ダンジョンを後にした私たちは、 辰夫が見つけた村を目指していた。
道中、いくつかのモンスターと遭遇した。
といっても、私が軽く蹴り飛ばすだけで済んだ。
辰夫は『それは手加減なのですか…?』と震えていた。
やがて、森が開けた。
──そこに、村があった。
入り口の前には、
武器や農具を握りしめた村人たちが並んでいる。
その手は、明らかに震えていた。
獣耳の青年。
魚の鱗を持つ男。
老人のような人間の隣には、褐色肌の長耳の戦士。
その多様な姿を見て、私はふと思った。
(……あれ?)
私とエスト様のツノ、目立つかなって心配してたけど。
(……大丈夫じゃね?)
思わず呟きそうになって、口を噤んだ。
「ふむ……我の姿を見られたのかもな」
辰夫が呟く。
なるほど。
どうやら辰夫が偵察している姿を見られたらしい。
そりゃ警戒するよね。
巨大なドラゴンが上空を旋回してたら。
「めっちゃ警戒してるね」
私は遠くで身構える村人たちを見てから、
エスト様と辰夫に視線を移した。
「蹴散らす? 蹂躙する?」
エスト様が「ちょっと待って!?」と言いかけたが、
私は続けた。
「……いや、ここはやっぱり交渉だから──」
私は拳を握りしめた。
「──ドロップキックかな?」
「いやなんで!?
交渉とドロップキック関係ないでしょ!?」
エスト様が叫ぶ。
「ムダ様が言ってた」
私は真顔で答えた。
「《交渉の成否は最初の挨拶で決まる。
だから”こんにちは”の代わりにドロップキックをかませ》って」
「それ絶対おかしいよ!?」
「だから私はもう挨拶が信用できない」
「薄々気付いてはいたけどムダ様ってヤバい人なの!?」
「何を言ってるの!?
ブン殴るよッ!ムダ様は紳士だから!」
ムダ様を侮辱するな。死ぬぞ。私が。
「……あのサクラ殿が心酔する……ムダ様とはいったい……」
辰夫が呟く。
「……まぁいいや。お姉ちゃん?
言ったでしょ! 人間に危害は加えないの!」
「ぎゃふん!」
前世でも私はしつこい性格とよく言われたものである。
だが、諦めない心こそが成功への道だとおばあちゃんは言っていた。
*
「まずは話をしてみようよ?」
エスト様が提案する。
「そうね」
「うむ」
私と辰夫は頷いた。
村の入り口まで歩みを進めてみた。
村人たちは、さらに警戒を強めている。
武器を構え、農具を握りしめ、全身を震わせている。
無理もない。私が来た。美の化身が。
怯える村人たちに、エスト様が話しかける。
「こんにちは!
私はエストと言います。
村や皆さんに危害を加えるつもりはありません」
その瞬間、私は刀を抜いた。
「何かしてきたら”危害”を加える”気概”で溢れてるけどなぁーッ!?」
私は韻を踏みながら刀を舐めた。
刀身がキラリと光る。
その瞬間、村人が一斉に後ずさった。
(あ、これ“歓迎ムード”だ)
エスト様は私を見た後に溜め息をつくと、話を続けた。
「私たちはただ、
村にしばらく宿泊させていただきたいだけです」
その言葉を聞いて、私の中の何かがゾーンに入った。
「私たちから滲み出る王者の”風格”♪」
私は刀を掲げた。
「ここで”通達”♪ 村に”宿泊”♪
料理を”振る舞う”♪ リクエストは”中華っす”♪
断った時がお前らの”天中殺”♪」
押韻(ライミング)が完璧にキマった。
私は最高のチェケラッチョポーズを決めた。
指を天に向け、腰を落とし、完璧なフォーム。
「お姉ちゃん……少し黙れ……」
エスト様は私を睨みながら言った。
「ぎゃふん!」
妹にウザがられた。辛い。
村人の一人が、震える声で言った。
「そ、そちらのドラゴン様は……
もしや……リンドヴルム様では?」
辰夫の顔が、驚きに染まる。
「む? いかにも我はリンドヴ……ル……む?」
私は辰夫をキッと睨みつけた。
辰夫の言葉が止まる。
「えと……違います……我は辰夫と……言います……」
「うんうん」
私は笑顔で頷いた。
完璧だ。完璧な名前だ。
その瞬間、村人たちの間に動揺が走った。
ざわ……ざわ……
誰かが呟く。
「た……辰夫だって?」
別の誰かが続ける。
「な……なんか普通だぞ?」
また別の声。
「俺たちで倒せるんじゃないか……?」
そして、誰かが叫んだ。
「やるか……? やったるか……!?」
ざわざわ……ざわざわ……
「よし! 俺たちの家族を!」
「村の未来を辰夫から守るんだ!」
「みんな! 丸太は持ったか!?」
わーわー! わーわー!
「……そうか……丸太で十分か……」
辰夫は、それ以上何も言わなかった。
ただ、ゆっくりと空を見上げた。
──その目が、濡れていた。
春の木漏れ日が、辰夫の顔を優しく照らす。
(……ああ)
私は察した。
きっと辰夫は、過去のことを思い出しているんだろう。
誇り高き「リンドヴルム」という名前だった頃のことを。
それが今は「辰夫」。
……可哀想に。
そっとハンカチを取り出して、辰夫に差し出す。
辰夫は、それを受け取らなかった。
ただ、空を見上げ続けている。
私は、何も言わずにハンカチを辰夫の手に握らせた。
「辰夫! お姉ちゃんを退場させて!」
エスト様が叫んだ。
「畏まりましたァーーッ!!」
次の瞬間、私は辰夫にワシ掴みにされた。
バサバサバサッ!!!
辰夫の翼が、爆音を立てて広がる。
「チクセウッ! この暴挙ァーーッ!! やめろ辰夫!!」
私は全力で抵抗。
「骨が……骨がギシギシ鳴ってるぅう!!
これは陰謀だァ!! 人権侵害だァァアーーーッ!!」
「サクラ殿!
暴れたら危な……暴れないでください!」
「あ! 辰夫が胸!!……胸を触った!?
セクハラ!セクハラですぅううう! お巡りさん!!」
「無いでしょう?」
辰夫が冷静に指摘した。
「無いでしょ?」
エスト様も同意した。
「ぇ……」
私は大人しくなった。
辰夫は勢いよく飛び上がった。
しゅんとしてる私を握り締めたまま、空へと舞い上がる。
私は叫んだ。
「待ってよ辰夫!
私には『おばあちゃんとの約束』があるの!
『困った人がいたら助けなさい』って!
だから村人を助けるために征服するの!
これは優しさなの! 愛なの!」
村人たちからどよめき。
ざわざわ……ざわざわ……
「あの人……やべーこと言ってるよな?」
「絶対に村に入れちゃダメだ」
ざわざわ……ざわざわ……
そして、私は最後の力を振り絞って叫んだ。
「この村を!私が支配して!
サクラ帝国の拠点にするのぉおおおおお!!」
「「サクラ帝国!?」」
エスト様と辰夫の声が、ハモった。
私の断末魔のような絶叫が、空にこだました。
たぶん三回くらい反響した。
いや、心の中では今も反響している…。
読んでるあなたの耳にも、響いてるでしょう?
*
『天の声:サクラが離脱しました。以降、会話が成立します』
【SYSTEM:ノイズ除去を確認。視点を第三者モードに切替】
*
「サクラ帝国ですって……?
あぶない……またよからぬ事を考えてやがった……!」
エストは、本気で安堵していた。
「……お姉ちゃん、もうちょっと普通に振る舞えたら、
きっと皆に受け入れられるのになぁ……」
エストの呟きが、風に消えた。
*
「……」
サクラと辰夫を見送るエスト。
風だけが優しく吹いていた。
──そして。
サクラの姿が見えなくなるのを待ってから、
エストは口を開いた。
「オホン……バカが大変失礼しました。
アレはいったん忘れて仕切り直しましょう」
「インパクト凄すぎて忘れられないです!」
村人が、もっともなことを言った。
エストは咳払いをして、話を続ける。
「村への滞在の件です。
もちろん宿代も払います!
あと、迷惑はかけ……かけ……?
……うん、かけないようにします!……か?」
最後、問いかけになった。
「不安しかない!?」
村人が、またもっともなことを言った。
エストは深呼吸をして話を続ける。
「先程のドラゴンはいかにも、
常闇のダンジョン最下層のリンドヴルムです」
村人たちの表情が、緊張に染まる。
「……しかし、筆舌にし難いとてもとても……
悲しい事情があり、今は辰夫という名前になっているのです」
村人の緊張が、ほぐれていく。
少し安心した表情になった。
その中の一人が、エストに近づいて話を始めた。
「ご丁寧にありがとうございます。
ここはリンド村といいます。
私は村長のマイヤーと申します」
村長のマイヤーが、話を続ける。
「この村は過去に大厄災に見舞われました。
その時、村はリンドヴルム様に救われたと伝えられています」
マイヤーは、空を見上げた。
「そのご恩をいつまでも忘れないようにと、
村の名前をリンド村としているのです」
そして、エストを見た。
「先程のドラゴン様がそのリンドヴルム様なのであれば、
お断りする理由はありません。
では……どうぞ村の中へお入りください」
「えッ……えッえぇッ!?」
エストは驚愕した。
「お姉ちゃんが居ないと話進むのめっちゃ早ッ!!」
──エストは、このパーティー最大の障害が誰かをようやく悟った。
そしてこの日以降、「村との交渉時はサクラを隔離すること」が魔王軍の基本方針となった。
(つづく)
◇◇◇
──【今週のムダ様語録】──
『交渉の成否は”最初の挨拶”で決まる。
だから”こんにちは”の代わりにドロップキックをかませ』
解説:
「交渉術」と本人は呼んだが、刑法では普通に「傷害罪」。
結果、相手は入院、ムダ様は謹慎。
交渉の場はしばしば取調室へと移った。






