テラーノベル
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それは、在り得たかもしれない歴史。
あるいはIF、本来の歴史。
空の王。顔のない巨人が姫乃の街を蹂躙し、世界が滅びへの一歩を踏み込んだ日。
姫乃タワーは巨人によって踏み潰され、周辺は崩壊。逃げ遅れた市民たちは死に絶え、立ち向かった者たちも同じ末路をたどった。
ただ、そうではない者も。
海を渡ってきた男、ジョナサン・グレニスターはこの結末に絶望し、自らの眼球を押し潰した。
二つの強き光、紅月龍一と、聖剣の担い手たるアリサ・エクスタイン。彼らは共に手を取り合い、巨人へと立ち向かうも。その刃は遠く及ばず、やがて光は潰えた。
すべてが終わって、街がその形を失った頃。
後に英雄と呼ばれる少年。黄金の魔力の持ち主が、空の王を打ち破った。
これが本来の歴史。正しき姫乃の未来。
悲しくも、残酷な。
◆◇ 空の王 ◇◆
そして、現在。あるいは最新の未来。
崩壊した学校の校舎、瓦礫の山の上に、紅月輝夜とリタ・ロンギヌスは立っていた。
その目に映すのは、遥か彼方の敵。姫乃タワーの最上部に鎮座する空の王である。
この世界に戻れたという安堵と。大切な存在、大切だと知りもしなかった者との別れを経て。その感情を振り払って、今はここにいる。
敵は、この目で見える。空の王と呼称される未知なる脅威。どんな歴史とも姿の異なる、”巨大な赤子”。なぜあのような姿なのか、二人にはまるで理由がわからないが。歴史が変わるのは、世の常である。
「それで、どうする?」
「そうね。本来の歴史よりもサイズが小さい。というより、あれは成長不足かしら。その分弱くなっているのなら、とてもうれしいけど」
「だな」
なんてことを口にするも。世の中そんなに甘くないと、二人は痛いほど知っている。
あの巨大な赤子は、まごうことなき未知なのだから。
本来の歴史では、空の王はタワーと同じほど巨大な怪物であった。しかし今回の歴史では、明らかに幼体と思わしき姿。
たしかに巨大ではあるが、その重さもタワーを崩壊させるほどではなく、タワー最上部にすっぽりと収まっていた。
「……リンクが戻った。――来い、お前たち」
そんな中、輝夜はイヤリングから魔力を知覚。
彼女の声に応えるように、周囲に四人の悪魔が召喚される。
カノン、アトム、ゴレム。
そして、ドロシーの四人である。
「よかった、輝夜さん。繋がりが感じられないので、何かあったのかと」
「心配をかけたな。だがまぁ、結果としてわたしは無事だ。リタとも、わだかまりは解けた」
カノンが心配するのも無理はない。
あちらの世界に飛ばされるまで、輝夜とリタは互いに本気で戦っていたのだから。
「テメェが消えてる間、こっちは死にかけたんだぞ? グレモリーが助けてくれなかったら、月の呪いでおっちんでたぜ」
「そうだぜ! お嬢。一体何があったのか、ちゃんと説明してもらわねぇと――」
ゴレムが文句を言い終わる前に。
ドロシーに蹴り飛ばされ、瓦礫の山へと消えた。
「お、おぅ。お前も、元気そうで何よりだ」
輝夜としても、ドロシーは何を考えているのかよくわからない存在である。ゆえに、少々対応に困っているわけだが。
「……」
じーっと。ドロシーは圧のある視線で、輝夜とその隣のリタを見つめている。
「……な、何かしら」
いまさっきの蹴りを見たせいか、リタは怯えを隠せない。
とはいえドロシーは、リタに興味はないようで。
「本当に、生きてるのね」
「あ、あぁ、もちろん。色々とあったが、むしろ前よりも元気だぞ?」
「そう」
知りたいのはそれだけだったのか、ドロシーから圧が消える。
「ついさっきまで、その隣の女はわたしの殺したい人間リストの一番上だったけど。その様子だと、殺さないほうがいいの?」
「なっ」
「あー、うん。色々と、誤解があっただけなんだ。リタはわたし達の仲間で、新しい友人だ。だから、そのリストからは除外してもらえるとありがたい」
「そう。あなたがそう言うなら、そうするわ」
「ふぅ……」
どうやら殺されずに済みそうだと、リタは安堵のため息を吐いた。
そんなやり取りをしていると。
「輝夜さん! ご無事でしたか」
本当に安心したような声で。輝夜のお世話係である、影沢舞がやって来る。
事情を知らされていなかった分、その気苦労は計り知れない。
輝夜も、どう話したものかとバツの悪そうな顔を。
そんな輝夜の心情を察してか。口を開いたのは、リタであった。
「ご心配をおかけして、申し訳ありません」
誠意を込めて、頭を下げる。
大人としての対応。リタとしてのけじめであった。
「あなたは」
「リタ・ロンギヌスと申します。わたくしの勘違いで、お嬢様に危害を加えてしまうところでした。この校舎も、すべてわたくしが暴走した結果です」
崩壊した校舎に、混乱を極める街の形相。
これらはいわば、黒羽えるを止めようとする二つの勢力が、異なるやり方でぶつかり合った結果。
そしてその二つの勢力の代表格が、ここにいる輝夜とリタであった。
「舞。説明してなかったのは謝る。ただ、どうしても父と、龍一と対立することになるから、舞にはどうしても言いづらかった」
「そう、ですか」
舞は少し無言で、周囲の様子や輝夜の表情を見て。
「なにはともあれ。輝夜さんが無事なら、わたしは怒りませんよ」
「そ、そうか?」
「で、す、が。やはり、わたしに何も言わなかったのはいただけません。いつも言っているでしょう。わたしはどんな時も、あなたの味方でいると」
「むぅ」
そこまで言われると、輝夜も弱ってしまう。
すると、また新たな来訪者が。
「わー! 学校が消えてる!」
「耳元で叫ぶな」
やってきたのは、巨大な3つ首の獣、ケルベロスに乗った紅月朱雨と竜宮桜。
朱雨の持つ、姉弟の勘のようなものが、ここへ導いたのだろうか。
「おーおー。みんな無事で何よりだ」
身近な人たちが集まったことで、輝夜は安心の声を漏らす。
世界を超えて、未来を変えても、変わらないものがあるというのは心の支えになってくれる。
なにせ、この状況下である。本来の歴史なら、空の王が暴れ出し、街が消し炭になっていてもおかしくない。
人類の中では最強と呼ばれる紅月龍一ですら、死の可能性があるのである。
そんな、輝夜の心情を察してか、ドロシーが口を開く。
「輝夜。あなたの父親は、きっと無事よ。あのストーカー、あなたの魔法教師と一緒にいる。少なくとも、インパクトの瞬間にタワー最上部にはいなかった」
「そう、か」
とりあえずは安心する。
だがしかし、それと同時に別の心配も浮き彫りに。
「おい。あの化物、赤ん坊が出現したとき、タワーには誰かいたのか? 黒羽や善人は?」
「わたしは光の輪を壊そうとして、失敗して地上に落ちて。でもそれを成し遂げたのが、あの善人という子。その直後かしら、強烈な魔力の爆発が起こって、アレが生まれたのは」
「黒羽は?」
「……そうね。彼女は、ちょうどあそこに居たわ」
そういってドロシーが見つめるのは、姫乃タワーの最上部。
空の王、幼き怪物が鎮座する地点。
「そう、か」
輝夜は、静かに拳を握りしめる。
お前を救ってみせると、そう言ったのに。善人をそばに付かせて、できるだけ守ろうとはしたのだが。
誰がなんと言おうと。黒羽えるは、輝夜にとってはクラスメイトであり、友達だと、たとえ一方的でも思っていた。
だからこそ、自分という存在の無力さを恨む。
少し重い雰囲気の中。
遥か遠方より、その沈黙を崩すモノが。
――それは、鳴き声。巨大な赤ん坊、空の王の鳴き声である。
赤ん坊といえど、やはりあのサイズ。かなり距離が離れているのに、ここまで聞こえてくる。
空間が、街全体が揺れているようだった。
「赤ん坊でも、立派な化物だな」
思わず、輝夜は呟いた。
見た目に騙されるところだが、アレは紛れもない怪物なのだから。
「すでに警報が発令され、市民は皆シェルターに避難していますが。それがなければ、パニックは必死でしたでしょうね」
舞の言う通り。
悪魔などの分かりやすい脅威とは違う。あの形容しがたき怪物は、どれほどの混乱をもたらすだろう。
今宵は運命の夜。この戦いの巻き添えにならぬよう、街から人々の姿は消えている。
いま外に出ているのは、ほとんどが戦いに身を投じる者。
姫乃タワーの頂上で。
巨大な赤子は、まるでこの空間の王であるかのようだった。
「空の王。その名の由来は、中身を持たない、空っぽであるから、らしいけど」
未来でその名を知っているがゆえに、リタはそう呟く。
なんと歪で、なんとおぞましい存在か。
気づけば、それは。
輝夜たちのすぐ”真上”に、存在していた。
なんの前触れもなく。魔力の起こりすら感じられず。
最高峰の感知力を持つドロシーですら、まるで気づかずに。
魔法とも違う、別の力でも働いているのか。
巨大な赤ん坊は、皆の真上から手を伸ばしており。
「――大閻魔ッ!!」
ただ、それよりも”速く”。
輝夜の持つ漆黒の刀が、空の王の右手を貫いていた。
その場にいた全員。あるいは、空の王でさえ、一瞬のうちに何が起きたのかを理解できなかった。
なんの気配も感じさせない、空の王の奇襲。そして、それよりも速く動いたように見えた、”未来反射”による輝夜の反撃。
本当に一瞬、時が止まったようで。
けれども戦士たちは、輝夜の稼いだ僅かな隙で動き出す。
「ケルベロス! そいつを連れてここから離れろ!」
この場において戦う力を持たないのは、輝夜のクラスメイトである竜宮桜のみ。朱雨はそれを即座に判断し、ケルベロスへと指示を出した。
「わふ!」
「わわっ」
突然の出来事に桜は戸惑うも、ケルベロスは動じず。
桜を咥えて背中に乗せると、すぐさまこの場より離脱した。
そして、他の者達は。
もはや言葉すら不要と。
カノンとリタは、魔力による弾丸を。
影沢は腕を変形させ、マシンガンによる銃弾の雨を。
それぞれ、空の王へと全力で発射した。
この一瞬、アイコンタクトすら飛ばした、見事なまでの同時攻撃。
仮に魔王クラスの悪魔だろうと、ダメージは必至だが。
巨大な赤ん坊は、無傷で宙に浮いていた。
正確には、初撃の輝夜の一太刀だけは防げなかったのか、右腕部から血を流しているものの。
その後に攻撃したリタ、カノン、影沢の弾丸は、まるで効果が無いかのようだった。
輝夜たちと、空の王。
双方の間に、一呼吸が流れる。
「どうやら、ここはわたしの出番みたいね」
この場における最高戦力。いいや、世界という土俵においても、間違いなく最強と呼べる存在、ドロシーが臨戦態勢に入る。
姫乃タワー、天に浮かぶ光の輪を破壊するべく、すでにかなりの力を消耗しているものの。輝夜を守るためならば、力はまた別腹から湧いてくる。
「あなた達、邪魔はしないで。一点集中で、この怪物を壊し尽くす」
本日二度目となる、ドロシーの全力解放。
7つの尻尾が具現化し、全身から魔力が溢れ出る。
それはもはや、一つの生き物が出していいオーラではない。その肉体に、収まるような力ではない。
けれどもそれを持つからこそ、彼女は最強と呼ぶに相応しい。
「――ッ!!」
獣は空へと跳んだ。
ありったけの魔力を、無骨な大剣へと込めて。
光の輪を壊そうとしたときと同じように。
その獣は、空の王へと刃を振るった。
インパクトの瞬間、凄まじい衝撃波が周囲へと波及する。
まるで、世界が悲鳴を上げるような。
思わず、みな吹き飛ばされそうに。
輝夜に関しては実際に体が浮かび、リタと舞に掴まれているほど。
まさに規格外の一撃を放ち、ドロシーは地面へと着地した。
空を見上げ、”苦い表情”をしながら。
「……これは、困ったわね」
ドロシーの一言に、驚く面々。
宙に浮かぶそれを見て、その驚きは更に大きくなる。
空の王は、無傷でそこに存在していた。
ドロシーの渾身の一撃が、まるで無かったかのように。
実際問題、攻撃は届いてすらいなかったのだろう。
そうでなければ、説明のつかないほど変化が無い。
「魔力障壁か?」
「……いいえ、おそらくは違うわ」
輝夜の言葉を、ドロシーが否定する。
「魔力障壁なら、このわたしが感知できないはずがない。この場所に転移した時もそうだったけど、まるで魔力を感じなかった。あれはきっと、魔力とは”別の力”を使ってる」
「別の力?」
魔力以外の力とは、一体なんだというのか。
「認めたくないけど。あれは、わたしの攻撃でも突破できないわ」
ドロシーでさえ、突破できないナニカ。
その言葉に、他の面々は動揺する。
「ちっ。あの馬鹿力でも無理なら、オレらの出る幕はねぇぞ」
「ちっきしょー、まじかよ」
アトムとゴレムがつぶやく。
敵が宙に浮かんでいる以上、そもそも彼らは戦力外なのだが
「ちっ」
同じく、近接型の朱雨も同様に。
「……むぅ」
他とは違う視点で、輝夜は思考する。眼の前に現れた巨大な赤ん坊、空の王について。
不気味に輝く黄金の瞳で、こちらを見つめるそれを。
(こいつが、この街を破壊する。つまり攻撃も防御もチート級ってことか?)
眼の前にいる赤子は、ドロシーの攻撃すら遮断する謎の力を持っている。
かつて見た未来の出来事では、ビームのようなもので街を焼き払っていた。それを使われたら、こちらもひとたまりもないだろう。
まさか、音もなく一瞬でこの場へと現れるとは。それで全ての段取りが狂ってしまった。
向こうの世界、二度と会えない友人から託された、力と情報。それを使おうにも、多少なりとも時間と準備が必要である。
しかし、敵が目の前に現れてしまっては、そうもいかない。
(とりあえず、わたしの脳内データとやらを、マーク2に同期させないと)
託された知識。それを扱えるのは、ニャルラトホテプと同じ知能を有する電子精霊、マーク2のみ。
スマホを手にとって、マーク2を呼び出そうとする輝夜であったが。
――刹那、怪物の手によって、自分が握り潰されるビジョンが見える。
「くっ」
その未来に反射するように、輝夜はとっさに回避。
自分を掴むべく、”空間から生えてきた手”が空振りに終わる。
(何もないところから手が!? こいつ、まさか)
恐ろしい敵の能力に、輝夜は気づきながらも。
――再び、自分が掴まれるビジョンが。
「ッ」
輝夜はその未来を覆すべく、再び回避行動を。
すんでのところで、空間を越えた怪物の手が、空を掴む。
(まずい。こんな化物に掴まれたら、もう致命傷だぞ)
この場にいる面々の中で、一番防御力が低いのは輝夜である。まぁ、当たり前の話なのだが。
破壊光線など食らわなくても、あの巨大な手に掴まれるだけで全身の骨が粉々になってしまう。
しかし、怪物は止まらない。
本体は宙に浮かんだまま。
空間を跳び越えて、輝夜に手を伸ばし続ける。
魔力も感じない、回避不可能の攻撃だが。輝夜は自分の未来を見ることで、手が伸びる前にそれを回避。
何度も、何度も。
空の王は、輝夜を執拗に狙い続ける。
まるで、他の者になど興味がないかのように。
「好き勝手は、させないわ」
リタが魔力を全開に、臨戦態勢に入る。
流石にドロシーには及ばないものの、彼女の持つ力も並大抵のものではない。
本体に攻撃が通らないなら、輝夜を狙う腕の部分を。
貫通力を高めた魔力光線で狙うも。
今までの攻撃と同様に、見えない壁のようなもので阻まれる。
「攻撃が、通らない?」
「リタ! それにみんなも! おそらくだがこいつは、”空間そのもの”を操ってる。科学や魔法じゃ到達できない、何かの力でな」
輝夜はその推測を、皆に伝える。
「無駄に魔力を消耗せず、回避に専念しろ!」
とはいえ、狙われるのは輝夜ばかり。
巨大な赤ん坊に遊ばれるように、舞うように攻撃を回避する。
いいや、そもそもこれは攻撃なのだろうか。
(こいつ、なんでわたしばっかり)
空の王を打倒するには、タマにゃんの知識、マーク2との協力が必要不可欠である。
だがしかし、こうも執拗に狙われては、スマホを操作する暇すら無い。
(どうにか、隙を作らないと)
何かを求めるように、手を伸ばし続ける巨大な赤ん坊。
それに翻弄されながら、輝夜は反撃の一手を考える。
(こんなときに、善人はどうした?)
この場にいないヒーローに、悪態をついた。
◆
さざなみが、耳元に。
そこは広大な海。人の海。人という名の生命の海。
大きすぎる海の中で、彼はただ、たゆたうのみ。
外の世界の出来事は、ここには届かない。
大きな海に、さざなみは立たない。
「――輝夜さん」
彼はただ、手を伸ばし続ける。
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#第3回テノコン