元貴が楽屋に戻ると、若井は小声でさきほどの会話の様子を伝えた。
「聞いてみたけど、“何もないよ”って……」
元貴は黙ってうなずき、「了解」とだけ短く返す。そしてしばらく考えたあと、ゆっくりと涼ちゃんの練習室へと向かった。
ドアをノックして、「お疲れー」と声をかけながら入っていく。
「あ、それ取ってくれない?」
わざと、上の棚にある物を指さして頼んだ。
涼ちゃんは「いーよ!」と明るく返事して、ためらいなく両手を伸ばした。
その瞬間――
長袖のシャツの袖口から、うっすらと白い包帯が覗いた。
元貴は思わず、
「え…」
と小さく声が漏れる。
けれど、涼ちゃんは何事もなかったように振り返り、
「どした~?」
といつもの笑顔を向けてくる。
「いや……なんでもないよ。」
元貴はとっさにそう答えたけれど、その胸の内には不安と迷いが広がっていった。
ごまかしきれない違和感。でも、涼ちゃんの明るい笑顔は、何事もないように空気を上塗りするだけだった。
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