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今回の任務は、盗賊たちの財宝を回収すること。それをソフィアから言い渡された俺とミアは、昨日の傭兵|魔術師《ウィザード》を監禁している野菜室へと向かった。
因みに野菜室とは、俺が村人から頂いた野菜を詰め込んだギルドの3階にある部屋のこと。
その扉を開けると、あまりの衝撃に悲鳴を上げる。
「ぎゃああああああ!」
「ふごおおおおお!」
目の前には天井から吊るされた傭兵の男。それが首を吊っているかのように見えてしまったのだ。
「びっくりさせないでくれ……」
「ふごふご……ふごご……ふご」
俺の悲鳴に驚き一緒になって悲鳴を上げた傭兵の男は、猿ぐつわのせいで何を言っているのかわからない。
「え? なんだって?」
「ふごふごごふご……ふごご」
「え? さっぱりわからないんだが?」
「ふごぉ! ……ふごご!」
まあ、わかっててやっているのだが……。
涎でべっとりな猿ぐつわを外してやると、|魔術師《ウィザード》の男は息を切らしながらも俺を強く睨みつけた。
「くっ! 殺せッ!」
「それは出来れば女騎士に言ってもらいたかったなあ……」
「俺をどうするつもりだッ!?」
「盗賊たちのアジトの場所を聞きたい。お前が寝てる間にボルグは死んだ。もうお前にメリットはないだろ?」
「もし断ったら?」
「カガリ」
その声に、大きな魔獣がぬるりと部屋に入ってくる。
「ヒィ!」
「このまま足先から食ってもらう。昨日の戦闘で腹ペコのままなんだよ。たまには新鮮な肉を食わせてやらんとな」
もちろん本気ではない。こんなのを食べて、カガリがお腹を壊してしまったら大変である。
カガリは傭兵の男に近づくと、鼻をひくひくとさせてその匂いを嗅いだ。
それは、食べられる物なのかを品定めする獣特有の行動だ。
「アジトの場所まで案内してくれたら開放する。二度とこの村に手を出さないと誓えばだが……」
「わかった! 案内する! だからこいつを何とかしてくれ!」
空中で体をくねらせるその姿はミノムシのようで滑稽だ。
「よし、交渉成立だな」
傭兵の男を下に降ろし、後ろで縛っていた手のロープを切ってやる。
「なんで……」
「誠意だよ。ちゃんと案内すれば開放する。もちろん案内した後になるが、お前の杖も返そう。逃げても構わないが逃がしはしないし、その時はどうなるかわかるだろ?」
「チッ……。わかったよ……。ちゃんと案内はする」
「そうだ。リンゴでよければ食うか? 昨日から何も食ってないだろ?」
そう言って部屋にあったリンゴを投げると、傭兵の男はそれを受け取り無言でかぶり付いた。
「……そのリンゴは村で作ったやつだぞ? 美味いだろ?」
「……」
傭兵の男はほんの少し目配せをしただけで、何も言わなかった。
――――――――――
「いってらっしゃい九条さん」
ソフィアに見送られ、俺とミアは盗賊たちのアジトへと向かう。
ガラガラと精度の悪い荷車を引くのは、不貞腐れた傭兵の男だ。
「お兄ちゃん。カガリはどうしたの?」
荷台に揺られながら俺を見上げるミア。
座布団代わりに敷いているのは、荷崩れ防止用の麻布を何重にも折りたたんだ物。
「カガリは白狐の所へ報告に行ったよ。多分すぐ戻って来るさ」
ウルフたちとの和解が成立したのだ。もう争う必要はないのである。
それは人間側にも同じことが言える。ウルフが村に迷惑を掛けないのなら、間引く必要もない。
ソフィアにウルフ狩りの依頼を取り下げてもらえるよう交渉したところ、村の安全が確保できるならとギルド側の了承もしっかりと得ることができていた。
「ここだ」
案内されたのは、村から歩いて二時間ほどの山奥にある洞窟だった。
外からは暗すぎて、先は何も見えない。
「中はどうなってる?」
「一番奥に掘り広げた空間があるだけだ」
ぽつんとある木造の倉庫のようなイメージをしていたのだが、まさか洞窟だったとは……。
明かりになるような物は持って来ていない。
「うーん。スケルトンに様子見させるか……」
魔法書を開きその中に徐に手を突っ込むと、頭に思い描いた二本の骨をそこから取り出し地面へと放る。
「【|骸骨戦士召喚《コールオブボーンズ》】」
大地に描かれた魔法陣に飲み込まれていく二本の骨。その見返りに現れたのは二体のスケルトンだ。
錆びた剣とボロボロの丸盾を携えている白骨化した骸。盛り上がる土の中から這い出てくるそれは、お世辞にも華々しい魔法とは言えず、背徳的でみすぼらしい。
無機質な身体をカタカタと鳴らしながら、それは洞窟の奥へと姿を消した。
「ぎゃあああああああ!」
スケルトンが盗賊のアジトに突入してから数分。外まで聞こえる大きな悲鳴と、近づいて来る何者かの気配。
俺たちは壁を背にして身を隠し、そいつが出て来るのを待った。
そして洞窟を出るであろう瞬間、片足をヒョイと出して相手の足に引っかけたのだ。
「――ッ!?」
全速力だったのだろう。盛大にずっこけると地面に顔面を強打し、そいつはピクリとも動かなくなった。
「おい! 起きろ!」
それから更に数分。数発の平手打ちとともに目覚めた男は、俺の顔を見て目を見張った。
「あっ、てめえ!? 確か……。 なっ、なんだこれ!?」
そいつは俺を知っていた。もちろん俺も知っている。俺が盗賊に捕らえられた時に、見張りをしていた男だ。
自分が縛られ動けないことに気が付くと、必死に藻掻き始める。
顔に出来た無数の擦り傷とダラダラ流れる鼻血が少々不憫にも思えてしまい、わざわざ顔を拭いてやり、出来るだけやさしく接してやろうと思っていたのだが、相手があまりにもこちらの言う事を聞かなかったので、仏のような慈愛の心はすぐに消えた。
そしてこちらの質問に答えたのは、丁度二十回目の平手打ちが音を響かせた頃だった。
なんで身動きの取れない状態で強気に出れるのか……。それがわからない……。
「ふいまひぇん……。いいまひゅ……いいまひゅからゆるひて……」
少々腫れぼったい顔になってしまったが、コイツはただの見張り役だった。
昨晩からいつまでも帰ってこない盗賊団を待っていたというわけである。
「ボルグは死んだ。俺はボルグとの約束でここの財宝を取りに来ただけだ」
「ふぁ? かっひゃーひゅれーとに負ける訳が……」
なんとなくウザかったので、もう一発平手打ちをサービスしてやった。
「ホントだよなあ?」
「ああ。嘘ではない……」
俺が振り向いた先にいたのは、覇気のない表情でむくれている傭兵の男。
「あんた……。傭兵の……」
ようやく理解したのか、見張りの男はその場で力を無くしたように項垂れた。
そいつの案内で洞窟に入ると、奥には松明が灯った大きな空間。纏めて置いてあったのは高級そうな調度品の数々と、見覚えのある箱。ボルグが座っていた物だ。
それら金目の物を荷車へと乗せていく。
「なんというか泥棒みたいで、いい気分ではないな……」
聞こえていたはずである。しかし、二人の男は何も言わず、黙々と荷車に調度品を運んでいた。
粗方を運び終えると、ミアがお尻に敷いていたほんのり温かい麻布を上から被せてロープで固定。
「よし。後は帰るだけだな」
ミアから傭兵の杖を受け取ると、それをスケルトンのあばら骨の間に差し込んだ。
それ自体に意味はない。ただ、地面に置いたら汚れそうだと思っていたら、丁度いい所に隙間を見つけただけである。
背中から杖が生えているように見えて少々滑稽ではあるが、スケルトンの両手は塞がっているので仕方がなかった。
「君たちとはここでお別れだ」
「――ッ!? ま、待ってくれ。話が違うじゃないか!」
青ざめた顔で必死に食い下がる傭兵の男。
少し考えて、俺の言い方が誤解を招いたのだろうと訂正する。
「ああ、すまん。そういう意味じゃないんだ。俺たちは先に行くが、このスケルトンは後一時間ほどで勝手に消滅する。そうしたら自由にしてくれて構わない。後ろからドカンとされても困るからな」
「ああ……。そういう……」
露骨に安堵の表情を浮かべる二人に苦笑しながらも、俺たちは盗賊のアジトを後にした。
――――――――――
九条が重くなった荷車を引き、ミアがそれを後ろから押す。
傭兵の男を解放せず、帰りも運んでもらえばよかったのにとも思ったミアだが、二人きりの丁度いい機会であった。
「お兄ちゃん。ちょっと質問してもいい?」
「なんだ?」
「今日、支部長に呼び出されてたじゃない? 何のお話だったの?」
「ああ。救援に来るベルモントギルドへの報告内容のことだったよ。俺が倒したんじゃなくて、村で何とかしたってことにするらしい。賞金を寄付する手間を考えたら、俺を経由するのも面倒だろうしな」
「お兄ちゃんはそれでいいの? 自分の手柄をあげちゃうことになるんだよ?」
「評価されたくて冒険者をやっている訳じゃないし、村でのんびり暮らしていければ、文句はないさ」
「お兄ちゃんがそれでいいならいいけど……」
ミアはそれを聞いて、ほんの少しだけ安堵した。
少なくとも、九条とソフィアが一緒になって何かを隠しているということはなさそうである。
「ダンジョンで何かあったの?」
ミアは何気なく炭鉱内であったことを聞こうとしただけなのだが、九条は明らかに動揺していた。
徐々に荷車の速度が落ち、その足が止まる。
「お兄ちゃん?」
「ミア……。もしかすると、俺の冒険者資格は剥奪されてしまうかもしれない」
どういった経緯でそうなるのかはわからないが、恐らくはその可能性を示唆しているのだろう。
ミアに向けられた九条の視線は、真剣であった。
「そのせいでミアにも迷惑がかかるかもしれないんだが、ミアはそれでも一緒にいてくれるか?」
「うん。私は平気だよ? お兄ちゃんと一緒にいられればそれでいいもん。あとカガリも! ……どうしてそんなこと聞くの?」
「すまない……。今は言えないんだ。いずれ必ず話すと誓う。だから俺を信じてはくれないだろうか……」
「うん。わかった!」
悲しそうな表情で頭を撫でてくれた九条に、ミアは満面の笑みでそう答えた。
(待つのは得意だ。すでに五年も待っていたのだから……。お兄ちゃんには、何か言えない事情があるんだろう……。死霊術のことだろうか? もしかすると記憶が戻っているのかもしれない……)
だが、ミアにとってはそんなことどうでもよかった。
(お兄ちゃんが裏切るはずないよね。前に言ってくれたもん。悲しむようなことはしないって)
ミアはそれだけで満足だった。それだけで信じることが出来たのである。