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今でも鮮明に思い出せる。
あの日の君を、あの笑顔を。
それまでは知らなかった感情が込み上げてきて、
何も言えなくなった俺を、君は呼んでくれたね。
世界中の誰よりも綺麗な声で紡がれる俺の名前は、
まるで世界で1番綺麗な言葉のように聴こえた。
忘れないよ。
俺は絶対にあの日の君のことを、忘れない。
たとえ君の心が俺に向いていなくても___
_あの日からずっと、君のことが好きだ。
いつも通りの、公式配信。
「まにき…!」
「俺のみことに触るな!w」
画面越しに聞こえる声が愛おしくて、憎らしい。
みこちゃんのペアになるのは俺が良かったし、
いるまちゃんとのペアだけは避けたかったのに。
これだから、運任せというのはやりきれない。
「すっちー!」
「…あ、こさめちゃん?」
「点数的にまにき達止めなきゃやばい!」
「う…頑張る」
こさめちゃんはゲームが好きだけど、
別にこのゲームが得意な訳じゃない筈で。
それでも勝ちにこだわる姿勢は凄いと思うし、
俺だって出来れば勝ちたいしフグは食べたい。
でも…
「ナイスみこと!」
その名前が他の誰かに呼ばれる度に、
脳の機能が停止して集中出来なくなってしまう。
重症だとは分かっているけど、
こればかりはもう自分ではどうしようもないんだ。
「よし、すち殺った!」
「あぁー…」
単純にらんらんに投げ捨てられて終わった俺と、
今日限りの相棒を精一杯守るみこちゃん。
シクフォニ結成当初から聖人組なんて呼ばれて、
誰よりも近くにいた筈なのに。
「こんなにも…遠いんだなぁ…」
画面では乱戦が起きていて、
それぞれが優勝するために楽しんで戦っている。
それなのに俺は、こんな風に心を乱して。
「…フグ、調理するの俺なんだろうなぁ…」
どうせ終わってから働くのは俺なのだと、
いっそのこと開き直ることにした。
ブーブー。ブーブー。
「…あれ」
配信後、いつの間にか寝落ちしていたらしい。
LINEのバイブ音が近くで聞こえて、
寝ぼけた頭でスマホを探した。
「ん…みこちゃん…?」
通知のついたトーク履歴の一覧にある名前を見て、
慌ててトーク画面を開いた。
『配信お疲れ様!
すちくんに聞きたいことあるんだけど今大丈夫?』
その質問の意図に気付くまでに数秒かかった。
これはつまり…
『お疲れ様〜。電話のお誘いかな?大丈夫だよ』
みこちゃんは言葉が足りないことが多いから、
言いたいことを完璧に理解するのは大変だ。
でもシクフォニメンバーにとっては、
みこちゃんの思考はわりと分かりやすい。
活動を続けてきた分、分かり合えているから。
♪♫♪〜♪♫♪〜
『もしもし、すちくん!』
『もしもし〜』
『急にごめんね!ちょっと気になったから』
『全然だいじょぶだよ〜。
聞きたいことって、なあに?』
『えーと…最近すちくん、何か悩みとかある?』
『…え、』
とっさに出たのは間抜けな声だけで、
予想外の質問に脳が追いついていなかった。
『なんか最近変だなぁって思ってて…
あ、悪い意味じゃなくて!
でもなんとなくちょっと心配になって…』
焦る声が可愛い、なんて…絶対に今じゃなくても
考えられるようなことばかりが頭に浮かんで。
『気のせいだったらごめん!
でも何かあったんだったら、教えて欲しい』
俺を心配してくれる言葉が嬉しい。
優しさの塊みたいな君が、本当に愛おしい。
嗚呼…俺もう、我慢出来ないかも__
『すちくんは俺の…大事な仲間だから』
『…みこちゃん』
最高に嬉しくてでも最高に切ない言葉を遮って、
俺は世界で1番好きな人の名前を呼ぶ。
『すちくん?』
呼び返してくれるその声はやっぱり綺麗で、
紡がれる名前も変わらない響きを持っていて。
あの日からずっと、口にしたかった。
君に伝えたくて、でも困らせたくなくて、
行き場のない想いを抱えて今日まで過ごしてきた。
みこちゃん、俺は__
『…ッ』
言葉に出来ない。
想いを伝えることで、失うのが怖い。
どうして。どうして。どうして。どうして。
こんな感情、知らなかった。
たった一言、口にすれば良いだけなのになんで_
『…すちくん』
『…ぁ』
『大丈夫、大丈夫だよ』
『…ぁ……』
『深呼吸、深呼吸して』
優しい声が冷えた心を満たしていく。
焦りと切なさの混ざった感情が、
だんだんと優しい気持ちに変わっていく。
『…落ち着いた、かな』
『…うん』
電話越しで良かった。
こんな顔、絶対に見せられない。
こんなことで泣きそうになっていたなんて、
君にだけは絶対に知られたくない。
『…大丈夫?』
『うん…ごめんね…みこちゃん…』
『ううん、全然!
俺は大丈夫だから、気にしないで』
『…うん…ありがとう…』
どこまでも優しい声に、また泣きそうになって。
ぐちゃぐちゃの感情が溢れだす前に、
どうにか話題を逸らしたくて。
心の中にあった、聞く予定のなかった質問を、
何も考えずに口にしてしまった__
『…みこちゃん…いるまちゃんのこと…好き…?』
_不自然な沈黙。
『…へっ、あっ、えっ、す、すちくん!?』
明らかに取り乱しているその声を聞きながら、
どこか遠くで冷静になっている自分がいた。
…今を逃したら、もう、多分。
二度とこんなこと、口には出せない。
多分、俺も全然冷静じゃない。
いつも通りの俺なら、
そんな危険な賭けは絶対にしない。
でも、でも。
…君の口から、ちゃんと聞きたいんだ__
『…いるまちゃんのこと…特別、好きでしょ…?』
あたふたしている俺の愛しき人に、
自分の心が抉れていくのを感じながらも、
核心をつくような質問を続ける。
明らかに不自然な沈黙が過ぎ、
1人で悶絶している声が聞こえて。
『…うん…』
泣きそうな声で、愛しき人は告げた。
『おれ…まにきのことが…好き』
泣きたいのはこっちだった。
分かっていた、ずっと前から。
そんなの、嫌でも気付いていた。
でも、苦しい。辛い。切ない。
実際にそれを認められてしまうと、
もう微かに期待することすら許されなくなる。
…嗚呼、どうして。
どうして、俺じゃなかったんだろう。
どうして、彼だったんだろう。
どうして。どうして。
ねぇ…どうして___
「…俺じゃ、だめですか…?」
弱々しく口にしたその言葉は、
静かに空気中に溶けてしまって。
君には、届かない。
俺の想いに、君が応えることもない。
『…付き合いたいとかそういうのはなくて、
ただ凄いなって、かっこいいなって、
そう思ってるだけで十分やから』
困ったようにたどたどしく話し続ける君に、
気の利いた一言も返せない。
こんな俺で、ごめん。
ごめんね…みこちゃん__
ツーツー。ツーツー。
初めて自分から切った君の電話。
こんな予定じゃなかった。
こんなつもりじゃなかった。
「…ぅぁぁッ…!」
哀しくて、苦しくて、胸が痛くて。
全部分かっていたくせに、涙が止まらない。
それでも好きだって、そう思っていたのに。
たとえみこちゃんの心が俺に向いていなくても、
何がなんでも振り向かせると決めていたのに。
…心はこんなにも、弱いままだったんだなぁ。
鳴り続ける着信音を全て無視して、
静かな部屋で独り、声が枯れるまで泣いて。
やがて光を失ったスマホを手に、俺は願う__
__このまま、明日が来なければ良いのに。