テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
1,231
#ワンナイトラブ
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
すると、新卒の二人は何故か「ひゃっ」と、瞬きの間に涙目になって喜悦した。
無条件に振り向けば、そこに居たのは常葉くんだ。
キャメル色のスーツ、水色のクレリックシャツに紺色のネクタイ。右側だけすっきりと耳にかけた、ゆるっこいチョコレート色のパーマヘア。
朝見たっていうのに、イケメンっていうのは、いつ見てもカッコイイし、彼の周りだけ空気が澄んでいる気がする。尊い。思わず拝みそうになるのを我慢した。
私と目が合えばニコリ、甘ったるい天使スマイルなのできっと背後の二人は瞬殺だ。こんな間近だと私だって危ない。
しかし徹底して表情は崩さなかった。崩されてたまるか。
「懲りずに教育係ですか?」
加えて、今まで会社では挨拶程度の関係だったのに、世間話を持ち掛けられるので、ピク、と身動ぎと共に「はい」とだけ返事をした。
「相変わらずブレませんね」
「どういう意味ですか」
「言ったままです。じゃ」
爽やかすぎる笑顔が逆に怖いって思うのは、彼の本性を知っているから?
通り過ぎれば、風に乗ってふわりと甘い香りが鼻腔を擽る。
もう十分、彼だと気付くようになった香り。
……何だったんだ、一体。
昨日の資料室といい、彼の行動は謎が多い。
「仲、いいじゃないですか!」
「たまたまだと思います」
「うわぁーん!リアル王子がぁ!穂波さん、もっと繋いでくださいよぅ!」
「も、申し訳……っ」
くそぅ、これか。これが狙いだったのか?
6歳も下の若い子達にブンブンと体を揺すられ、脳みそまでもが揺れる。
「常葉さんって、この会社の創業者一族の末裔って本当ですか?」
エレベーター内でも、水を得たような2人からの質問ラッシュだ。
「さぁ、彼からその話は聞いた事ないです」
「でも社長達と仲いいって噂で聞きました」
「噂でしょう」
「常葉さんにも靡かないなんて、穂波さんって本当に鉄壁の女ですね」
そんな事ないです。私もグラグラです。
仰る通り、この会社の男性の顔面偏差値とやらが高いせいで、そのせいで、入社してすぐは男性社員に話し掛けられると表情が固まっていた。それが無表情に拍車をかけたのだ。
そうしているうちに、いつしか女として見られなくなった。泣きたい。
きっと、常葉くんもそう。
私の事を異性と認識していないから住まわせてくれているのだろう。
元のオフィスに戻るころには、二人の緊張はすっかり取れて私に「ありがとうございました」なんて柔らかい笑顔をくれると自分のデスクに足取り軽く行ってしまった。
良いなぁ、あの子たちは今から仕事に恋愛に楽しいんだろうな。
その姿を見送り、一足遅れて自分のデスクに着くとバッグの中に仕舞っていたスマホを取り出した。
トークアプリにいくつかメッセージが届いていた。大半は旺くんからの薄っぺらい謝罪。
真新しいメッセージは常葉くんのもの。
“今日遅くなるんで、勝手に居てください”
飲み会とかかな?
簡単に文章の先を考えていると、画面が刷新された。
“穂波さんの風呂の時間までには帰ってきます”
振動とともに、現れた一言。
あんなに意地悪なのに。
「なんで優しくするのかな」
言うはずのない言葉が喉の奥から勝手にこぼれ落ちたのが信じられなくて、慌てて口を抑えた。
「どうしました?」
隣の同僚が私に向かって不思議そうに小首を傾げる。
「あっいえ、何でも」
──……大丈夫ですよ。
ポン、と、後頭部に穏やかな言葉が落ちてきて勢いよく振り返る。
だけどそこには見慣れたオフィスの風景が広がるだけで、画面越しの彼がいるはずは無い。
…………今のは、いつのだろう。
それより、どうしてだろう。
一瞬で泣きたくなったのは、いつの私なんだろう。
常葉くんよりも先に彼の居住区に帰りついた私は、三日目にしてやっと現実を目の当たりにした。
………………3ヶ月。
昨夜と今日の昼休み、時間がある時に次のアパートを探すと何軒か私の理想に引っ掛かる場所が見つかった。
なので、常葉くんが帰ってくるまでコンビニで買ったサンドイッチ片手にお金の計算。
出した結果が3ヶ月という数字。
……そんなに長いこと、お世話になっても良いのかな。
それでも、どう足掻いても今月分に余裕は無い。来月と再来月、切り詰めていけば何とかお金は作れるだろうけど……本気で常葉くんが嫌がったらいっちゃんに頼み込んでお金を借りるしかない。
うん、1人頷きカウンターテーブルに項垂れて、しばらくお世話になっているリビングを見渡した。
どこもかしこを見渡しても、後輩の男の子の痕跡しか残らない部屋。私の存在だけがイレギュラー。
“大丈夫ですよ”
あの言葉を思い出してからというもの、何度も繰り返し頭の中でループしてる。
何度も何度も、聞いたことの無いくらい甘く穏やかな声で常葉くんは私を宥める。
あれは、本当に私の記憶なのかな。
それとも、夢の中の出来事なのかな。
瞬きをすれば、段々と景色がぼんやりとぼやけてきた。
ふぁ、と、大きな欠伸をゆっくりと零すとメガネを置き、組んだ腕に顎を乗せると誘われるように目を閉じた。