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17時10分前。
「派遣さんは17時までだったよね?」
パソコンの画面とにらめっこしていると宮崎さんが声をかけてきた。
「はい」
「もう帰る用意していいわよ」
「はい」
あぁ!やっと終わった!
嬉しくて仕方がない。
私は今入力しているものを保存してパソコンの電源を落とした。
席を立ち、事務室を出るとロッカールームに行く。
ロッカーを開けて、カバンを取り出して、その中からタイムシートを出し、ロッカールームにある机の上で就業時間と休憩時間、業務内容を書いてサインをする。
それとカバンを持って事務室に戻った。
事務室に戻っても、まだ17時まで5分ある。
帰る用意をしていいと言われたけど、終業時間は17時までだから5分前でも学校を出るわけにはいかない。
だから私は自分の椅子に座った。
静かな事務室にパソコンのキーボードを叩く音だけ響く。
時々、聞こえる話し声。
あと1分。
この1分が長く感じる。
何度も何度も時計を見る。
時計の長い針が12に動いた。
「宮崎さん?これにサインをお願いします……」
17時になり、私はタイムシートを持って宮崎さんのところへ行った。
宮崎さんは無言で、ハンコを押して私にタイムシートを返してきた。
「お先に失礼します」
事務室中に聞こえるようにそう言った。
「お疲れ様でした!」
そんな声が次々聞こえてきて、それだけで嬉しくてなって事務室を出る時は自然と笑顔になっていた。
笑顔で事務室を出ると、廊下に黒崎先輩の姿を見つけた。
気分が一気に急降下。
「仕事、終わった?」
「終わりましたけど?」
私はスタスタと廊下を歩く。
一歩下がってついてくる黒崎先輩。
「俺も仕事終わったから、校門で待ってて?」
無視して廊下を進み階段を下りる。
「絶対に待っとけよ!」
黒崎先輩は階段上からそう叫けんだ。
だから行かないっつーの!
しつこい!
私は階段を下りて、下駄箱に行きパンプスを履く。
教職員用の玄関から外に出た。
玄関から校門に向かって歩く。
「おーい!姫……」
後ろから黒崎先輩の声が聞こえ、私は立ち止まり黒崎先輩の方を睨みつけるように見た。
白衣を脱いだ黒崎先輩は濃紺のスーツを着ていた。
黒崎先輩はビックリして、言葉を途中で切る。
てか、さっき階段の上にいたのに、もう下りてきて私に追いつくなんて早くない?
「あ、えっと……。高原?」
「何でしょう?」
「車、取って来るから待っといて?」
車?
飲みに誘ったくせに車?
犯罪の片棒なんて担ぎたくない!
「だから私は行きませんよ?」
「そんなこと言わずに、なっ?ここで会ったのも何かの縁だし」
こんな縁なんていらない!
「黒崎先輩なら他の人を誘えば喜んで行ってくれるんじゃないんですか?」
「俺は姫ブーと飲みに行きたいの」
「次、姫ブーって言ったら殴りますからね!」
私はそう言って歩き始めた。
校門を出た時、また後ろから黒崎先輩が声をかけてきた。
だから、しつこいって!
立ち止まり振り返る。
…………えっ?
私の目の前で止まる笑顔の黒崎先輩。
「車?」
さっき、車を取って来るからとか何とか言ってましたよね?
でも黒崎先輩が乗っていたのは自転車。
しかもママチャリ。
「これだって立派な車だろ?車って字が付くし」
「そ、そうですね」
私は苦笑いしながらそう返事をした。
車って言ったら誰だって自動車を想像するでしょ。
ややこしいこと言わずに最初から自転車って言えばいいのに!
早足で歩く私の後ろを黒崎先輩は自転車を押しながらついて来る。
「私は行きませんからね!行くなら1人でどうぞ?それから自転車でも酒呑んで乗ると飲酒運転になりますから気を付けて下さいね!」
私は立ち止まることなく歩きながらそう言った。
黒崎先輩はどこまでついて来るつもりなんだろうか。
徒歩10分で私のアパートに着いてしまう。
このまま家まで帰って大丈夫?
まさか黒崎先輩、家までつい来る気なんじゃ……。
ヤバイ、それだけは避けたい。
私は立ち止まった。
黒崎先輩も私の隣で立ち止まる。
「今日だけですからね!」
「うん。いいよ」
「うちまでついて来られたら困るから行くだけですから!勘違いしないで下さいね!」
「ストーカー扱いかよ」
黒崎先輩はそう言ってクスリと笑った。
黒崎先輩の行きつけだという駅前の居酒屋に行った。
カウンターに並んで座る。
「何飲む?」
「ビールで……」
黒崎先輩はビール2つとフライドポテトやサラダ、焼鳥など適当に注文した。
しばらくしてビールが運ばれてくる。
「乾杯」
「か、乾杯」
私はビールジョッキを黒崎先輩が持つジョッキに軽く当てた。
これを飲んだから帰ろう。
ビールをグビグビ飲んでいく。
渇いた喉をビールが潤していく。
「高原、イケる口?」
黒崎先輩は私のことを、あだ名で呼ばずに名字で呼んだ。
その事に驚いて黒崎先輩を見る。
「あのあだ名で呼ばれるの嫌なんだろ?それとも呼んで欲しい?」
黒崎先輩はそう言ってニヤリと笑った。
ビール1杯で帰ろうと思ってたのに……。
なのに……。
「どう思います?黒崎せんぱーい!私だって一生懸命頑張ってるんですよ!なのに!」
お酒を飲んで酔っ払った私は黒崎先輩に愚痴をこぼしていた。
「高原、ちょっと飲み過ぎだって!」
ビールにチュウハイ、梅酒にカクテルと、どんどん飲んでいく私。
「あの宮崎ってババア何なの?嫌味ばっか言ってさ。それから田中ってジジイも、茶くらい自分で汲みに行けっつーの!しかも人のこと派遣さんってさぁ!私は派遣さんって名前じゃねぇっつーんだよ!」
「うんうん。そうだな。てか、お前、マジで飲み過ぎだから」
私の前からカクテルのグラスを取り上げる。
「あぁ!カクテル取らないで下さい!」
「もう止めとけ」
「私だって……私だって……」
私はカウンターに突っ伏した。
そこで私の記憶はパタリとなくなってしまった。
異様な喉の渇きで目が覚めた。
カーテンの隙間から光が漏れていて、朝か来ていることがわかる。
…………って、ここどこ?
周りを見渡すと、自分の家じゃないことがわかる。
私の部屋より少しだけ広い。
ゆっくりと身体を起こす。
と、同時に強烈な頭の痛みに襲われた。
「いたたたた……」
こめかみを押さえる私。
ふっと横を見る。
…………んん?
えっ?
いやいやいや、待て待て。
何で隣に黒崎先輩がいるの?
ん?
布団を少し上げて、自分の身体を見る。
って、なんで私、素っ裸なの!?
「あ、高原、起きたの?」
隣に寝ていた黒崎先輩が目を覚ました。
私を見てニヤリと笑う。
「キャーーー!!」
咄嗟に胸を布団で隠す。
今頃、パチっと目が覚め、どういう状況か理解してパニクる私。
大声を出したことで、余計に頭がガンガンする。
「朝から大声出すなよ」
「だ、だ、だ、だって!」
黒崎先輩も上半身裸だし。
男女がひとつのベッドにいて、お互い裸ってそういうことでしょ?
私の初めてをこの大嫌いな黒崎先輩に捧げてしまった。
頭痛い……。
「お前、なんか勘違いしてない?」
「はっ?」
黒崎先輩はモソモソとベッドから出る。
ほどよく筋肉のついた男らしい身体。
でも男性の裸に免疫のない私は思わず目を逸らした。
「なんも覚えてないわけ?」
黒崎先輩はそう言って、床にペタンと胡座をかくとタバコを咥えて火をつけた。
「覚えて、ないです……」
「だろうな。あんだけ飲んだら記憶なんて飛ぶわな」
えっ?
私、一体なにをしたの?
「職場の愚痴をベラベラ言ってさぁ……」
黒崎先輩はそう言ってクスクス笑った。
「それは覚えて、ます……」
私が知りたいのはその先!
「その後、泣きながら寝ちゃって」
クスクス笑っていたのが爆笑に変わる。
えっ?
泣きながら寝た?
マジっすか?
「揺らしても何しても起きねぇし、仕方ねぇからお前を背負って自転車押しながら帰って来たってわけ。周りからクスクス笑われるわ、おまわりから職質受けるわ大変だったわ」
「す、すみません!」
土下座する勢いで謝った。
本当は土下座したいけど、素っ裸な私は布団から出る事が出来なかった。
「お前、パンツスーツだったから良かったけど、スカートだったら、わいせつ罪で捕まってたぜ?てか、その辺に捨てて帰ろうかとマジで思ったわ」
「申し訳ありません!」
「お前んち、どこかわかんねぇし、だから仕方なく俺んちに連れて帰ったってわけだ」
黒崎先輩は私の顔に向かって、タバコの煙を吐き出した。
殴りたい衝動に駆られたけど我慢我慢。
煙で燻され涙目の私は何も言えなかった。
「あの、黒崎先輩?」
「あ?」
切れ長の目で睨むように私を見る黒崎先輩。
こ、怖い……。
「なぜ、私は真っ裸なんでしょうか?」
「お前、脱ぎ上戸?」
「はい?」
「部屋に入って、ベッドに寝かせたら暑い暑いって、いきなり脱ぎだしたんだよ」
あぁぁぁ!!!
私は何て事を……。
一生、嫁に行けねぇ。
「黒崎先輩はなぜ裸?」
「俺は夏はパンイチで寝てんだよ!」
「そ、そうなんですね。同じベッドで寝てたから、私てっきり、その……一夜の過ちが……」
「襲うわけねぇだろ、バーカ!」
「バッ!」
ムカつく!
「それに、なんでお前がベッドで寝て家主である俺が床で寝なきゃいけねぇんだよ」
「その通りでございます」
もう何も言えない。
「それとも……」
黒崎先輩はタバコを灰皿に押し付けると、ベッドに上がってきた。
タバコの匂いが鼻を掠める。
私に徐々に近付く黒崎先輩。
後ずさる私。
えっ?な、何?
「襲って欲しかった?」
そう言ってイジルワな笑顔を浮かべる黒崎先輩。
“ドクドク”と心臓が早くなる。
「…………てっ!」
おでこに鋭い痛みが走る。
黒崎先輩は私のおでこにデコピンをして大爆笑。
ベッドの上で笑い転がる黒崎先輩。
この時、私の中に軽い殺意が沸いた。
「何、泣きそうな顔してんだよ?バーカ!高原からかうのおもしれぇわ」
ベッドから降りた黒崎先輩。
「そんなに笑わなくても!」
「お前、処女だろ?」
「だったら何だって言うのよ!」
「えっ?マジで処女なわけ?」
「煩い!」
私は黒崎先輩に枕を投げつけた。
黒崎先輩は女性経験豊富なんでしょうねぇ。
処女で悪かったわね!
「今日、職員会議あるんだわ。シャワー浴びて着替えたら出るから、戸締りしとけよ。あっ!それから、今日の昼飯おごれよ。派遣さん?」
黒崎先輩はそう言って、ベッドの上に鍵を投げると、部屋を出て行った。
ムカつく!
ちょームカつく!
人をバカにして!
やっぱり私は黒崎拓真が大嫌いだ。