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あの時の話は英語も入りまぜになっていたし、レイが口を挟んだっていうことは、やっぱり英語だったんだろう。
(……そうだよ、そうそう)
思えば考えるまでもないことだった。
私は畳におろしていた掃除機を掴んだ。
とりあえず用事は済んだし、部屋を出よう。
歩き出そうとした時、ふいにレイが言った。
『言おうか迷ってたけど。
ミオの父親はロサンゼルスじゃなくて、東京にいるよ』
(え……)
足が止まり、はじかれたように顔があがった。
そんな私を、レイは平静な目で見下ろしている。
耳を疑った。
同時にたちの悪い冗談にも思えた。
だけどこちらを見つめる静かな瞳が、私の思考を止めにかかる。
(……嘘でしょう)
そう言いかけた時、あけっぱなしのふすまの向こうで声がした。
「澪―!
なにしてんだよ、早く行こうぜ!」
階段を降りたはずの拓海くんが、もう一度階段を上がってくる。
「あ、ごめん……今行く!」
返事をして、急いで足を動かす。
だけど驚きも、動悸も、知りたい欲求も、この部屋に全部残したままだった。
私はレイのとなりを通り過ぎ、ふすまを閉める。
「なに?
もしかしてまだ掃除が終わってなかった?」
廊下にあがってきた拓海くんと目があった。
私は首を横に振り、なんとか笑顔らしいものを浮かべる。
「ううん。
すぐ用意するから、ちょっと待ってて」
掃除機を物入れにしまい、私は貼り付けの笑顔のまま自分の部屋に戻った。
***
午後6時半。
図書館から家に帰ると、レイはいなかった。
あれからすぐ拓海くんと図書館に行った。
だけどどう接していいかわからず、私はすごくぎこちなかったと思う。
拓海くんは普段通りにしてくれたのに、不甲斐ない自分が情けない。
夕食も拓海くんが餃子をつくってくれて、それをふたりで食べた。
とても美味しかったし、一人暮らしの料理事情を聞くのだって楽しかった。
だけど、昼に家を出てからずっと、レイの言葉が頭から離れない。
お父さんのこと、私をからかうだけの嘘なら軽蔑するけど、そうは思えなかった。
(お父さん……)
本当に東京にいるんだろうか。
もしそれが嘘じゃないとすれば、どうしてレイが知っているんだろう。
そんなことばかり回ってなにも手に着かないのに、考えてないふりをするのは、レイ以外のだれにも秘密だからだ。
拓海くんと食事を終え、ふたりで片づけをしていると、玄関の戸があく音がした。
思わず身が固くなった時、けい子さんの明るい声が入ってきた。
「ただいまー」
それを追って伯父さんの声も聞こえ、強張った体が緩む。
「おかえりなさい」
ふたりを見て、私はなるべく普段通りの笑顔を向けた。
「はい、これお土産。
ほんとよかったわよー!
ああいったのは、やっぱり生でみるのがいいわよね」
けい子さんがテーブルにお土産を置き、その紙袋の中を拓海くんが覗いた。
「そりゃよかったな。メシ食ってきた?」
「食べたわよ、座席で松花堂弁当をね」
そんな話をするけい子さんたちの横で、伯父さんが冷蔵庫をあけた。
「みんなもお茶飲むか?」
「あ、伯父さん私がいれるよ」
伯父さんから麦茶のボトルを取り、戸棚からグラスを取った。
それからけい子さんたちの歌舞伎の話を聞いていると、しばらくして玄関の戸があく音がした。
「ああ、レイも帰ってきたのね」
けい子さんが呟くように言い、今度こそ本当に身が強張った。
レイは台所に顔を覗かせ、けい子さんと伯父さんに笑いかける。
『おかえりなさい』
『レイもおかえりなさい。
パパと歌舞伎をみてきたんだけど、お土産があるの。
お饅頭なんだけど、今食べる?』
『いえ、また明日いただきます。
今シャワーを借りてもいいですか?』
『いいわよ。どうぞ』
会釈したレイは、すぐ階段をあがっていった。
昼間の話を聞きたいけど、話途中で抜けるのも不自然で、このぶんだと今日は諦めるしかなさそうだ。
しばらくして拓海くんのスマホが着信を知らせた。
「げ、バイト先からだ。なんだろ」
そう言って台所を抜けた拓海くんは、数分後にため息と共に戻ってきた。
「明後日の夜、バイトに入ってくれってさ。
はぁ……まじ最悪だよ」
「なんで?
お休み取ってるって言ってたじゃない」
けい子さんが不思議そうに尋ねる。
「そうだけど、突然新しい生徒が3人もはいったらしくて、人が足りないって……」
「まぁ、それなら仕方ないわね。
あなた家でゴロゴロしてるだけなんだから、手伝ってあげなさい」
「くっそ、最悪だ。
少し予習しなきゃなんないし、明日帰るよ」