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「なんだ、船に戻れるかどうかか」
と倫太郎が訊く。
飛んだときの場所に戻ってしまい、海中に放り出される危険性のことを倫太郎は言っているようだった。
「いえ、海中に放り出されたほうがマシかもしれません。
お忘れですか?
我々、女湯から飛びましたよ、ここに」
と冨樫は駄菓子屋の床を指差す。
……ということは、戻るのも女湯ということだ。
「は、早く戻らないと、風呂が開くのは何時からだっ」
「開く前に、掃除とかあるのでは?」
「お湯は入れ替えずに沸かし直すとかですかね?
船の中ですし。
でも、掃除だけにしても、朝早そうですよね」
と三人は慌てる。
「ここと向こうの時間の流れは違うから油断できないな。
人が入ってきたとき、三人で女湯に大の字になって寝てたら、間違いなくおかしな人だぞ。
通報されるかもしれんっ」
と叫ぶ倫太郎に、
あの、何故、私も大の字になって寝てる設定なんですか、と壱花は思ったが。
まあ、実際、寝相はよくなかった。
枕返しを殺しかけるほどに……。
少し考えて、壱花は言った。
「そういえば、船上で通報されたら、なにが来るんですかね?」
「……警察なんじゃないのか?
捕まったことないから知らないが」
と倫太郎が言う。
「っていうか、女湯に寝てたくらいじゃ、通報されたとしても。
とりあえず、船員に身柄拘束されて、港で引き渡し、くらいのもんだろう。
お前、水上警察か海上保安庁が船に乗って格好よく捕まえに来ると思ってるだろう」
バレましたか。
いや、なにが来ようと捕まりたくはないのですが……。
「そんなことより、どうしますか?」
あくまでも真剣な冨樫が腕組みして言う。
「夢遊病なんですって言ってみたらどうでしょう?」
と壱花は言って、
「……全員がか」
と倫太郎に冷ややかに言われた。
「もういっそ、船沈めちゃったら?」
あやかしの高尾は薄情にもそんなことを言ってくるが。
「そうだ。
我々の問題はともかく、船、どうにかしないとですね」
そう壱花が言うと、
「ああ、穴あきお玉を買って、あやかしに渡さないとな」
と倫太郎は言う。
「でも、渡しても気に入らなくて、捨てられたりしないですかね?」
そんな冨樫の言葉に、倫太郎は、いや、と言う。
「あやかし、昔話のなかでも、おとなしく穴あきの柄杓を使ってるじゃないか。
それっぽいものを握ってれば安心なんだろう。
だが、何故、あの船に乗り移ったのかが気になるな。
そこを解決しないと、根本的な解決にはならない気がするが」
だが、そこで高尾が笑って言った。
「何故、乗り移ったかって?
そんなちゃんとした理由なんてきっとないよ。
それがあやかしってものだよ。
ただ気が向いたときに、そこに船があったから、なんじゃない?」
そして、ちょっと小首を傾げ、付け足してきた。
「駄菓子屋は誰かに任せたら戻れるかもよ。
僕が引き受けてもいいけど。
なんか心配だから、君たちについていってあげてもいい。
どうする?」
そう訊く高尾の後ろで、子狸たちが遊んで、近くの駄菓子の箱に激突していた。
慌てて直そうとする子狸たちのところに行こうとした壱花は、おや? と思った。