだ。純白のウェディングドレスのような衣装を纏った清楚系トップアイドルと、四畳半で借金と税金の話ばかりしている四十歳のド底辺おじさん。
水と油どころか、聖水と泥水である。並んだ瞬間、画面の向こうの何万人ものファンから一斉射撃を受けるのは火を見るより明らかだ。
「断る!! 俺は絶対に断るぞ!! 命あっての物種だ!!」
俺がそう宣言し、メールの『削除』ボタンにカーソルを合わせた瞬間だった。
『スパチャ:10,000円(逃げるな。大企業からのオファーを無下にしたら、業界干されるぞ)』
「ヒッ……!?」
『スパチャ:50,000円(企業勢トップからの依頼を蹴るインフルエンサーなんているの? 鈴木さんが泣くぞ)』
『相手はスタプロだぞ。ここで恩を売っとけば、一生安泰だろ』
『断ったら断ったで「うちの姫の誘いを蹴った」って騎士団に焼かれるぞ』
「詰んでるじゃねえか!!」
逃げても地獄、受けても地獄。
完全に外堀を埋められたことに気づき、俺の膝からガクンと力が抜けた。
「だ、だいたいな……! もし万が一、コラボが成功しちまったらどうなる!? 相手の同接は毎回十万人だぞ!? そんな連中が俺のチャンネルに流れ込んできたら、登録者数もスパチャも、今の比じゃないくらい爆増するだろうが!!」
俺の口から、魂の底からの、最も切実な叫びが飛び出した。
「お前ら、知ってんのか!? 個人事業主はな、売上が一千万円を超えたら、『消費税』っていう新たな魔王を納税しなきゃならなくなるんだぞ!!」
俺は、画面の向こうのリスナーたちに向かって、血の涙を流さんばかりの勢いで訴えかけた。
「今だって、所得税と住民税と国民健康保険料のトリプルコンボで、口座の残高を見るたびに胃液を吐き出してるんだ! これに消費税の申告まで加わったらどうなる!?」
「俺はまだ、経費の計算すらジェミニ先生に丸投げしてる赤ちゃんレベルなんだよ! これ以上一気に稼がせたら、俺の貧弱な脳ミソとメンタルがパンクして死ぬ!!!」
『wwwwwwwwww』
『そっちかよ!!!』
『アリス騎士団より税務署にビビる男』
『炎上よりインボイスと消費税が怖いVTuberwww』
『理由が底辺すぎて草』
『税金の壁(一千万円)を越える時が来たな』
チャット欄は、もはや大爆笑の渦に包まれていた。
炎上の恐怖すらも、来年の税金への恐怖が上回ってしまう。それが、一度でも「持たざる者」を経験した四十歳のおっさんの悲しい性(さが)だった。
「笑うな! 俺は真剣に命の危機を感じてるんだよ!」
とはいえ。
リスナーの言う通り、企業勢トップからの正式な依頼を、しかもかつて底辺時代に恩を受けた相手からの誘いを無下に断るわけにはいかない。そんな不義理を働けば、俺の僅かながらの良心すらも咎める。
「……あぁ、もう! クソッ! 破れかぶれだ! どうせいつかは年貢の納め時が来るんだよ!」
俺は半泣きになりながら、キーボードを叩き始めた。
元・ブラック企業のコールセンターや、数々の底辺バイトで培ってきた「へりくだるためのビジネススキル」を総動員し、最高に丁寧で、かつ卑屈な返信メールを爆速で作成していく。
『株式会社スターダスト・プロダクション
〇〇様
大変お世話になっております。ルシフェルです。
この度は、身に余る光栄なお誘いをいただき、誠にありがとうございます。
星乃宮アリス様には、活動初期のゲリラコラボの節から一方ならぬご恩を感じておりました。
私のような者でよろしければ、ぜひコラボレーションの末席に加えていただけますと幸いです――』
「送信、っと……! ああぁぁ、送っちまったぁぁ!!」
送信完了の画面を見た瞬間、俺は三十万円のゲーミングチェアの上で、限界みそラーメンのダンボールに囲まれながら、完全に燃え尽きた明日のジョーのようにうなだれた。
『おっさん、よく言った!』
『漢を見たぞ!』
『処刑台への切符購入おめでとう!』
『明日から毎日炎上対策の素振りしとけよww』
リスナーたちは祭りの始まりを予感して大盛り上がりだ。
かくして、四十歳の底辺個人事業主は、来年の破滅(納税額の爆増)と、社会的な死(大炎上)のリスクを両手に抱えたまま、VTuber界の頂点たるトップアイドルとの『公式サシコラボ』という名の処刑台へと歩みを進めることになったのである。
そして俺はこの時、まだ知らなかった。
事前の打ち合わせとして繋いだディスコードの通話で、あの「清楚系」で売っている星乃宮アリスが、想像を絶する『俺のガチ勢』であることを――。
コメント
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いやー、面白かった!ルシフェルさんの「消費税の魔王」発言で爆笑しちゃったよw 炎上より税務署が怖いって、底辺おじさんの悲哀が滲み出てて最高だった。でも最後のアリスさんの「俺のガチ勢」ってとこで終わったのが気になりすぎる!次話が待ちきれないわ🔥