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すげぇぇ おじいさぁぁぁんんんん
ある日、私は作られた。
優しそうな男の人だった。
歳は、六十はいってそうな。
絵の具で汚れた手で、しっかりと筆を握って私を描いていった。
「よし、できた…」
完成したのか、おじいさんは笑顔を見せた。
そして、絵の具が乾いてからおじいさんは、私を額縁に入れていく。
そっと丁寧に。
このおじいさんは画家で、普段は描いた絵を売っている。
あまり売れていなかったが、私はおじいさんの絵が大好きだった。
やさしいタッチで描かれた植物や、綺麗なドレスを着た女の人。
私はとある国の女王様が描かれている。
そして、おじいさんは壁に私を飾った。
今回は売らないらしい。
「この、最高傑作は家に飾っておくことにしよう。」
なぜだろう。
私を売ったら、おじいさんはお金がたくさん入るかもしれないのに。
それから、おじいさんは朝起きるとご飯を食べながらずっと私を見つめている。
朝ごはんを食べ終えると、すぐに片付け、いつもの作業をする。
無言で、絵を描き続けるのだ。
私は、ずっとそれを見ていた。
ずっと、ずっと。
毎日、毎日。
ある日、おじいさんは全く起きてこなくなった。
おそらく体調が悪いのだろう。
看病をしてあげたかった。
だが、私は動けない。
すると、奥の部屋からゆっくりとおじいさんがやってきた。
いつもの椅子に腰掛け、私を見つめる。
「この作品が、何年も何十年も残ってくれるといいんだがなぁ…」
おじいさんは、そう呟き眠ってしまった。
ずっと、ずっと。
何時間たっても何日たっても、おじいさんは起きなかった。
ある年、家の扉が開いた。
「じいちゃん、久しぶりに来たぞー」
どうやら、このおじいさんの孫らしい。
だが、その孫はおじいさんを見て驚いた。
「じいちゃん…?え、死んでる…?」
彼は、ずっと泣きじゃくっていた。
数日後、おじいさんの親類の方たちが家を片付けに来た。
もちろん、私も壁から外された。
「これ、どうしようかしら。」
とある女の人が言った。
「じいちゃんの絵?ボクが、部屋に飾る!」
そして私は、あのおじいさんの孫の部屋に飾られることになったのだ。
孫の部屋にいて分かったことは、この子も絵を描くのが好きだってことだ。
おじいさんに似た色使いの絵を描いていく。
それは、いつもあの頃を思い出させるのだった。
ある年、孫は大急ぎで部屋を出て行った。
孫はもう十五歳を超えていた。
「お母さん、エミリー!俺の絵、一億で売れた!」
「まぁ、すごいじゃない!レイ!」
「お兄ちゃん、さすが!」
一階からそんな声が聞こえてくる。
数年後、孫のレイは世界的に有名な画家になった。
ある日、レイの画家友達、アシュリーがやって来た。
アシュリーは私を見て言った。
「なんて、素敵な絵なんだ!これも君が描いたのかい?」
「いや、これはボクのじいちゃんが描いた絵なんだ。」
「この絵、ぼくに売ってくれないかい?」
アシュリーはレイに交渉を持ちかけた。
「…これは、ボクの大切な宝物なんだ。友達の君でも、これだけは渡せないよ。」
「そんな…」
アシュリーはがっかりした様子で帰って行った。
それからも、アシュリーは粘り強くレイに交渉しに来た。
だが、レイはいつもNOというばかりだった。
ある日、レイは私を取り外した。
遂に、アシュリーに売る決断ができたのだろうか。
私の勘は外れた。
机の下にある、隠し扉に入れられたのだ。
「絶対に、じいちゃんの描いた絵を誰かに渡すものか…」
そう呟き、扉はパタンと閉じられた。
二日後か、三日後にアシュリーはまた来た。
これで、何度目だろう。
「…あれ、あの絵は?」
「あの絵?あぁ、捨てたよ。」
嘘である。
私はここにいるのだから。
「何で!?あんなに素敵な絵を!」
アシュリーは信じられないとでも言うように、叫んだ。
「いや、誰かに売るくらいなら捨てた方がいいかなって。あの絵、他にも欲しい人が何人かいたんだ。」
「なるほど…君のあの絵への想いはよく伝わったよ…」
それ以来、アシュリーが交渉を持ちかけてくることはなかった。
ある年、レイは亡くなった。
街では、それが話題になっていたらしい。
母と妹は、急病だと街の人たちに話していた。
レイが使っていたこの部屋は、急に静かになった。
レイは独り言を言うタイプではなかったが、結構物音がするので音がないことはなかった。
だけど、今は誰も使っていない。
あの日とおんなじだ。
おじいさんが亡くなった数日の間。
そういえば、私はずっとここにいるままなのだろうか。
暗く、何も見えない狭い所に。
あの光が当たる部屋をもう一度見たかった。
そう考えていると、扉がおもむろに開かれた。
懐かしい自然の光が私に当たる。
とても眩しかった。
「なんだこれ…」
聞き覚えのある声がした。
「めっちゃ、埃が溜まってるな…」
慣れた手つきで、私に付いた埃を払っていく。
「…!この絵は!」
ああ、なんだ君だったのか。
「…レイ、こんな所に隠して…それほどぼくに渡したくなかったんだね…」
彼は、私を机にそっと置く。
「あぁ、レイ!君を殺しておいてよかったよ!!そのおかげで、この絵が手に入ったじゃないか!!」
アシュリーはそう叫んだ。
どういうことだ。
レイは、コイツに殺されたのか?
「さて、アイツらが帰ってくる前に、ここを出ていかないとな…」
アイツらとは、母と妹のことだろうか。
そして、アシュリーは私を抱えて窓から飛び出した。
数時間後の私は、違う家の壁にかけられていた。
「あぁ、本当に素敵な絵なんだ…これで、毎日見てられる…」
アシュリーは、休みの日などに私をずっと鑑賞していた。
だけど、日が経つにつれ、彼は私から目を逸らすようになった。
「…この絵をずっと見てるとレイを思い出してしまう…ぼくはなんてことをしてしまったんだ…!こんな絵だけの為に大事な友達を殺してしまうなんて!ぼくはどうかしてるんじゃないか!?そうか…ぼくがおかしかったのか…」
ある日彼は、私を壁から外し机に手荒く置いた。
「こんなものを見てると、レイを思い出し、自己嫌悪が込み上げてしまう!今すぐに消さなければ!」
アシュリーは、ホワイトの絵の具を思いっきり私に塗りたくった。
彼の目には涙が溢れていた。
「ごめんよ…レイ…ぼくが悪かったんだ…!ごめん…」
数週間後、アシュリーは白くなった私を目の前に筆を掲げていた。
横には、ロープも置かれていた。
「死ぬ前に…レイを…あの大好きだったレイを…」
彼は、ゆっくりと動かしレイを描いていった。
さすが画家だ。
絵の技術だけは一流だ。
「できた…似てるんじゃないだろうか…」
白く塗りたくられたボクに、新しくレイが描かれた。
「あ”ぁ…これで、ぼくもレイのもとにいける…」
ロープを手に掴み、アシュリーは首にかけた。
数ヶ月後、美人な女の人がこの家にやってきた。
「アシュリーさん…最近、連絡取れないけどどうしたんですかッ…」
ちゅうぶらりんになっているアシュリーを見て、彼女は悲鳴をあげた。
ーー数時間後、アシュリーの画家仲間がやって来た。
そして、亡くなったアシュリーに別れを告げた。
その画家仲間の一人が、ボクを見つめた。
「この絵…レイじゃないか!?」
そう叫んだのは、ヴィンセントという画家だった。
彼もまた、有名で美術館の館長も勤めている。
「この絵…アシュリーの最後の絵か?だとしたら、美術館にぜひ飾らなければ!」
ボクは、ヴィンセントに美術館に連れていかれ、飾られることになった。
それから、数百年はいろんな人たちに見られることになった。
六百年後、ある一人の男性がボクを見に来た。
鼻歌を歌いながら見に来た。
その隣には、もう一人の男性もいた。
友達だろうか。
「クレア、どうしたんだい。ムソルグスキーの曲なんて…気分がいいのかい?」
「うん、そうだね。この絵を見ることが俺の夢だったんだ!」
彼は、目を輝かせながらボクを見つめる。
「ウェインは、楽しみじゃなかったのか?」
「いや、私もこれを見るために来たんだ。楽しみだったに決まってるじゃないか。」
二人とも、じっとボクを眺める。
「…あれ。」
「どうした、クレア?」
「…ううん。なんでもない。」
そうだ。気づかなくていいのだ。
「あと、これ題名ついてないんだな。」
「だなぁ。題名ぐらいつけりゃよかったのにな。」
ボクは、待っている。
名前をつけられるのを。
「でも、これあの有名な画家レイだろ?」
「自画像ではないけどな。」
「いやー、俺もこんな風に描けたらいいなぁ。」
多分描けるよ。
確信はないけれども。
気持ちだけは、何百年も生きられるかもしれないから。