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結葉が偉央と結婚して丸三年。
結婚した際、偉央から、「結葉が寂しくないように連れて来るといいよ」と言ってもらえて一緒に嫁いで?きた、ゴールデンハムスターの福助が、つい先日3年半の生涯を閉じてしまった。
未だ子宝にも恵まれていない結葉は、初めて経験するペットロスで、寂しさに押しつぶされそうな日々を送っている。
23歳で八つ年上の偉央に嫁いだ結葉も、今年で26歳。
アラサーと言われる年齢に差し掛かった。
偉央は結葉が生理だったり、体調が芳しくないとき以外は基本的に毎日のように結葉を抱くのだけれど、未だに徹底して避妊を怠らない。
対して、結葉は結婚した当初からずっと、子供が欲しいと望んでいる。
アラサーに差し掛かった今では特に、自分の年齢のこともあってその思いは募るばかり。
友人から子供が出来たよと知らせを受けるたび、胸の奥がチリチリと痛んだ。
でも、偉央が乗り気になってくれないのだ。
余り言うと偉央の機嫌を損ねるのでなかなか強く言えない結葉だったけど、自分の両親や義理の両親が孫を心待ちにしているのも知っている。
実際に「うちはまだかなぁ」とか何気なく言われるたび、肩身が狭い思いをしているし、自分だってその努力をしたいんです!と叫び出したくなる。
毎日のように夫から身体を求められるのに、その行為は新しい命を育むための営みではないというのも凄く悲しくて。
それを偉央に強く言えない自分の不甲斐なさにもしょっちゅう泣きたくなった。
結葉は、自分の心の隙間を埋めてくれていた福助が天に召されたことで、今度こそちゃんと偉央と向き合おうと決意したのだけれど――。
***
「偉央さんは子供がお嫌いですか?」
偉央に抱かれたあと、結葉は思い切って夫に聞いてみた。
偉央は裸の結葉を腕の中に抱きしめながら、「別に嫌いなわけじゃないよ」と言ってから、「でもね」と続けた。
「でもね、僕はまだ結葉と二人きりの生活を楽しみたいんだ。子供が出来たら結葉を独り占めできなくなるだろう? それは嫌なんだ」
実際偉央は三年が経過した今でも、結葉のことを新婚当時同様、とても愛してくれている。
その愛し方は、病的なまでの溺愛と言っても過言ではない。
仕事が終われば真っ直ぐ帰宅して妻を抱きしめるし、休日は結葉の行きたいところに付き合ってくれる。
生活に関しても、何不自由ない暮らしをさせてもらっているし、結葉が働きに出なくても偉央の稼ぎだけで家計が潤沢に潤っているのも確かだ。
住まいにしても、結婚してすぐに『みしょう動物病院』近くに新築されたばかりのタワーマンションの一室を買ってくれて、景観のいい上層階で、結葉は〝表向き〟優雅な主婦をさせてもらっている。
ペットもOKな物件だから、新婚当時、福助を連れてくることも何ら問題はなかった。
ただ、偉央は結葉がマンションから勝手に出ることをとても嫌ったので、買い物に行くことなども基本的にはあらかじめ偉央に申告しなければならなかったし、急遽どこかに出かけなければいけなくなった時には逐一連絡を入れて、偉央の許可を取るように言われていた。
もしも電話やメールが通じなくても、「僕の勤め先自体すぐそこなんだから、最悪の場合会いにくれば話せるでしょう?」というのが偉央の持論で。
病院に来るまでの道のりを出歩くのは、百歩譲って許可しようと言われていた。
もちろん道すがら他所へ立ち寄るなどは許されない。
とはいえ、マンションと動物病院は道路を挟んですぐ向かいにあるという立地なので寄り道のしようはないのだけれど。
結葉はこの三年間、完全に偉央に囚われた籠の中の鳥だった。
タワマンに住まう優雅な主婦などと言う表向きの華やかさより、結葉は安普請の借家住まいでも構わないから、もう少し自由が欲しいと思っていた。
***
「福助がいなくなって寂しくなっちゃった?」
唇を指の腹でやんわりなぞるように撫でられながらそう聞かれて、福助のことを思い出した結葉が涙目でこくりとうなずいたら、「そっか」と偉央が優しく頭を撫でてくれる。
実家からこのマンションに持ち込んだアクリル製の福助用ケージは、とても大きかったから、存在感が半端なくて。
その分、中に住まう福助がいなくなってからは、その大きさが仇となって結葉の胸を締め付けてきた。
「――それで赤ちゃんが欲しいって思っちゃったんだね」
もちろん、それだけではないけれど、それも一因ではある。
結葉が泣き濡れた目で偉央を見やると、偉央は優しく微笑んで「分かったよ」と言ってくれて。
「それじゃあ」
と期待に偉央の方へ身を乗り出した結葉に、「結葉が寂しくないように、今度の休み、一緒にペットショップへ行こうね」と言われてしまった。
「偉央さん……私」
――別に新しく生き物をお迎えしたいわけじゃないの。
だけど偉央に「ん?」と聞かれた結葉は、何故か「そうじゃないの」と言えなくなってしまう。
こういうことが、実は結婚した時からずっと続いていて……。
偉央に自分の気持ちがうまく伝えられないのは結葉自身の問題だと分かってはいるのだけれど、時折とっても寂しく感じてしまう結葉だ。
今まで飲み込んできた言葉は、この三年でどのくらい結葉のなかに降り積もっただろう。
そろそろ溢れてこぼれ落ちてしまうんじゃないかと結葉は漠然とした不安を抱えている。
別に偉央から強く何かを言われたことはないのに、何故か「この話はここまでね」と偉央に線引きされてしまったと感じることが多々あって、今回の子供が欲しいという問題に関して言えば、過去に何度も何度もそれを経験させられてきた。
結葉は偉央にギュッと抱きしめられながら、「猫がいいかな。ちゃんと管理してやれば、彼らは二十年以上生きられるよ」と言われて、小さく「そうね」とうなずくことしか出来なかった。