コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
10 ◇姫苺の留飲を下げた話
「チチチ」
私は人差し指を左右に振り答えた。
「あんなクソ女の恋が叶うはずないわよぉ~」
「 姫苺 が同性に対してそんな酷い表現するの初めてだね?」
それはね、もう私にとってあなたが大切な存在じゃなくなったせいよ。
だってあなたにどんな人間だと思われようとも平気だからね。
取り繕う理由がなくなったんだよぉ~。
可愛い妻、やさしい女性は止めたっ。
どんなに幻滅されても平気っ。ヘンッ!
私は夫の感想を華麗にスルーして話を続けた。
「マリリンのことを好きだっていう吉田の気持ちなんて当初全然知らなくて。
たまたまその日はねマリリンに頼まれてたことがあって一緒に帰る約束してたの。
私が通ってた高校ではカップルはみんな帰り一緒に帰る子たちが多くて
私とマリリンのように付き合ってないのに一緒に帰るっていうのは
珍しいことだったんだけど。
まぁ、仲は良かったからカップルと勘違いしてる子たちもいたかも
しれないけど、クラスメイトはみんな分かってた……みたいな?
私、職員室まで来るようにって担任から呼ばれてて、マリリンに待ってて
もらってたのね。
それで先生からの用事を済ませて教室に帰ってきたら
じゃじゃじゃじゃぁ~~ン、吉田がマリリンに何か話しかけてんの。
おぉ性格の悪い奴来てるじゃんって感じで、吉田から見えない位置で
聞き耳立てた。
何やらひとしきりしゃべり続けて、最後に『どこかへ行かない?』
とかってデートのお誘いしてた。
はいぃ~マリリン速攻お断りしたよ」
『おっ、サンキュ。けど俺その日都合悪いんだよね。ごめん』
ンで、すぐに私の姿を視界に入れたマリリンが私に声かけてきて
『おぉ~、斎藤終わった? 帰ろうぜっ』って。
「マリリンが私の名前出した途端、吉田が私のほうを振り向いたけど
私は今来た振りで、『遅くなってごめん……おまたぁ~っ』
て、マリリンに親し気に返事して、吉田には一切見向きもせずに
教室からささっと出たの。
中学の時に意地悪されてたからね、可愛そうなんて微塵も思わなかったなぁ~。
ただ思ったのは、天罰ってあるんだなって。ふふっ」
「何が可笑しんだい?」
「たぶん、吉田は自分だからっていうか、自分に女子としての魅力が
ないから断られたと思ったんじゃないかなぁ~」
「えっ? そうじゃないの?」
「どうだろう、私はマリリンじゃないけど一つ言えるのは
吉田であっても私であっても、どんなに最高の女性が現れても
マリリンからは断られる運命なんだ。
マリリンは女子とは付き合わないからね」
「……。あーっ、もしかして女性のこと好きになれない人?」
「ピンポぉ~ン♪ まぁ、こんなので復讐にもなってないかもしれないけど……。
吉田が真実を知らないままマリリンを私に取られたと少しでも
解釈してたならまっ、私的には何もしてないけど溜飲下がったかなって感じ?
よく考えたら武勇伝って言うより、溜飲下げた伝かな。
こんな言葉ないけど」
「そっか、その吉田さんって子はきっと当時勘違いしてたろうね。
なら、姫苺その吉田さんって子に恨まれたかもなぁ~」
「きゃっ、不吉なこと言わないでよぉ~、冬也」プンスカ
ひとしきり、武勇伝というより溜飲下げたという話をした後で
この土・日のことはいつ言い出そうかなぁ、とぼんやり考えていた。
私が話し出す前に冬也が口火を切った。
「あぁあのさ、明日はちょっと出かけるんだけど……」
「私も母の体調がよくないみたいだから久しぶりに実家へ帰ろうと思ってたの。
ちょうど良かったね」
「あぁそうだな。ゆっくりしてくるといいよ」
「うん、泊まってくるわ」
片方が出かけるのなら家にいる意味もないし、私にとっても
ちょうど都合がよかったわけなんだけど、冬也はどこへ出かけるのだろう。
興信所のスタッフに連絡入れようかどうしようか、そんなことに
心囚われながらその夜私は入浴した。
◇ ◇ ◇ ◇
邪な気持ちがあるなら、居酒屋とか雰囲気重視でゆったりと寛げるバーなどにでも
誘うのだが、俺は僅かに残っていたスケベ心を完全にシャットアウトして、篠原の相談
したいことがあるという連絡に、明るい時間帯でのファミレスを指定した。
昨夜の姫苺の溜飲を下げたという話が、胸のどこかに引っ掛かっていたせいもある。
果たしてあれはただの過去話だったのか?
浮気とかのキーワードが出て来るような話じゃなかったが男女の話ではあった。
そして自らは何も手を下してないが、相手は自分のやったことが
モロ我が身に返ってきたという話だったんだよな……確か。
だが 姫苺 が俺と篠原とのキスを見てたはずもなく――――
また俺は浮気などしてないしこれからもする気はない。
あの時のことは、たまたまのアクシデントなんだ。
今の俺は姫苺 の言動を気にし過ぎだと思う。
甘い蜜についフラフラと吸い寄せられそうになる気持ちを抑えて
出張帰りのようなことにならないよう、篠原とは用心深く距離を取って
いかなければと考えながら、篠原との待ち合わせ場所へと俺は向かった。
今までの俺なら、若くて可愛い篠原との接触は知らず知らずの内に
心弾みうきうきとしてしまう謂わば、心の若返りも兼ねたリフレッシュ
できるものだった。
しかし、この日は違った。
出張帰りのキスがあってからの、今回は仕事を離れた私用で会っているわけで、
以前に比べて妻に対する罪悪感が小さいけれど育っているからだと思う。
篠原が仕事上のことでの悩みや友達関係での悩みを、いつものように甘えた調子で
あざとい可愛らしさを装って話しかけてくるのだが、全然頭に入ってこない。
今俺の頭の中を占めているのは紛れもなく妻の姫苺のことで、
今頃、実家にいるであろう彼女の昨夜の言動だった。