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31 ◇家庭の事情 冬也の部下/篠原智子《 しのはらともこ》
私は男嫌いだ。
理由は分かってる。
父親のせいだって。
いつか殺してやりたいって思うほど憎んでる。
私が6才になった時、あいつは私の母親を捨てた。
父親の秘書で、いつも連れ歩いていた女と結婚するために。
その上、私を母親には渡さず、母子を無情にも引き離した鬼畜野郎だ。
6才の私は余りにも……無力だった。
◇ ◇ ◇ ◇
ある日のこと、私は家政婦の手により2階の部屋で寝かしつけられた。
けれども、いつものように母と一緒に眠りたかった私は、狸寝入りを決め込み、寝た振りをした。
しばらくして家政婦の冨さんが部屋を出ていくと、どうして今日は母親がいつものように側にいて
くれないのだろうと不思議でたまらなくなり―――。
やがて私は布団を抜け出し、階下へと足を運んだ。
すると、リビングにいる両親の姿が目に入った。
漂ってくるのは、どこか不穏な空気――。
そこで私は、父が母に浴びせる理不尽な言葉を耳にしてしまったのだ。
それはまるで、母の胸を一突きにするような、残酷な一言だった。
「俺は里香子と一緒になる。
お前のようなつまらない女は用無しだ。
手切れ金をくれてやるから1人で里へ帰れ!」
「智子は?」
「こちらで引き取る」
「智子は私がお腹を痛めて産んだ子です。一緒に連れて行きます」
「駄目だ。
万が一、この先この家に子供ができなければ智子が唯一の跡取りだからな。
それに無職のお前が娘にちゃんとした教育を受けさせることができるとも思えんからなぁ。
娘の幸せを考えるなら置いていくべきと思うが?」
「そんな……。
ではもしも里香子さんに子供ができたら、その時は娘を引き取らせて
下さい。……でないと娘が不憫です」
「そうだな、男の子でもできれば……まぁその時は考えよう」
❀
泣いている母を見下ろしながら、父が冷ややかな眼差しできつい言葉を放つ――。
その光景を目にした私は、幼いながらも2人の前へ出てはならないことを悟った。
◇ ◇ ◇ ◇
その後ほどなくして母は私を残して家から居なくなってしまった。
母親のいない暮らしは、酷く寂しくて、とても悲しかった。
ひとつだけ分かっていたことがあった。
母が私も一緒に連れていきたがっていたということ。
父親が母に駄目だと言っていたのは、きっと自分を連れていくこと
だったのだろうと幼いながらも理解できた。
◇ ◇ ◇ ◇
そして母が家を出たあと、すぐに継母が家にやって来た。
この女のせいで私の母が家を追い出された。
この女と父親のせいで私は母を失った。
『許さない……許さない……
いつの日かこの汚いふたりに仕返しをしてやる』
―――と、この時私は心に誓った。
その後、母の居た頃と変わらず家政婦の冨さんが、何くれとなく
母がいなくなった分までも私を親身に世話してくれた。
私は冨さんに育てられたようなものだった。
母が私を心配してよくよく頼んでいってくれたようで、冨さんは
お母さん代わりだから何も心配しなくていいのよって、ひとりに
なってしまった私にやさしく言ってくれて―――。
その日から本当によく世話をしてもらった。
冨さんのお陰で継母からの嫌がらせなどはほとんど回避することができた。
そんな風にして、私は無防備な子供時代を生き延びることができたのである。
父親と継母の不貞から、実の母親を奪われた子供だったけれども
力無い子供時代を継母からのいじめを受けることもなく暮らせたことは、
ある意味幸運だったと言えるだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
それから数年後 ――――
私は18才になってようやく母親と会うことが許された。
それまで幾度、私は母親に会いたくて涙したことだろう。
母に会いに行くと、喜んでくれた。
……けれど、私たちの12年間が戻ってくるわけではなかった。
引き離されていた12年間の代償は大きかった。
他人行儀な関係、本当の親子なのにね。
うれしいはずなのに、どこかしらお互いにチグハグで……
私と母は再会したものの、あまり思ってたほどの喜びはなく、
私はその現実に打ちのめされた。
18才で再会した後も何度か会いに行くものの、チグハグ感は拭えぬままで……。
あれほど母に会えたら、母と暮らそうなんて考えていたのに言い出せなかった。
だって母親から
『今の私じゃあなたに何もしてあげられないわ。
だから、お父さんの側にいて嫁入りさせてもらわなきゃ―――』
なんて言われてしまったから。
私は慎ましやかな暮らしでも構わなかったのに。
せめて私が働くようになったら一緒に暮らしたかったな。
母は収入がないため、私に遠慮があるのかもしれないけれど。
◇ ◇ ◇ ◇
当時妻も子もいる私の父親の秘書だった浅井里香子は、結婚から4年後
男児を産んだ。
私は当時10才になっていた。
更に4年経った頃のこと、父と結婚して子供もできて幸せいっぱいに
暮らしていた里佳子の様子が一変していった。
彼女がイライラしているのが分った。
大抵里佳子がイライラを募らせている日というのは、父親が里佳子の後釜に据えた
秘書とお泊りをしている日で、それが原因だった。
まさしく自業自得というもので、私の母にしたことが今度は自分に
跳ね返ってきただけのこと。