気持ちを落ち着けようと、魔王城に戻ってしばらく。
――ああ、そういうことか。
ふと急に、誠実そうだったウレインが手の平を返した理由が、分かった気がした。
「あの会長が、私が魔族だってこと、ウレインに言ったんだ」
それで私のことを、信じられなくなったのね。
……だとしても、魔族だの人間だのって、そんなに信用を揺るがすようなことなのかな。
それとも、どっちも信用してしまう私が、お人好しなだけなのかな。
「やっぱり、ホテルを出て隠れ家に移ろう」
そうすれば、やたらと人間に関わることもなくなるはず。
ホテルはリズに会うために行っただけで、目的も達成したのだし、留まる必要はないのだから。
そういう意気込みで、ウレインに話をする時間を作ってもらった。
元は彼の希望だけど、こちらが先制するために、向こうが呼び出された形にしたのだ。
「ウレイン。リズに送った豪華なお食事とかって、どういうつもりでくれたのかしら」
ホテルの会議室を用意してもらい、お互いがソファに腰かけたところで開口一番に聞いてやった。
少し強い口調で、問い詰めているのだという雰囲気を出して。
「はい。こちらは全て、聖女様に不躾なことをした会長からのお詫びとして、私から送らせて頂きました」
「お詫び、ということなら、会長からの面会申請はどういうつもり? ご馳走したから会えというのは、さらに不躾ではありませんか」
私は誤魔化されないし、そういう不誠実なところを責めて、面会なんてしないと突っぱねてやる。
「それとこれは、別のお話でして……。改めて、聖女様とお話を。という事でございます」
面会のことではないのなら、私が魔族であると聞いて、それを確かめたいということか。
でも、素直にこちらから教えてあげる義理はない。
「何か聞いた? 会長から」
「何か……と、申されますと。彼はただ、私の信用でも何でも使って、とにかくもう一度面会を取り付けてくれ。という指示しか聞いておりませんが……」
「その他に、私の事で何か言っていなかった?」
「聖女様の事、でございますか? いいえ、とにかく何とか機嫌を取ってくれ――おっと、口が滑りました。まぁその、怒らせてしまったからと」
だから? と問うように、私はじっとウレインを見た。
「私は、ホテルマンとしてのサービスしかご提供できかねますので、誠心誠意のおもてなしをさせて頂いている次第です」
会長を疎んじるような素振りを見せたけれど、私に対しては今までと同じ感じだ……。
だとしたら、魔族だということを、会長やレモンドから何も聞いていない?
「ふぅん……じゃあ普通に、リズの御機嫌を取って、私の気持ちをなだめようとしたってワケね」
「左様でございます。お怒りを静めて頂くには、正攻法しかありませんので。もちろん、聖女様に可能な限りのサービスを――」
「いりません」
「――させて頂き……そ、そうですか……。その、お怒りになった理由……と言いますか。会長がどんな失礼を働いたのかを、教えて頂けないでしょうか。せめてその事について、商工会長老組の一人として、お詫びさせてください」
「結構です。ただ、私も少し、あなたを誤解していました。何か心変わりがあって、リズを利用して私を嵌めようとしたのかと思っていたわ」
「そんな! 滅相も無い!」
ウレインは慌てて首を振った。
そして、元々背すじをピンと伸ばして座っていたのに、姿勢を整え直した。
「でも、会長とは建設的な話は出来ないと思うの。だから面会なんてしない」
「りょ、了解いたしました……。では、そのように伝えさせていただきます」
「ホテルも出ますね。たくさんお世話になったので、もうこれ以上はお邪魔出来ないですから」
「なっ! なぜです! 何かお気に召しませんでしたか? 改善出来る事は何でも致しますので!」
――この取り乱し様も、嘘をついているようには見えない。
「だって。最初に言ったじゃない。一週間くらいにしましょうって。それでも過分だったもの」
「いえいえ! 申し上げましたように、あのお部屋はもう、聖女様のものです。お渡しした書類も全て本物でございます。ですからこれまで通り、聖女様の家としてお使いください」
「本気だったんですか? はぁ……。でも、頂けません」
この人は……やっぱり、本心でそうしているらしい。
「聖女様……。私も一代でのし上がった男です。二言はございません。聖女様が今はお住まいになられなくても、あのお部屋は聖女様のものという事実は変わりありませんので」
「むぅ……。頑なな人ね」
「ふふ、聖女様もなかなかに意志の強いお方ですね」
「はぁ、もう、わかった、分かりました。理由を言います」
本音は、人の悪口を言うみたいで言いたくなかったけど。
でもこれを聞けば、ウレインも折れてくれるはず。
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