その日の夜。
親父の家での食事会。
麻弥と叔父さん、そしてオレと神崎さんの姿。
今までもこの形は何回かある光景。
特に違和感ある光景でもない。
いつもの感じで賑やかに始まって、親父たちがお互いの近況を伝え合ったり、オレ達の様子を確認したりと、いつもの流れ。
「樹。お前にはまだ話してなかったんだが、今日この二人を呼んだのは改めて大事な話を一緒に決めようと思ってな」
「・・・麻弥との結婚の話・・だよね?」
食事も落ち着いた頃、親父がようやくその話を切り出してきて、早々にオレはその核心に触れる。
「叔父さん。今日、待ちきれなくて私が会いに行っちゃって、いっくんにもう話しちゃったの」
「あぁ。そうか。なら話が早いな。樹。お前、麻弥ちゃんと・・・」
「ごめん。麻弥とは結婚出来ない」
親父が全部の言葉を伝える前に、オレは即座に受け入れられないことを伝える。
「・・・樹?」
「いっくん・・・!?」
当然、親父も麻弥もそのオレの言葉に驚いた反応をしている。
「樹・・・。麻弥ちゃんはお前のことこんなにずっと想ってくれてるんだ。お前は麻弥ちゃんみたいな女性と一緒になるのがいい。麻弥ちゃんにそばにいてもらって支えてもらいなさい」
「そうだよ、いっくん。私の気持ちもうわかってるよね?私なら絶対いっくん幸せに出来る」
思った通り、麻弥もすっかりその気になっていて、親父も頭からもうそれをオレに受け入れさせようとしているのがわかる。
「麻弥・・・。ごめん・・・。ずっと麻弥の気持ちわかってたよ。・・でも、オレにとってお前はずっと妹のような存在なんだ」
「それでもいいよ。私はいっくんのずっとそばにいたい。一緒にいてくれるなら妹のように思ってたって構わない」
昔から変わらない真っ直ぐな麻弥の愛情。
その言葉は真っ直ぐな愛情を知らないオレにとっては、時に少し戸惑ってしまうほどで。
それ以上に気持ちを返せないのがわかっているから、その愛情は時に苦しくなる。
昔のように適当に遊べるような軽い付き合いの相手なら、きっとそこまでも感じないのかもしれない。
だけど、適当に思えない麻弥だからこそ、オレにとってその気持ちに応えられないことで辛くなる。
「お前には麻弥ちゃんみたいに一途に想ってくれる女性の方がきっと幸せになれる」
やっぱりそうやって親父は決めつけるんだな。
オレの気持ちを聞こうともしないで。
オレがこの先幸せになれる女性は、たった一人しかいないのに。
「親父。オレ・・今、他に大切に想っている女性がいる」
こんなこと伝えるのも多分初めてで。
「お前にそんな女性いたのか・・?」
オレが伝えたその言葉にやはり驚いている様子で。
多分親父はオレにそんな存在がいること自体、信じられないのだろう。
そこまで親が信じられないほど、今までのオレは女性を本気で大切に想えるような人間じゃなかったから。
ずっとそんな生き方しか出来なかったのを、きっと親父はわかっていたから。
「あぁ・・。初めてそんな女性に出会えたんだ。だからその人以外今のオレには考えられない。オレはその人を幸せにしたいって思ってる」
こんなこと、麻弥の目の前で言うことじゃないのかもしれない。
ずっとオレを想い続けて来てくれた麻弥にとっては、きっと何より残酷な言葉だと思う。
だけど、オレが幸せにしたい相手も、守りたい相手も、麻弥ではなく、透子だから。
誰かに決められた相手でもなく、未来でもなく。
オレが幸せだと思える未来は、透子と二人の未来だから。
だから、どうか麻弥にもわかってほしい。
「・・・信じない・・・」
「えっ?」
麻弥が何か小さな声で呟いた声に気付いて反応する。
「信じないって言ったの!そんなの認めない!絶対いっくんと結婚する!」
オレのその言葉に逆に興奮して受け入れない反応を示す麻弥。
「麻弥・・・」
だけどやっぱり麻弥はわかってくれなくて。
決して麻弥を傷つけたくはないのに。
「すまない。麻弥はこんな感じになってしまうともう言うことをきかない。今日は失礼するよ。ほら、帰るよ麻弥」
そしてそんな麻弥を見兼ねて、叔父さんがそう言って麻弥を連れて帰ろうとする。
オレだってわかってる。
麻弥は言い出したらきかないこと。
自分の思うようになるまで絶対駄々をこねること。
この反応は完全に麻弥は気に入らなくて受け入れてない反応。
わかってる・・けど。
「すいません叔父さん・・・。ごめんな麻弥・・・」
オレはただ叔父さんにも麻弥にも謝ることしか出来なくて。
そして嫌がる麻弥を無理やり引っ張って叔父さんは連れて帰った。
まぁ・・少なからずこんなことになることも予想出来ていたけれど。
だけど、いざやっぱり目の当たりにすると、少し胸が痛む。
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