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桜の花が堕ちるまで

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桜の花が堕ちるまで

25 - 桜の花が堕ちるまで 前編

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2025年07月28日

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side Y




いつも頑張っている署員たちに、もうすぐ給料を支払わなければならない。しかし、足りるはずのない警察金庫の札束を数えて、俺は頭を抱えていた。

(また、薬か盗品の宝石売らないとだな……。)

署長になってからというもの、俺は様々なことを実現してきた。特殊部隊の設立やランク制度の仕組み改善、新パトカーの導入等それなりに良い働きをしたと思う。しかし、給料底上げについては市に申請が必要だった。とはいえ、許可がおりるのを律儀に待っていては、いつまで経っても人手は増えないし署員のモチベも下がっていく一方だ。牢屋対応が出来なくても額は保証され、ランクを上げた努力に応じてボーナスもある制度なんて、早く実行するに限る。そう思い立った俺は、市に申請は送りつつも独断で給料の底上げを実施した。


[給料底上げは認められず、そのための警察への予算配分はない。]


後日、市からはなんとも厳しい通達があった。その書面を見た時、ショックに思うと同時に警察がこんな扱いを受けていいのかという怒りもあった。このままでは前と変わらず、乏しい給料で皆の身を削らせてしまう。辛い思いをさせたくないのはもちろんだが、この制度の中止を打ち明ける勇気が、俺にはなかった。給料を沢山貰った署員たちの笑顔、嬉しそうな声が脳裏に浮かぶ。

(そんな無慈悲なこと俺には出来ない……。)

しかしその弱さが、今自分の手を汚しているなんて知る由もなかった。








いつもは、ほぼ全員が退勤した深夜にやるのだが、大型犯罪を対応してる合間に行くのはまずかっただろうか。毎回バレずに事を終えられていても、未だに慣れずしばらく心が落ち着かない。何もかもを元に戻し、ぼーっと帰り道を走っていると、ある飲食店が目に止まった。なんとなく寄るか、と近くに私用ガレージがあることを確認し、乗っていた盗難車は人気のない所でインパウンドする。

(いや証拠消すのに必死すぎか?俺。)

そんな軽口が自責に感じてしまうほど、らしくない自分が出てきてしまったが、構わず歩き出した。ドアを開ければ、洒落たBGMと楽しげな笑い声が聞こえてくる。それらは、警察署長としての自覚、俺が守るべきものを再確認するには充分すぎた。そして、深呼吸をしてからカウンターに行き、店員に飯と飲み物をそれぞれ50ずつ注文する。

(皆買う時間ないだろうし…な。)

罪滅ぼしのつもりなんてないが、注文したものを待っている今、自ずと罪悪感が顔を出してくる。それが表に出切ってしまわないよう、俺は急いでトイレに駆け込んだ。血で汚れている訳ではない、綺麗だったはずのその手を必死に洗い続ける。擦っても擦ってもこの汚れが落ちることはなく、もう後に戻れないことを思い知る。真っ赤になった手を見て我に返り、俺は急いで蛇口を閉めた。乱れた呼吸をゆっくり整え顔を上げる。

(前の署にいた時よりも酷い顔だな…。)

鏡に映った隈をなぞり、これ以上見ていられない、とトイレを後にした。








(カスタム代…。何大口叩いてんだ俺はぁぁ!)

給料を支払いきるために汚職していた訳だが、急遽追加の経費が必要になった。日を延ばすことなんていくらでも出来たはずなのに、俺と言うやつはレダーさん相手に見栄を張ってしまった。押収した薬や宝石はこの前ので切らしてしまっている。切符をきるなり小型を回りまくったところで、十数万稼ぐのが限界だろう。

(アーマーの横領……か?)

ギャングたちの頭を悩ませる物資の枯渇は、警察ではあまり起こり得ないことだった。なぜなら、クラフトをせずとも最低限のものは署内で仕入れられるからである。特にアーマーはクラフトが大変で、購入してしまう方が手っ取り早い。つまり、署内で購入したアーマーを匿名でギャングに高値で売りつければ、効率よく稼げるという訳だ。しかし、自業自得としか思えない汚職を続けると、流石に俺の身体が堪える。

(こんなこと考えてる暇あったら、皆に本当のこと言えって話だよな。)

秒針が規則正しく鳴る署長室、偽り続けることに慣れてしまった自分が、酷く惨めに思えた。








「成瀬さん、入りますよ。」

「はい、どうぞ〜。」


意外な人物が署長室に訪ねてきて、俺は動揺しつつも重大なことを悟った。

(この感じ、まさかシリアス……!?)

俺のシリアス拒絶反応が治まらないまま、相手はそっちのけで本題を話し始めた。最近巷では、俺の良くない噂が流れている。その内容はどれも俺の汚職に関することだった。どうせデマだ、と気にせずにいられたらどれほど楽だったか。もちろん中には嘘も混じっている訳だが、汚職していることが事実な以上一括で否定することは俺に出来ない。こいつはその赤い所を、俺の弱さを何故か知っていた。前々から敵意を感じてはいたが、距離を置くことで何もしてこないと油断していた。それが今になって膨れ上がり、矛先を向けてきている。


「目的は何なんですか?ここまでしてアタシを追い詰めて。」

「追い詰めるなんて人聞きの悪い。事実しか言ってませんし、このままではあなたの守っているものが危ないんですよ?」

「あ〜、何を守ってると思います?ちなみに。」

「ここまで来て口プしようとしてます?…まぁ、大切にしている仲間の未来とでも言いましょうか。簡単に壊れてしまいますよ、あなたの弱さのせいで。」

「……。」


何も言えなかった。とはいえ、こいつが望むものは何となく理解出来た。署長という役職は、直々に指名をする(手続きをする)か、殉職した場合でないと変えられない。つまり、こいつは仲間の未来を対価に署長の座を譲れ、と要求してきている。もちろん、言われなくても差し出していたが、警察署を託す相手がどうにも気に食わない。

(これ以上、皆には迷惑かけたくないし、後戻りも出来ないしな……。)

そう、俺にはもう意見出来る権限なんてない。汚名が知れ渡った街に顔向け出来ないだけでなく、署員にも迷惑をかけるのは目に見えている。署長の座に未練なんて、自分の積み上げてきた努力なんて、この時は振り返る暇もなかった。その後は、言われた通りの内容で辞表を書き、手錠やテーザー銃、警察手帳等をダンボールに詰めていく。


「もしあなたの命を奪ったら、大切なお仲間さんたちはどれくらい血相変えて来るんですかね。あ〜怖い怖い、我ながらいい判断をしました。」

「……署長があなたになって、皆納得するんですかね?」

「あなたみたいな偽善者に言われたくないですが、そんなの従わせるまでですよ。」


(レダーさんが少し苦手って言ってた理由、何となく分かったな。)

憎い俺が大人しいからか、空港までの道のりは凄く饒舌だった。こいつの語るギャングとの友情物語は、今までの答え合わせみたいなものだった。選択を後悔させたいのか知らないが、生憎もうこの街に対する慈愛はない。投げやりと思われても仕方ないが、そう思わざるを得ないほどこの時の俺は人間不信に陥っていた。もう、全てに疲れていたのだ。



用意された飛行機のチケットは、ご丁寧に形跡が辿れないようになっている。連絡手段のあるものはどれも持って行けず、皆に別れを言うことすら許されなかった。因果応報と言われても仕方のないことだが、流石に寂しい。しかし不覚にも、彼奴らにはまた会えるような気がした。仲間と認め、これからも信じたいと思う彼奴らなら。












Q. 堕ちてもなお、桜は咲けるだろうか。


桜の花が堕ちるまで

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