テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「このバカ!」
大きな声と共に鈍い音がした。実里くんが踞り、頭を抑える。
「……いったぁ……っなにすんだよ!」
「こっちの台詞だ! 嫌がってんだろ! この変態!」
どうやら歩くんが実里くんを殴ったようで、私は救われた。
「最っ悪……」
相当痛いのか、実里くんは目に涙を浮かべている。
「お前も!」
「は、はいっ」
「嫌なときはやめろって叫ぶか、突き飛ばせって」
少し怒った口調で歩くんが言った。その様子は本気で私のことを心配してくれているようで、私はこくこくと頷く。
「うん……、ありがとう」
可愛らしい外見だけれど、喋り方や中身は男らしいように思える。
「そうだぞ! 自分の身は自分で守れ!」
家庭科室のドアが勢い良く開かれた。そこから現れたのは、武蔵先輩だった。
「うっわ……でた〜。神出鬼没」
「え? 俺のことか? なんかそれ忍者っぽいな」
実里くんの言葉に武蔵先輩は目を輝かせている。やっぱりなんだか変わった人みたいだ。
「はぁ……面倒なやつが増えた。てか、盗み聞きしないでくれない?」
心底嫌そうに顔を歪める実里くんに近づいたかと思えば、武蔵先輩は私の方へと向き直る。距離が近い気がして、私は身構えた。
「さっきはよくも逃げてくれたな」
「えっ、いや、あれは……」
武蔵先輩がゴールドカード片手に私を追いかけてきたから……。
あのまま捕まっていたらどうなっていたんだろう。
「この二人にも言い寄られているみたいだが、俺を選んだ方がいいぞ」
武蔵先輩は目を細め、大人びた笑みで更に距離を縮めてくる。
「なんでですか?」
「お前を立派なシンデレラにしてやれる」
「立派とは……?」
演技の指導をしてくれるってことなのかな?
いやでも、みんなのことをよくわかってもいないのに昨日の今日で決めるのは早い。
「俺の方がお前を」
「ちょっと待て」
歩くんが武蔵先輩の首根っこを掴み、私から引き剥がした。
「武蔵も、実里も強引に迫り過ぎだろ!」
「はぁ? そんなの自由じゃん。これは勝負なんだから」
実里くんは苛立を滲ませた声で言うと、私を睨んだ。
「だいたい、泉に気があるようなこんな女に近づきたいわけないし」
「なんで……!」
なんで私の気持ちバレちゃってるの!?
すると、実里くんは顔を歪ませながらおかしそうに笑った。
「もしかしてバレてないと思ってたの? てか、あんなののどこがいいわけ」
昨日会ったばかりの人に見透かされてしまうなんて。もしかして本人にもバレてしまっているのだろうか。
「趣味を疑うな」
「疑うって……」
先ほどとは違った歩くんの冷めた瞳が怖かった。まるで九條くんを好きになることがありえないとでも言いたげだ。
どうして歩くんも実里くんも九條くんのこと悪く言うんだろう。
「気になっていたんだけど、みんなはどういう関係なの?」
学年関係なく、みんな呼び捨てで元々顔見知りなのは間違いない。昨日話したのが初めてなのは私だけだ。
この王子候補ってなんのためにあるのか。
何故彼らが急にやる気になったのか。
もやもやとしたものが心の奥で引っかかっている。
「お前には関係ねぇことだよ」
歩くんは踏み込んでくるなと言いたげな視線で私を見ている。
私はなにも返せずに立ち尽くし、三人がそれぞれ去っていくのを黙って見ていることしかできなかった。
その日の帰り道、一通のメッセージが届いた。
差出人は潤だった。
【潤です。さっき歩から色々聞きました。
明日の放課後、家庭科室に来てもらえるかな。きちんと顔合わせしよう。】
私は〝了解〟と返事をして、スマホを仕舞う。
シンデレラに選ばれて、私の学校生活が少しずつ変わりだしている。
今まで関わってこなかった人達と知り合って、今日だけでも物凄い視線を浴びて……しかも、十二月には演劇をするなんて。
家の鍵を開けて、一呼吸置いてからドアノブに手をかける。そして、ゆっくりと玄関のドアを開けた。
「ただいま」
意味がないのにまた言ってしまう。
なんとなくこれは言わないといけないような気がする。
そうじゃないと、私の存在が消えてしまいそうだから。
普通の家なら返ってくるであろう「おかえり」という言葉は、今日も返ってこなかった。