テラーノベル
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山道を、緋八マナはひたすら走っていた。
枝が腕を掠める。
石に足を取られる。
それでも止まれなかった。
止まれば、全部終わる気がした。
「っ、は……ぁ……」
息が苦しい。
涙で前が見えない。
後ろから追手が来ているかもしれない。
でも今、一番怖いのは。
ライが一人で残っていることだった。
どれだけ走っただろう。
夜が明けきる頃、ようやく山奥の小さな祠へ辿り着く。
マナはその場へ崩れ落ちた。
「……ライ」
名前を呼んだ瞬間、涙が溢れる。
もう会えないかもしれない。
そう思った途端、胸が壊れそうだった。
震える手で懐を探る。
そこには、あの紫の組紐。
ライから貰ったもの。
マナはそれを強く握り締めた。
「……っ」
香の匂いが、まだ少し残っている。
それだけで泣きたくなる。
「なんで……好きになったんやろ」
呟いてから、自分で苦笑する。
好きになる理由なんて、最初からなかった。
気づけば惹かれていた。
月みたいに綺麗な人だと思った。
寂しそうに笑う顔を、放っておけなかった。
ただ、それだけだ。
その頃。
屋敷へ戻された伊波ライは、広間に座らされていた。
正面には父。
周囲には重苦しい空気が漂う。
「農民は」
父の低い声が響く。
ライの喉が詰まる。
「逃がしたのか」
「……」
「答えろ」
ライは静かに顔を上げた。
「知りません」
従者たちがざわめく。
明らかな嘘だった。
だがライは視線を逸らさない。
父はしばらく彼を見つめる。
やがて、小さく息を吐いた。
「変わったな」
「……」
「以前のお前なら、嘘など吐かなかった」
ライは拳を握る。
マナを守るためなら、何だってする。
今ならそう思えた。
「追手は出してある」
その瞬間、ライの顔色が変わる。
「やめてください」
「なぜだ」
「関係ない人間です!」
父の目が細まる。
「関係ない?」
静かな声だった。
「ならばなぜ、そこまで必死になる」
ライは答えられない。
答えなど、とうに分かっている。
愛しているからだ。
けれど口にすれば、マナがもっと危険になる。
「……若君」
従者の一人が口を開く。
「既に山を越えた可能性があります」
ライの心臓が大きく跳ねた。
逃げ切れたかもしれない。
その希望だけで、少し呼吸ができる。
しかし父は冷たく言った。
「見つけ次第、連れ戻せ」
「……っ!」
ライは立ち上がる。
「やめろ!!」
珍しく感情を露わにした声。
広間が静まり返る。
ライは震えていた。
怒りと恐怖で。
「お願いです」
掠れた声が落ちる。
「もう、放っておいてください」
父は無表情のままライを見つめた。
「お前はまだ分かっていない」
「……」
「身分とは、個人の願いより重い」
その言葉は冷たかった。
けれど同時に、長い年月を背負った重さもあった。
ライは唇を噛む。
理解はしている。
けれど納得などできない。
その夜。
ライは自室へ戻された。
窓の外には月が浮かんでいる。
マナと見た月だった。
ライはそっと懐へ手をやる。
だが、もうそこに組紐はない。
代わりに残っているのは、空虚だけだった。
「……マナ」
名前を呼ぶ。
返事はない。
もう隣にいない。
それがこんなにも苦しいなんて思わなかった。
一方その頃。
マナは隣国へ続く街道近くの小さな村へ辿り着いていた。
疲れ果て、道端に座り込む。
もう元の村へは戻れない。
戻れば、皆を危険に巻き込む。
「……どうしよ」
行く当てもない。
金もない。
あるのは、ライから貰った組紐だけ。
すると、その時。
「おい、大丈夫か?」
知らない男の声。
マナが顔を上げる。
旅装束を纏った青年が立っていた。
年はライより少し上だろうか。
腰には刀。
どう見ても普通の旅人ではない。
男は不思議そうにマナを見た。
「追われてる顔してんな」
その言葉に、マナの背筋が凍った。
コメント
1件
第11話、めっちゃ重かった……読んでて胸がギュッてなったわ。 マナがライから貰った紫の組紐握りしめて泣くシーン、切なすぎてやばい。香りの匂いがまだ残ってるって描写、好き。 ライが父親に「知りません」って初めて嘘をついたのも、彼の変化がよく出ててグッときた。 最後に出てきた謎の青年、どういう立ち位置なんやろ。続きが気になりすぎる🔥