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朝起きた時に百合が隣にいるというのは、なんて幸せなことだろう。
ニューヨークのホテルで目を覚ました俺は、隣で眠る百合を見て思わず目を細める。
起こしてしまわないようにそっと抱きしめ、百合の体温と静かな寝息を感じると愛しさが込み上げてくる。
昨夜の百合は、信じられないくらい自分をさらけ出し、自分の気持ちを一生懸命伝えてくれた。
それが俺の不安と疑念を拭うためで、百合の想いを俺に分かって欲しいと思う真摯な姿勢に心を打たれた。
あれだけ気持ちを込めて言われれば、疑うのもバカらしくなる。
百合は亡くなった彼を俺に重ねているわけではなく、俺自身をちゃんと見ていて、俺自身が好きなのだと実感した。
(もっと早くにちゃんと聞けば良かった。そうすればギクシャクした関係になり、百合を悲しませることもなかったのに。本当にそれは反省だな‥‥)
百合が俺のどういうところが好きなのかも挙げてくれたが、その中にも容姿に関することが入ってなくて思わず百合らしいと思った。
やっぱり百合は他の女性とは違う、特別な女性なのだと心底思う。
俺は百合を残してそっとベッドから出ると、貴重品を入れた鍵付きの引き出しを開ける。
そこには、手の平より小さなサイズのベルベット素材の箱が入っていた。
それは百合へ贈ろうと思っていた指輪だった。
両親へ紹介した頃に購入し、実は箱根旅行の時に渡そうと思っていたのだが、あの同級生との遭遇があり渡しそびれていたのだ。
そして今日まで関係がギクシャクしてしまい、渡す機会がなかったのだが、なぜかニューヨークまで持ってきてしまっていた。
ニューヨークに百合が来ることは予想していなかったのに、なぜ自分がこれを持ってきたのかは完全に謎だ。
でもしかし、指輪がここにあり、百合がニューヨークにいて、再び心を通じ合わせた今、これはある意味運命のようなものではないだろうか。
運命とか奇跡とか、そういう目に見えないものは普段信じないのだが、そんな俺でも何かのお告げだと感じずにはいられなかった。
(百合があんなに自分をさらけ出して気持ちを伝えてくれたんだ。今度は俺が伝える番だろう)
俺は指輪の箱を握りしめ、決意を込めた。
百合は土日+5日の有休という1週間の休みでニューヨークに来ているという。
4泊6日のスケジュールだ。
俺も仕事があるので、日中は別行動をし、夜は一緒に過ごすことになった。
百合は初めてのニューヨークだということで、ガイドブックで行きたいところを調べてきているようだった。
「あぁ、そういえば今ちょうど長谷くんも短期でニューヨークに出張で来てるよ」
「え!太一くんも!?それは知らなかったです。偶然会ってバレないようにしなきゃ」
「長谷くんは日中は仕事だし、何度かニューヨークには来てるからそもそも観光地は回らないだろうから、会う心配はないと思うよ」
「それならいいけど‥‥」
俺も百合がいることで内心浮かれているから変に思われないようにしないとなと思った。
こうして百合との短いニューヨーク生活が始まった。
夜はニューヨークで人気のレストランや夜景が綺麗な観光地などに一緒に行った。
百合は日中に1人で行った場所の話などを楽しそうにしてくれる。
特に美術館巡りを楽しんでいるようだ。
そうして迎えた5日目。
6日目は日本へ帰国するための移動だけでほぼ潰れてしまうため、実質最後のニューヨークであり、最後の夜だ。
俺は少し早めに仕事を終えると、百合との待ち合わせ場所であるブルックリンへと向かう。
ブルックリンは、ニューヨーク市の地区で、マンハッタンから橋を超えたところに位置している。
お洒落なショップやカフェ、レストランなどが多く、近年は人気の観光地になっている場所だ。
予定より早く着いた俺は、近くにあったカフェに入り、コーヒーを注文する。
無意識に薄手のコートのポケットに入れた小さな箱に手を伸ばし、その存在を確認した。
「Hey, Ryosuke! 」
その時、後ろから男性の声で名前を呼びかけられて振り返る。
それは大学時代からのアメリカ人の友人だった。
アメリカに住んでいる頃はよく飲みに行っていた友人だったが、日本に帰国してからは会っていなかった。
そういえばブルックリンに住んでいると言ってたなと思い出す。
「Long time no see! When did you come back to NY?(久しぶりだな!いつニューヨークに戻ってきたんだよ?)」
「Well, it’s just a business trip.(まぁ、ただの出張だよ)」
「Oh, I see. By the way, Something seems different about you. Do you have a girlfriend by any chance?(お、そうなんだ。ところでさ、なんか亮祐は雰囲気が変わったな。もしかして彼女できた?)」
友人は「亮祐に彼女ができるなんてまさかな」というふうな表情で俺を見て笑う。
この友人は百合と出会う前の、女性とテキトーに遊び、本気の相手を作らなかった俺を知ってるからこそこう言っているのだ。
半年くらい前の話なのに、もう懐かしいなと自嘲めいた笑いが浮かぶ。
まさか俺が1人の女性に真剣になり、結婚したいと思うようになるとはあの頃は思わなかった。
俺はあの頃を知る友人に晴れやかな顔で宣言する。
「Yeah, I have a girlfriend now and I’m gonna propose to her from now(そう、彼女がいるし、まさにこれから彼女にプロポーズするつもりだよ)」
「No way! Seriously!? (うそだろ!マジで!?)」
大きな目をこれでもかというくらい見開き、友人は驚愕している。
自分でも信じられない変化なのだから、友人が驚くのも無理ないだろう。
その後、友人からは熱い激励を受けた。
「亮祐さん、お待たせ」
そのあと、ちょうど百合がやってきて俺と百合は予約していたレストランへ向かう。
ーー今日こそ百合に伝えよう。ずっと渡さず持っていたこれと共に。