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部屋の中は
夜の静寂が包み込んでいた。
ベッドの上には
ソーレンとレイチェルが
寄り添い合って横たわっている。
淡い月明かりが
カーテンの隙間から差し込み
二人の影を薄く床に映し出していた。
ソーレンは
レイチェルを優しく抱きしめながら
少しだけ目を細めた。
レイチェルは彼の胸に顔を埋め
まるでその体温に包まれる事で
現実を確かめているようだった。
ソーレンは
その髪をそっと撫でながら
溜息をひとつ漏らす。
「予定より⋯⋯
遅くなっちまって、悪かったな」
その言葉には
どこか自責の念が滲んでいた。
ソーレンは
腕の中で震えていた
レイチェルの体温が
少しずつ落ち着きを
取り戻しているのを感じている。
彼女の肩を包み込むように抱き寄せ
その柔らかな髪に指を通す。
レイチェルは
その温もりに安心したのか
ようやく小さな声を絞り出した。
「⋯⋯大丈夫。
私、アリアさんの1000年分
受け止めきってみせる覚悟をしてるし!」
その強い決意の言葉に
ソーレンは驚いたように目を見開き
少しだけ笑みを浮かべた。
「強いな、お前⋯⋯」
その声には
どこか誇らしさが含まれていた。
レイチェルは胸に手を当て
息を整えながら続ける。
「⋯⋯ソーレンが
傍に居てくれるって
思うからこそ⋯できた覚悟よ」
ソーレンは
その言葉に一瞬固まった。
レイチェルの小さな身体が
自分にしがみつくように
寄り添っている。
自分が
彼女の力になれているという実感が
胸の中で
じわりと温かさに変わっていく。
ソーレンは
照れ隠しのように目を背けながら
少しだけ赤くなった顔を隠した。
「⋯⋯そうかよ」
レイチェルはその言葉に微笑んで
ソーレンの胸に顔を押し付けた。
心の奥底ではまだ
アリアの記憶がこびりついている。
それでも
この温もりがある限り
乗り越えられるという確信があった。
少しだけ時間が流れ
レイチェルは静かに呟いた。
「時也さんを離してくれて
ありがとうね⋯⋯」
その言葉に
ソーレンは一瞬眉を顰めたが
すぐに状況を思い出し
苦笑を漏らした。
「あ?⋯⋯あぁ。
アイツ一瞬⋯ひでぇ顔したから
直ぐに解ったよ」
その冷静な指摘に
レイチェルはくすりと笑う。
ソーレンはその笑顔を見て
胸の奥が軽くなるのを感じた。
微かな余韻を感じさせながら
ソーレンは
レイチェルの髪を再び撫でた。
二人の間には
先程までの
重苦しい空気はもうなかった。
静かに流れる夜の時間が
二人を包み込むように
穏やかに流れていく。
ソーレンの胸に抱かれたまま
レイチェルは瞳を閉じ
ゆっくりと安堵の息を吐いた。
月明かりが
二人の穏やかな寝顔を
優しく照らしていた。
⸻
レイチェルが見たアリアの記憶は
双子と引き離された直後の
記憶だった。
⸻
月明かりが冷たく降り注ぐ庭。
風がそっと吹き抜け
桜の枝を揺らしている。
夜空には見事な皓月が浮かび
その澄んだ光が
地面に淡い影を落としていた。
アリアは
静かに庭の片隅に立っていた。
白い着物が風に靡き
金色の髪がふわりと揺れる。
その瞳は月を見上げながらも
どこか遠くを見つめているようだった。
背後から微かに聞こえる嗚咽―⋯
アリアは
その音がどこから来ているのか
すぐに理解していた。
胸が締め付けられるような
感覚に襲われながらも
足を一歩踏み出そうとしたが
結局その場に立ち尽くしていた。
時也が⋯泣いている。
それも、ただの涙ではない⋯⋯。
心の底から溢れ出す
自分を責め続ける痛み。
その声が
彼の背負う苦しみが
アリアの胸に突き刺さる。
双子の寝室には
もはや誰もいない。
青龍が、二人を連れて行ってしまった。
まだ幼いエリスとルナリア――
彼女達の姿は無く
もぬけの殻となった
冷えた布団だけが⋯⋯
残されていた。
その現実が
どれほど時也を苦しめているか――
アリアには痛い程、わかっていた。
(⋯⋯時也⋯⋯)
心の中で彼の名を呼ぶ。
だが
今、自分がそこに行けば
どうなるだろう。
時也は必死に
自分を保とうとするだろう。
どれほど辛くても
アリアを気遣い
慰めようと無理をするに違いない。
その優しさが
時也の心をさらに痛めつける事を
アリアは知っていた。
彼を癒す言葉が、思い浮かばない。
どんな慰めも
今の時也には届かないだろう。
ただ、責任を一身に背負い
己を責める彼の姿を
どう受け止めれば良いのか。
答えが見つからないまま
アリアは月を見上げ続けた。
(⋯⋯心を⋯殺せ⋯⋯)
アリアは、自分にそう命じた。
感情を捨て去れ。
これ以上
時也に負担を強いてはならない。
自分が動けば
彼がまた無理をしてしまう。
だから――
今はただ
彼を遠くから見守るしかない。
時也の嗚咽が
夜風に乗って微かに届く。
それでも
アリアは桜の幹に背を預け
微動だにしなかった。
淡い花びらが
ひとひら
アリアの肩に落ちて
すぐに風に攫われる。
その時
桜の枝の間から一筋の光が差し込み
アリアの金髪を優しく照らした。
月光が
まるで彼女を包み込むかのように
その場を神聖な空間に変えている。
(⋯⋯どこに居ても
想い⋯愛している⋯。)
アリアは、月に向かってそっと呟いた。
その声は、誰にも届かない。
時也にも、双子たちにも――
誰にも。
けれど
その言葉は真実であり
アリアの魂そのものだった。
どこか遠くに連れて行かれた双子達
エリスとルナリア。
自分の元にいられない彼女達に
ただ一つ、想いを伝えたかった。
それが
もう届かないと分かっていても。
(⋯⋯双子よ
母は⋯此処で⋯⋯祈っている)
月の光がさらに輝きを増し
桜の花びらが舞い散る。
その中で
アリアは何も言わず
ただ祈りを捧げ続けた。
時也の嗚咽が止む気配はなく
アリアは静かに背を向けて
再び夜空を見上げる。
その心には
どうしようもない孤独が
広がっていた。
それでも――
その孤独を隠し
自分の感情を
深く、深く、心の奥底に沈める。
それが
時也を守る為の
唯一の方法だと信じて⋯⋯。